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なにものでもないきみよ 顔をあげて

Sexy Zoneとかれらの愛すべきNOT FOUNDな日々

「存在証明」自分がたしかに存在すると証明すること。
これは結成10年めを迎えたジャニーズアイドルグループSexy Zoneが、11月4日に発売した新曲「NOT FOUND」の中で用いた歌詞の一部である。
とにかく文句なしにカッコいい!!!と叫びたくなるこの曲なのだけれど、今までいかにも「アイドル」らしい華やかな曲の多かった彼らの楽曲とはがらりとイメージが変わったこの1曲。
始まりを告げるサックスは華やかなステージの開幕のベルでなく、知る人ぞ知る街の片隅のジャズバーのステージにひそやかに灯るオレンジの灯りのよう。
どこか懐かしくて、でもオシャレで新しいジャジーなイントロからくり出されるのは菊池風磨のやわらかい刃で斬り込むような甘い毒のあるAメロ。
続くまろやかで文句なしにうつくしいマリウス葉のエンジェルボイス、ごくごく素直でまっすぐで透明感のある松島聡の歌声でふわりと浄化されたかと思ったところに、中島健人のゾクゾクするような華やかな色香のあるBメロが始まり、硬質なガラスのようなきらめきのある佐藤勝利のフレーズが呼応したかと思いきや、またもや中島健人のSexyVoiceが物語の扉を開くかのように鮮やかに艶やかにサビへと導く。
この布陣が実に完璧だった。何度も転調する短調のメロディーはぐるぐると螺旋階段を回り続けているようなイメージだろうか。
それはタイアップであるドラマの世界観とも合っているし、サビにあるように「もがいて」いる今の彼らを表しているようにも思える。
とにかくこの曲、彼らの声と表現の魅力がフルに発揮される楽曲、編曲になっていて、聴いた瞬間、身体の芯が痺れるようなカッコよすぎるくらいカッコいい「NOT FOUND」なのだけれど、わたしがこの曲を聴いて、ひょんなことから息子の「存在証明」、そして彼らの「存在証明」について想いを馳せることになったのは、まだこの曲が発売されてひと月にも満たない11月半ば過ぎのことだった。

うちの息子。長男齢11歳。おっとり姉としっかり末っ子に挟まれたちゃっかり中間管理職である。
彼はいわゆるお調子者で、朝起きた瞬間からダジャレやギャグを考えているようなタイプ。そんなタイプがあるのかどうかはわからないが、とにかく人を笑わせようという情熱がすごい。彼の目の前で液体を口に含むのは非常に危険であった。必ず変顔か一発ギャグで笑わせようとするからである。主に牛乳でその被害にあっているのは末っ子であったが、当然ながらしこたまわたしに怒られる上、被害にあったカーペット机その他諸々を掃除させられるので最近ようやく自粛するようになった。
「なんでおれが掃除を……?」「当然やろうが」「たしかに」ファーストインパクトから実に5年めの気付きであった。
そんな長男は当然クラスでも目立つ存在で、授業参観に行くと永遠に手を挙げ続けている。あまりに挙げ続けているので逆に当たらないくらい挙げている。ちなみに当たらなくても勝手に発言して勝手に笑いを取っているなかなか鬱陶しい生徒であった。穴があったら入りたいと毎回思うが当然ながら学校にそんなものはなかった。絵に描いたような優等生ぶりで男女問わずモテまくっている末っ子とはえらい違いであったが、おそらくそちらの方は父系遺伝子の勝利であると思われた。
そんなある日の夕方、わたしのもとに学校から一本の電話が入った。珍しいことだった。しっかり末っ子はもとよりちゃっかり長男もやんちゃな子たちとつるんでいるわりには揉め事には不思議と巻き込まれないタイプだったからだ。
「○○(息子)くんがなにかした、というわけではないんですけれど……」
お時間取らせて申し訳ありません、との先生のお言葉から始まったその内容とは。
子どもたちは普段から学校にて決められたグループで集団下校をしている。そのグループで揉め事があったという。
なんでも長男と同じ5年生の児童3人が、2年生の子がちゃんと並ばないといって傘で叩いたりよってたかってきつく言って泣かせてしまったらしい。
その2年生の子もわりとやんちゃで決まりを守らないタイプで、まったく非がないというわけではないらしいが、とにかく2年生の子の母親がお怒りで、加害者である5年生3人は「叩いてない」「並ばせただけ」と言いはっているので、おそらくその場にいただろううちの息子に状況を聞きたいとのことだった。
「学校でも聞いたんですけど、見てない、と言うだけなので………同じ学年は並んで帰っているはずなので、見てないことはないと思うんですけど」
学校では言いにくい部分もあると思いますので……と先生は言い、電話は終わった。
実にややこしい事態であった。子どものやったやらないほどあてにならないものはない。第3者の発言でさえ見当違いな場合もあるし。
しかしこの状況では長男に訊くより他に仕方がなかったのだろう。
こういう時に頼りになるしっかり者の末っ子は習い事に直接行くため車で迎えに行く日であった。
すでに帰宅して宿題中だった彼に事の顛末を訊いてみると、ここでも同じく「見てない」と言う。
「でもいつもは一緒に並んで帰ってるよね。同じ班だし、まったくなにも知らないってことないでしょ」
せいぜい10人かそこらの班だ。一緒にいなくても前なり後ろなりでなんとなく状況を察するということがあるはずだ、と先生と同じくわたしも思ったが、どう訊いても「知らない」「見てない」と言うだけ。
おや、と思う。これはなにかあるな、とは親の直感であった。
「見てないってことないよね?同じ班でしょうが」
同じ言葉をワントーン声色を下げてもう一度訊いてみると、長男がわかりやすく固まった。これ以上言い逃れはできないと悟ったのか、彼は事情を話しはじめた。
なんでも5年生3人がその2年生にからむのは初めてではないらしい。以前からちょくちょくあって、自分はそれを見るのが嫌だからひとりだけ先に走って帰っていたと。
なんだそりゃ、だ。
見てないって言うけど、状況は把握していたわけだった。
「じゃあ○○の目から見て、どっちに非があると思う?並ばない2年の子?並ばせようと叩いた5年?」
と、訊くとそれには「5年」と答えた。
「じゃあ、なんでダメって注意しないの?見たくなくて走って逃げてどうすんの」
その5年3人は同級生で、普段から仲良くしている子どもたちだし、仲良くしているから言いにくいってことはあるかもしれないが、ダメだと思ったら注意くらいできなくてどうする、とわたしは言った。勉強ができるよりスポーツができるより、困っている人がいたらまず一番最初に動ける人になってほしい、というのが物心つく前から子どもたちに話していたことだった。それが一番大事なことだよ、と。
長男は口の中でなにかぽそぽそとしゃべっていたが、結局なにも言わず黙ったままだった。11歳。ぼちぼち反抗期の兆しも見えていた。
そうしているうちに塾の時間になり、むっつり黙った長男を乗せ車を運転しつつ考えた。
何故大事なことが言えないんだろう。クラス全員の前で3日あたためたギャグを披露して大滑りする鋼のメンタルがあれば、仲の良い友人の悪ふざけに注意するくらいできないものか。しかも見たくないから走って逃げるとは。
そこでわたしははっとした。
唐突に思い出した。まだほんのちいさいころ。
とても気持ちが弱い子だった。
負の感情に対して。
当時イヤイヤ期の長女がだだをこねて、わたしに怒られて泣きそうになると、姉の前に関係のないこの長男が先に泣き出していた。なにかにつけそんなことばかりだった。どんくさい長女はよくすっころんで泣いていたが、自分が泣くと長男も泣いてしまうので我慢してくれるかと思いきやまったくそんなことはなく、いつもどちらが転んだのかわからない大合唱だった。
お風呂がいやだと泣きわめく長女のとなりで、目に涙をいっぱいためて眉をきゅっと寄せている長男の顔は、今でもはっきり思い出せる。
明るい性格に育ったため普段はそれを意識することは減っていたが、そんなに気持ちの強い子じゃなかった。人が傷付けられているところを絶対に見たくないし、友達に意見する強さもない。でも姉弟のなかで誰より母親の気持ちを思いやってくれるのもこの子だった。
そうか、そうなんだな、と思う。
これからこの子はもしかしたら大変かもしれない。ほぼ全員友達みたいなアットホームな小学校でさえこうなのだから。中学、高校と進学して、もっとたくさんの人、たくさんの今ではおよびもつかないような悪意にさらされることもあるかもしれない。それに耐えられるのだろうか?
なにか、これからの彼を支えてあげられるような、そんな言葉はないだろうか。
そう考えたとき、車の中で流れてきた「NOT FOUND」の存在証明という言葉。
彼が彼であるという証明。それをわたしは知っている。だってずっと見てきたんだもの。
むっつりと黙っている長男。彼もまたもがいている。本当はダメだな、いやだなと思っていることに注意したいのかもしれない。でもできないのだ。強さが足りない。
素直に伝えるしかない。
わたしは言った。

なにがあっても、上級生が複数で下級生を叩いたりするのはダメよね?ダメだって思っても注意する勇気がでなかったのは、今回は過ぎたことだから仕方ないけど、今度からこういうことがあったら少しだけ勇気が出るといいよね。
これはずっとあなたを見てきたわたしだから言えるけれど、もしこれから友人関係で迷ったり傷付いたりどうしていいかわからないことがあったら、他の誰の言うこともきかなくていいから自分の心がどうしたいか、ゆっくり考えてみてほしい。
自分の心に訊いてみて、自分が嫌だなって思うことは、いくら友達がしてても絶対にしないで。
逆に自分の心がしてあげたい、と思うことは、勇気をだしてしてあげられたらいいよね。
それでもしひとりになってしまうことがあっても、あなたの優しさを見つけてくれる人は絶対にいるから。
心配しなくていい。
自分よりもそばにいる人が傷付くことに傷付いてしまう。そんな優しい心を知ってるし、なによりも信じている。
だからあなたも自分を信じて、自分の心が思うようにしなさい。
この先、なにがあっても。

どうにかこの言葉が届いてほしい、と願いながら告げた。弱すぎて、優しすぎる彼のこれからを支えてくれますように、と。
届いたかどうかはわからない。ただ「うん」とそう言って長男は車を降りた。

帰りの車のなか、わたしはまたぼんやりと「NOT FOUND」を聴きながら、この曲を歌う彼らSexy Zoneに対しても、まったく同じことを思った。
「存在証明」が「NOT FOUND」まだ見つからない、と歌い、もがく彼ら。
けれど、ファンであるわたしたちは知っている。彼らがとびきり素晴らしいということを。
たくさんの壁と試練をのりこえてきた彼ら。
どんな状況であっても、ファンのために心をつくし懸命に誠意を見せてくれた。この自粛期間も。
ファンに元気になってほしい、その想いを常に口にして、様々なコンテンツでたくさんの愛を届けてくれた彼らなのだ。こんなにもたくさんの幸せをくれた。
彼らの不器用な優しさ、丁寧さ、礼儀正しさ、人間としての真面目さ、誠実さ、お茶目なところ。
そして、ステージの上での圧倒的な華やかさ、パフォーマンス力。
個でいるときはそれぞれの個性が鮮やかに艶やかに花を咲かせ、集まるとばちばちと火花をあげながらきらめき爆発する凄まじいパワー。
めくるめく彩り豊かな万華鏡のように多彩な魅力。
彼らはまだなにもなし得ていない、「存在証明」が見つからないと歌うが、彼らを想うファンの心が、愛が、彼らの「存在証明」になればいいのに。彼らの心に力を与えてあげられたらいいのに、と強く思う。
数字というものが大きく影響して彼らの評価につながる世界。彼らはいまだもどかしい、悔しい想いをしているに違いないけれど。
表面でしか彼らを知らないノイズに惑わされないで。貶められないで。
そんな価値のないものにどうか傷付かないで。傷付けられないで。
そのまっすぐな心、うつくしい歌声、伸びやかな個性、まばゆいくらいの輝きをわたしたちは知っている。
見ていたから、ずっと。
見いるから、これからも。ずっと。
できるなら、隙あらば斬りつけてくる無責任という刃からこの手のひらで守ってあげたいけれど。
それはできない。どうしたってできないから。
わたしたちは一心に願うしかない。
いつだって愛はここにある。
あなたたちが存在する意味はここにあるからと。
ひとりひとりの今はまだちいさな想いのかけら。
いつかそれが大きな翼となって、彼らの心を守りますように。
彼らの「存在証明」になりますように。

その後長男がどうなったのかと言うと、実はどうにもなっていない。
ゴタゴタは先生がうまく治めてくれて、平穏な日々は戻ってきた。
しかしひとつだけ変化があったとすれば、長男が急にやたらベタベタするようになったこと。
言ってももう5年生である。身体もそれなりに大きく、さらにそこはかとなく男臭さも漂う思春期男児に隙あらばにじりよってこられるのはなかなかの忍耐を要するゆゆしき事態であった。よっぽど背中に「social distance」と書いた紙を貼り付けておいてやろうかと思ったが、そこはなんとか踏みとどまった。
反抗期で離れていこうとしていた素直な心がふたたび戻ってきたのを感じた。戻ってくるのは心だけならなおよかったんだけど、そうそう都合よくはいかないものだ。何事もそうだ。
それに、こんなことは彼の長い長い人生のほんの一瞬にちがいないのだ。
こんな時間なんてほんの一瞬で、すぐに彼はわたしのことなど振り返りもせずに、ひとりで育ったような顔をして勝手に自分の人生を歩きだすに違いない。それでいい。
それでも。
きみの素晴らしいところを、わたしは誰よりも知っている。
まだきみはなにものでもなく、なにものかになるために、もがいてもがいて生きてゆくのかもしれないけれど。
この広い世界で、どんな理不尽にも傷付けられないで。その心の思うまま、自由に生きて。
なにものでもないきみよ、顔をあげて。
まっすぐに胸を張って生きてほしい。
なにもかもから守ってやりたいけど、そんな時期はもう終わったのだ。
ここからは、彼のそのままを愛すること、信じることがわたしのつとめ。

そしてわたしの愛するグループ、Sexy Zoneもそう。
そのままでも素晴らしいけれど、もがいてもがいてもっと素晴らしいなにかを見つけようとする彼らには、無限の可能性がある。
それは彼らが現状に慢心せず、たとえ傷付いても笑われても必死にがむしゃらに広い世界に手を伸ばそうとしているから。
だからまっすぐに顔をあげて。胸を張って誇りかに、自由にこの世界を生きて。
世界中にどんなにたくさんのアイドルがいたって、わたしはSexy Zoneがいい。Sexy Zoneじゃなきゃだめだった。
いまはまだ、長い長い旅の途中。
いつかファンの愛が大きく強くなって、彼らの「存在証明」となれるその日まで。
彼らの「NOT FOUND」な日々を、ただただ信じて、愛して、支えてあげたいと思うのだ。
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