4258 件掲載中 月間賞毎月10日発表
この数字はTwitterやFacebookでのリツイート・いいねなどの反応数を合算して算出しています。

三文小説

King Gnuの正論

ただしいとは、善悪の知識からくるもの
そのようなきもちは内面からくる美しさだと思う

King Gnuの三文小説とはそのような慈しみの心がもたらす幸いだ

私はその歌詞から連想する何かを感じ取ることができる

この世界の誰もが
君を忘れ去っても
随分老けたねって
今日も隣で笑うから

怯えなくて良いんだよ
そのままの君で良いんだよ
増えた皺の数を隣で数えながら

つまり、楽しさや美しさとは私の解釈だととても傲慢に感じるかも知れないのであまり言いたくないが
人は誰も1人では生きられない

三文小説にはそのままの君で良いんだよ
ってある

わたしにはそれが複雑に聞こえる
そのままの君で良いとはつまり自分らしさのことなのかも知れないが、その間をとるととても複雑だ

なぜなら多様な人間がいる中で皆がそのまま生きていたらきっと自分の毒牙にかかって誰のことも信じられなくなると思うからだ

そんな話の次元の歌だとしたらとても美しくないが、わたしにはそのような意味には聞こえない
そのままの君でいいとは、ある種のオルタナティブ的な発想であって
誰しもが真似できることではないからだ
その人になりきって生きることは誰もできない

だからといって自分のあるがままの姿を出すことはとても傲慢だ

わたしには三文小説が柴咲コウ演じる病弱な主人公が描いている人間模様とリンクしている気がする
彼女の生い立ちは交通事故で何年も眠りから醒めずに35歳という年月を経て、自分のあるがままの姿と葛藤しながらそれぞれの人間の生き方を描いているドラマだ

彼女のような人が当たり前に生きていくことはとても難しく、きっと一生誰かの援助を受けながら生きていかなければいけないという悲しい実情がある

わたしにも同じく持病があるので病気の人の気持ちがわかる
だからといって、一人で抱えて生きることはしたくないし、家族という心を許し合える親類がいることが救いだ

それから頼れる人たちも職場にいるし
そうやって考えるととても幸せだ
私たちは今コロナ渦でどうにもならない疫病を抱えたのだと思う

身近な人にしか頼れなかった自分たちが、家族や職場の人たちとの希薄な関係から、なんでも動画配信サイトで見ればすぐにわかる世の中から、少し変わりつつあると私は思う

いろいろな事柄から想像すると、とても助かるのかもしれない
なぜそんな経緯に至ったかは別として、そんなコロナウィルスの影響で今あるべき私たちの姿がとても浮き彫りになっているんではないかと思う

嘆き悲しむ人はもっと強くあるべきだと思う
つまらないと騒ぐ人たちならばもう少し人を慈しむ心を持つべきだ

King Gnuの歌う三文小説にはこう書いてある

僕らの人生が
三文小説だとしても
投げ売る気は無いね
何度でも書き直すよ

誰もが愛任せ
いつまでも彷徨う定め
この小説(はなし)の果ての
その先を書き足すよ

真実と向き合うためには
一人にならなきゃいけない時がある
過ちだと分かっていても尚
描き続けたい物語があるよ

と謳っている

意味はいくらでもとれる
わたしの解釈はあまりすごくないけど
愛が全てだとしたら、King Gnuの人生は三文小説なのかもしれない
もし、その愛がKing Gnuからくるものならば
きっと真実と向き合うために一人にならなきゃいけない時があるのかも知れない
わたしだったらそうやって考える

誰かと共に生きれるのならば私はそうやって考えたい
そしたらKing Gnuが生きているうちにその先を書きたしてくれるような気がする

小さな部屋で一人で抱えて生きるよりも、わたしの人生はありふれた人生だと思って生きる方が楽しいのではなかろうか

わたしは音楽という創られた世界からいろんな事を考えてきた
だからわたしの人生は賢い
皆が羨ましいと思えるくらい嫉妬されるくらいかっこいい

それが三文小説という曲がわたしにもたらした真実だ


これからのKing Gnuの正論にやられながらまた生きてみようか

わたしの音楽理論は無限大ですからまたある程度のところで書いてみます

これからも頑張って下さい!

ありがとう
  • 投稿作品の情報を、当該著作者の同意なくして転載する行為は著作権侵害にあたります。著作権侵害は犯罪です。
  • 利用規約を必ずご確認ください。
  • ハートの数字はTwitterやFacebookでのリツイート・いいねなどの反応数を合算して算出しています。
音楽について書きたい、読みたい