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L'Arc~en~Cielの楽曲を想起させた産声

そこに染み込んだ季節と、そこから染み出した季節

私は喜怒哀楽という感情のうち、「喜」を派手に表すタイプではない。本当に嬉しいことや有難いことがあると、そっと拳(こぶし)を握りしめて、家に帰ってから寝ころんで、天井を眺めながら、静かなる喜びを噛みしめる。そういう(偏屈なところのある)私が、周囲の人が驚くほどの大声を挙げ、派手なガッツ・ポーズをしたことが、半生で1度だけある。その時、自然と心のなかに流れたのは、L'Arc~en~Cielの「瞳の住人」だった。

<<いつの日か鮮やかな季節へと連れ出せたら>>

***

病室の窓の外には、季節の移ろいが認められた。それは夏の終わりのことで、日差しの色から少しだけ、秋の気配を感じ取ることができた。駅から院まで歩いてくる間にも、夏が過ぎる時に漂う微妙な薫りを、何となく感じられた。一年で、いちばん美しい時だと思った。夏が終わり、秋が始まる。世界そのものの拍動が感じられるような時に、姪は産声をあげた。

その知らせを受け取った時、胸に流れはじめたのが、いつか聴いたきりになっていた、しばらく聴かないでいた、L'Arc~en~Cielの「瞳の住人」だったのだ。そこに含まれる<<季節>>という単語が、この瞬間を彩るように思われた。そして、これから先、幼子が迎える春夏秋冬を、鮮やかに彩るようにも予期された。

親族らは一心に、姪の顔を、のぞきこんでいるようだった。孫を見つめる老親の口からは、安堵の溜め息がもれた。「かわいいね」と誰かが言った。それはありふれた、何の衒いもない言葉だったけれど、おそらくそれ以外に選びようがなかったのだろう。そして選ぶ必要もないのだろう。そんなことを思いながら、私は窓辺に立っていた。

顔を見るのは一番あとにしようと思っていた。皆に思う存分、見つめてもらってからにしようと思った。それは遠慮というか、気遣いのようなものでもあったけど、自分には姪の顔を見る資格があるのだろうかと、迷いをいだいてもいたのだ。社会的な地位が安定しているとはいえず、名声などには縁遠い自分を恥じていた。この生気のない顔を、未来を担う新生児に向けていいものか逡巡していた。生まれたばかりの姪には、まだ視力がないのは分かっていたけど、それでも躊躇われるものがあった。

その代わりにと言っていいのかは分からないけど、私は景色を目に焼き付けようと努めていた。あと数日のうちに、義妹とともに退院するはずの姪は、自分が生まれた部屋の窓から、こんなにも美しい景色が見られたということを、きっと生涯、知ることはないだろう。うららかな陽光が降り注ぐ街並みを、この目に刻んでおこうと思った。それが姪にとって何の役に立つかは分からなかったけど、いま自分にできることは、それくらいしかないと思った。まさに私は

<<一つの風景画の中寄り添うように>>

あろうとしていた。

どのくらい時間が過ぎただろうか、親族のひとりに促され、ようやく私はベッドの傍に歩み寄った。顔を見たのは、ほんの数秒間のことだったと思う。それでも、ああ、これなら大丈夫だというような安堵を覚えた。ふっくらとした頬は心持ち紅く、うっすらと開かれた目は穏やかで、少しだけ尖らせた口先からは何かしらの意志のようなものを感じ取ることができた。私は義妹に、あなたに似ていますねと、社交辞令のようなことを言った。俺なんかを伯父にしてくれてありがとうと言い添えるべきか迷ったけど、とにかく義妹は微笑んでくれたので、余計なことは口に出すまいと決めた。

姪の目は私に、ある種の欲のようなものをもたらした。

<<移り行く瞬間をその瞳に住んでいたい>>

いつの日か、姪に視力が備わったなら、もう少し真っ当な面構えをした自分を、その<<瞳>>に映したいと思った。同時に姪が、いつまでも「赤ちゃん」でいてくれることを、身勝手に願いもした。邪気を持たず、世界の裏表を知りもせず、私という存在を知ることさえないままでいてほしいとも考えた。

<<時を止めて欲しい永遠に>>

***

少し休んでから帰ると皆には言い、病院の前庭のベンチに腰をおろした。ベンチの後ろには院の外壁があり、そこにはネットが張られていて、ヘチマの蔓が絡まっていた。いくつか花が咲いており、実がなっていた。夏の光景だ。それでも夕刻が近づき、日の色が淡くなり始めると、やはり秋が近いことが感じられた。まるで姪のもとへ、秋が染み込んでいくかのようだった。あるいは姪の体から、秋が染み出しているようでもあった。多くの人に守られて、この世界に生まれた姪は、季節からも間違いなく愛されていた。あるいは無意識のうちに、季節を愛してもいた。

そう、<<急ぎ足の明日へと抵抗するように>>。

姪の未来に、何を祈るべきだろうか。たったひとつ、何かを祈る権利が自分にあるとしたら、どんなことを祈ればいいのだろうか。「愛してほしい」と思った。もちろん私のことをではない。自分自身のことを、姪自身のことを、季節の移ろいを愛しむように、他人の幸せを願うように、大事に思ってほしいと願った。これから辿る束の間の人生で、いくらか時間を無駄遣いしても構わない。たとえば、本人がそうしたいのなら、ヘチマの蔓が伸びていく様を、日がな一日、見つめていても構わない。とにかく、自分を好きでいてほしい。

<<どこまでも穏やかな色彩に彩られ>>ていてほしい。

でも、それを願う権利が自分にあるのか、確信をもつことができなかった。だって俺は自分を愛していないじゃないか、そんなことを思った。美しい夕暮れの空の下で、俺は今、自分を嫌っている。取るところのない存在だと思っている。そんな俺に、大事な姪に向かって、自分を愛せと諭す資格などあるはずがない。そんな自己嫌悪が、汗となって散っていき、世界を汚しているようにさえ感じられた。

<<なぜ僕はここに居るんだろう?>>

姪は義妹に寄り添われ、看護師から見守られ、静かに呼吸をしているはずだった。その吐息が世界を浄化しているように思われた。私の抱く屈託をかき消せるほどかは分からない。ただ、その安らかな呼吸が、ここまで届いていることを信じたいと思った。初秋の空の下で、そんなことを考えていた。

<<どんな時も照らしてるあの太陽>>は、もう沈みかけていた。

※<<>>内はL'Arc~en~Ciel「瞳の住人」の歌詞より引用
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