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マザーシップの出航、アンダーグラウンドの実験

MUCCのこれまでの配信ライブの集大成と、23年目の大きな決断

2020年11月21日(土)「FROM THE MOTHERSHIP」

この日の配信ライブは場所がレコーディングスタジオということもあってかちょっと手狭そうに感じた。
逹瑯の髪型がポニーテール!! それに蝶ネクタイで1曲目からすでに私のボルテージはMAX。
ギターやベースを弾いてる手元や足元に置かれたエフェクター類がアップで映っていたのがかなりの高ポイント。


“銃声が 終わることを意味を示した”
    (――『アメリア』より引用)


「アメリア」のこの歌詞がこの日はやけに響いて聴こえた。


「メディアの銃声」
この曲を聴くといつも様々な感情が沸き起こってくる。
例えば、

“猫は一人 留守番”
    (――『メディアの銃声』より引用)


この歌詞に出てくる“猫”は逹瑯の愛猫のことだろうかとか。“猫は一人”という表現が愛猫家の逹瑯らしいな、なんて。
聴く度にそんな事を思う。
そしてもうひとつ「メディアの銃声」を聴く度に思うこと。




“なんだテレビは嘘つきだ
世の中はこんなに華やいで
流行りの服だとかおいしいものだとか
馬鹿みたいに幸せなこの街”

“人身事故で遅れてる中央線 人達は苛立つ
遠くの銃弾なんかより 目の前の事実が真実”

“ふいに眼を奪う テレビニュース 見知らぬ国での悲劇
いつもと変わらぬそれに 僕は何を思う?”
    (――以上、“”内全て『メディアの銃声』から引用)




この曲がシングル『ガーベラ』のカップリング曲として発表されたのは2006年2月のことだった。
それから15年近くが経った。その頃生まれた子どもは中学校を卒業する歳だ。それなのにこの国は何にも変わっちゃいない。
メディアは東京で流行りのスイーツやグルメとかをいまだに“馬鹿みたいに”垂れ流している。

この日、前半では逹瑯はボーカルブースに隔離(本人談)されていたので、ブースの窓越しにYUKKEにいたずらするなどこの日ならではの場面も。

「ブリリアント ワールド」に入ろうとしたまさにその絶妙なタイミングで突然、カラオケ店の電話機の呼び出し音みたいな音が鳴った。
あまりにも絶妙なタイミングに「ウソでしょ!!?」とPCの画面に向かってツッコんでしまった(笑)。

「ブリリアント ワールド」は2015年12月24日に配信限定でリリースされた楽曲で、事前告知は一切なく、まさにメンバーからのサプライズ・クリスマスプレゼントだった。
翌2016年1月5日までの期間限定配信だったということもあり、この曲を聴いたことがないファンもきっと多くなってきたと思うのと、私のようにスマホを機種変更したらなぜか聴けなくなってしまったなどといった人もきっと多いと思うので、ぜひまた再配信して欲しいと願っている曲。

「最終列車」からなんかメンバーのギアが一段上がった!と思ったら逹瑯も楽器隊と同じスタジオブース内に!
やっぱりメンバー全員が同じ場所に揃うとメンバーのギアも上がるのだろうか?

またこの日は歌詞テロップとともに新曲が初披露された。


“誰だって夢の続きを描いて 笑って”

“誰だって夢の終わりに泣いて
立ち止まって未来さえも見失って”

“それでも僕等の旅路はきっと ずっと”

最後に“謡え 笑え”とメンバー全員で歌ったのがすごく良かった。
今までこういう曲は意外となかったような気がした。

そして新曲のタイトルが最後に明かされた。

『明星』

何だか、今のこうした状況が早く打開されますようにという願いがタイトルや歌詞に込められている印象を受けた。

しかし配信開始が45分遅れたとはいえ気がついたら22時を超えていた。
時間の感覚がなくなるのがMUCCの生配信のおそろしさ、いや楽しさ。
幾度か機材トラブルに見舞われたけどそれに動じない、23年間で培われてきたMUCCのライブバンドとしてのプライドを感じた夜だった。





2020年11月28日(土)「FROM THE UNDERGROUND」


この日の配信ライブは百戦錬磨のMUCCのホームグラウンドともいえる場所、ライブハウスからだった。

「惡 -JUSTICE-」終わりで「ッシャァー!!」と叫んだミヤ。
「ENDER ENDER」でミヤとYUKKEがポジションを入れ替えたのも何だか懐かしい。
「夢死」からの「ぬけがら」。「虫」が「ぬけがら」になったのか。または「夢」が死んで「ぬけがら」になったのか。どちらにしてもぬけがらのような状態。




“ただ一度 ただ一度だけ この僕が
泣くことを許してほしい”(――『ぬけがら』)







――これを書いている今現在は2020年12月3日だ。

本来ならこの文章は11月21日の「FROM THE MOTHERSHIP」と、11月28日の「FROM THE UNDERGROUND」の2つの配信ライブについて書こうとしていた。
けれど昨日まではどうにも筆が進まなかった。
うだうだしていたそんな中で、昨日飛び込んできた信じられないニュース。




【2021年春をもって、SATOち(Dr)がMUCCを脱退することになりました。】




そして、ドラマーとしても、音楽活動からも引退するという。
正直、今これを打っているこの最中もまだ信じられなくて、手はふるえるし、何度か気分が悪くなってこの文章も休み休み打っているような有様なんだけれど、ひとつだけ合点が行った。なぜ筆が進まなかったのか。

「FROM THE UNDERGROUND」をリアルタイム視聴していて感じた違和感。
好みはあると思うけれど、正直、先週の「FROM THE MOTHERSHIP」の方が楽しかったと感じていた。
その違和感の正体を自分なりに考えた。
久々の4人だけの音。ホームグラウンドとも呼べるライブハウスからの配信。これまでMUCCが行ってきた数々の配信ライブとは違いこの日はギターもベースもアンプから音を出していて、逹瑯もSATOちもイヤモニを通さず直の音を聴いて演奏しているという。なのにどうして?

いろいろ考えたけれど答えは出なかった。いや、出るはずもなかった。想定外の理由だったから。

どこかでMUCCは大丈夫だろうと安心していたんだ。23年間、ずっと同じメンバーで続けてきたバンドなんだ、きっとこれからも大丈夫だって。そんな保証あるわけないのに。

死にたくなったほど絶望した。
でもそんな私に寄り添ってくれたのはMUCCの音楽だった。
「死にたいなんて言わないで前を向いて生きていこうぜ」と無理やり前を向かせる音楽なら世の中にごまんとある。
でもMUCCの音楽は違う。
「死にたいと思う、まあそんな日もあるよね」と死にたいという気持ちを否定も肯定もせず、ただ包み込むように寄り添ってくれる。
それが私には何より心地良かった。

音楽を聴いて絶望がなくなるわけじゃない。
けれど音楽で傷ついた自分に寄り添ってくれたのもまた音楽だった。

ふと「約束」の歌詞を思い出した。
この曲はシングルバージョンとアルバムやベスト盤に収録されている“Original Lyric ver.”では歌詞が違う。




“僕等 空高く君を守ってく
強さ 儚さのこの羽で”
    (――『約束』シングルバージョン)

“僕は 空高く君を守ってく
強さ 儚さのこの羽で”
    (――『約束 Original Lyric ver.』)




「僕等」
と、
「僕は」

初めて聴き比べた時はたった一語違うだけなのにずいぶんと歌詞の印象が違うなあ。そう思った。
同時に「逹瑯の書く歌詞はどうして愛の終わりを歌ったものが多いんだろう?」なんて疑問も持っていた。

でもその印象は今日変わった。
確かに「愛の終わり」を歌った歌詞が多いかもしれないけれど、ただ終わりだけじゃなく、終わりのその先も歌っているんだと。

そう考えたら「約束」の歌詞も今までとは少し違って聴こえてきた。




“ここから明日へ行こう
ずっと君のそばで
あの日 僕が胸に誓った約束さ”

“限りある 明日への記憶
サヨナラは君の腕の中”

“どこまで行けるだろう?
遥か遠い夜明け
深く息を止めて最後の約束さ”
    (――以上、“”内全て『約束 Original Lyric ver.』より引用)




これらの歌詞がSATOちへの餞に聴こえてきたし、また自分たちの新たな決意表明のようにも聴こえてきた。




だいぶ話がそれてしまったけれど、話を11月28日の「FROM THE UNDERGROUND」に戻す。

前述の「ぬけがら」にはこんな歌詞がある。




“ただ一度 ただ一度だけ この僕が
泣くことを許してほしい”





「ぬけがら」の作詞者はミヤ、そして作曲者はSATOちとミヤ。
昔から「末長くMUCCを続けていきたい」と話していたミヤ。
つい最近のメディアのインタビューでも「(MUCCから)脱落者が出なければいいですね」と話していたことを思い出した。
SATOちが初めてMUCCを脱退する話を持ち出したのが今年の5月だったというから、もしかしたらこの発言はミヤの切なる願いだったのかもしれない。
でも私はそれを読んで「MUCCだから大丈夫でしょ〜」と軽く流してしまった。何の根拠もないのに。流さなければ何かが変わっていたわけでもないけれど。
もしかしたらMUCCをこの4人でずっと永く続けていきたいという思いが人一倍強かったのはミヤなのかもしれない。
その夢が死んでしまった。一度はぬけがらになってしまったのかもしれない。
“ただ一度だけ この僕が 泣くことを許してほしい”そんな夜もあったのかもしれない。
「男は背中で語る」といった言葉があるけれど。
SATOち脱退についてのメンバーコメントで一番言葉数少なだったミヤのコメントが言葉よりも何よりも雄弁に無念さを物語っているように感じた。




だからだろうか、今この「FROM THE UNDERGROUND」をアーカイブで見ながらこれを書いていて、懐古的な空気がこのライブに流れていると感じたのは。

しかしそれを良い意味で打ち破ってくれたのが「目眩」でゲストボーカルとして登場したNOCTURNAL BLOODLUST(以下ノクブラ)の尋だった。
どうやらMUCC側から用意されていたらしい10kgのダンベル付きマイクを持って登場(笑)。見ただけでも重そう(笑)。
曲中に逹瑯に頭を撫でられた尋はまるで憧れの先輩に突然頭を撫でられてときめいた少女漫画のヒロインのような表情に(笑)。
しかもミヤのギターソロ後、振り向いた尋は目玉が飛び出たメガネをかけていた(笑)。どっから出したのそれ(笑)。
とにかく爪跡を残していってやろう!という気概を感じたし、実際に爪跡を残しまくっていった(笑)。
ノクブラは硬派なバンドっていうイメージだったのにそれを物の見事に打ち崩してくれたけれど、ノクブラのバンドイメージ的には大丈夫だったんだろうか(笑)。

尋がステージ上の空気をかき回しまくってくれたお陰か「塗り潰すなら臙脂」からの後半は懐古的な空気はなくなっていた。
「前へ」間奏でのおなじみの逹瑯のブルースハープ。
そして「カウントダウン」の歌詞にハッとした。




“止まない雨が 無いことなんて
そんなん わかってんだ 馬鹿じゃねえのか
太陽は全開 ムカつくほどに世界を照らす”

“悲しみに慄いている暇はねえだろ”
    (――以上、“”内全て『カウントダウン』より引用)




「カウントダウン」の作詞作曲者はどちらもミヤ。
そうだ、“悲しみに慄いている暇”はない。MUCCのメンバーはもう前を向いていることに気づいた。
懐古的に見えたのは自分の心がそう見せたのか。

それでもやっぱりあの4人の空間が愛おしくて涙は出てしまうけれども。

この日もラストに披露されたのは新曲「明星」だった。




“誰だって夢の終わりに泣いて
立ち止まって未来さえも見失って”

“それでも僕等の旅路はきっと ずっと”

“謡え 笑え”
    (――以上、“”内全て『明星』(ライブ中の歌詞テロップより引用))




「『歌詞がこれまでのMUCCの楽曲の歌詞や曲タイトルを彷彿とさせるワードがちりばめられたMUCCのこれまでの活動の集大成って感じだー』」


これは「FROM THE MOTHERSHIP」で初めて「明星」を聴いた時に残したメモ。
まさかその時はその後にあんな発表があるなんて思ってもみなかった。

最新のMUCCのアーティスト写真は線路の分岐点の上に4人が立っている。
きっとこれが彼らにとっても分岐点。
だけどこの先行く道は違くても、4人それぞれのその先にあるのは「モノクロの景色」ではないと信じている。
それにSATOちがMUCCのメンバーから離れても、音楽活動から離れても、それでもSATOちがMUCCというマザーシップの一員であることに変わりはない。変わりなどない。

これから先、MUCCと過ごす時間がこれまで以上にかけがえのない大切なものになる。
今日2回目の「FROM THE UNDERGROUND」アーカイブを視聴しながらこれを書いていたら「茜空」の歌詞に涙腺が緩んだ。




“何度泣いたっていいんだ 今をかみしめ生きてゆけ
声はやがて歌になって 届く
君の街へ”
    (――『茜空』より引用)




マザーシップは新たに出航した。
年末の武道館と、来年の春を目指して。

それまでに私は無理してでも笑って送り出せるだろうか。
今は自信がないけれども。
それでも。


“謡え 笑え”
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