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米津玄師が大音量で奏でた美しい景色

米津玄師ライブツアー「HYPE」完全レポート

新型コロナウイルスの影響で、従来通りの人数を動員する有観客公演が行える日はまだまだ来そうにない。そんな中、先日私は最後に足を運んだコンサートに思いを馳せた。米津玄師のアリーナツアー「HYPE」だ。

私が参加したのは2月23日の広島グリーンアリーナ公演。COVID-19感染拡大のリスクの懸念によって、志半ばで未完となってしまったライブツアーの実質的な最終日である。正直に言うと、ライブ直後に感想を書き始めたのだが、その後のツアーが延期となってしまった。ネタバレ等の観点から、ツアー完了後にレポートを書こうと思い、筆を止めた。

時は流れ、とうとう残っていた全公演が中止となってしまった。しかし、私は筆を進めることを悩んでいた。今、私が感想を書くことは、ツアーに足を運ぶことが叶わなかった米津玄師ファンにマウントを取っているように捉えられてしまうのではないかと思ったからである。しかし、米津玄師がSNSで

『未完となったHYPEのことを想う。来てくれた人たちに、来ることが叶わなかった人たちに、どうかこのツアーが確かにあったと憶えておいてほしい。』
                            (“米津玄師 Instagram ”)

と書き込んでいたため、レポートを書くことを決意した。ツアー前半での中止だったために、おそらくどこの雑誌も取材は敢行できておらず、ライブ写真は1枚も残っていない。だからこそ未熟者ではあるが、私が感想を書くことで「HYPE」というツアーは確かに存在したのだという事実をROCKIN’ON JAPANという素晴らしい雑誌に残したい一心で筆を進めることにした。

2月23日、広島グリーンアリーナ。会場の誰もが、この公演が千秋楽になってしまうとは思っていなかったであろう。開場時刻、私は入場するために列に並んでいた。拡声器を持ったスタッフが『撮影・録音は一切禁止となっております。今後の公演を楽しみにされているお客様が沢山いらっしゃいます。』と連呼しながら歩き回っていた。

そして、大塚国際美術館からの祝花に出迎えられ、私はアリーナ内に入場した。会場内にはスモークがかかっており、幻想的だ。ステージは短冊のような幕で覆われており、ステージ上の様子はよく分からない。米津玄師がセレクトしたと思われる洋楽を聴きながら開演を待った。

17時。客電が消え、会場には緊張感が走った。花道が先端から本舞台に向かって赤く光る。何度も繰り返す。何度目かで花道全体が赤く光り、レッドカーペットのようになる。内側から照らされた短冊のような幕の裏から照明が当てられ、内部が透けて見える。ステージの上には、高身長のシルエットが浮かぶ。米津玄師だ。

そして「LOSER」からライブはスタートした。2番の後半から米津が幕を飛び出し、花道へ歩き出すと、オーディエンスからは歓喜の声が上がった。最後のサビに差し掛かると、花道とともに米津がせり上がる。米津がその場にしゃがみ込み、高笑いをすると今日のライブは絶対に最高の思い出になると、その場に居る誰もが感じた。すかさず「砂の惑星」の前奏が奏でられると、米津は『広島!』と渾身の声量で煽る。そして、歌いながら本舞台の上手や下手へと歩き回る。

「砂の惑星」の直後、会場は暗転し、米津は舞台の上に横たわった。米津はどうしたのかと観客が慌てた瞬間、「Flamingo」の前奏が演奏される。それとともに、ステージを覆っていた短冊状の幕も落ちる。米津は「Flamingo」を歌いながら、寝転がり、体を悩ましげにクネクネと動かしている。そして、その姿が米津の頭上のカメラから撮影され、巨大モニターに映し出された瞬間、会場中の女性から割れんばかりの歓声が響いた。

その後、エレキギターを手にした米津は「WOODEN DOLL」を熱唱した。そして米津は『元気?』と会場のファンに語り掛けた。『凄く大切な曲なんで、この美しい場所で歌えることが出来て嬉しいです。』というMCの後に「海の幽霊」を熱唱。巨大モニターのMVをバックに米津はエモーショナルな歌声を響かせた。
 そして、米津はおもむろにアコースティックギターを弾き始めた。弾き語ったのはアルバムYANKEE収録の隠れた名曲「眼福」だ。2番からは生バンドも入る。雨の降る映像をバックに、米津はしみじみと歌い上げた。雨の映像が教会の窓に変わり「アイネクライネ」へ。間奏でギターの音色に合わせて変化する照明に米津のこだわりを感じた。

 チーム辻本のダンサーが登場し、子供たちお待ちかねの「パプリカ」。珍しくオーディエンスにマイクを向けて歌わせる米津は、心からライブを楽しんでいるようだった。米津が再度花道へ飛び出した「ごめんね」では、発泡スチロールで作られた大量の花びらが舞い、オーディエンスの合唱も響き渡った。米津の言う通りの『美しい空間』が広島グリーンアリーナに広がっていた。

 『はーい米津さんでーす』とフランクに話し出した米津は、ファミリーレストランを広島で発見して一気にライブのモチベーションが上がった話をする。この距離の近さも米津玄師の魅力だ。そして突然声色を変え、『ついてこれっかい!?』と徳島弁でオーディエンスを煽ると「ピースサイン」を演奏した。会場中がピースサインを掲げる様は圧巻であった。
 その次に『ハチ』名義の「パンダヒーロー」のセルフカバー、三々七拍子からの「しとど晴天大迷惑」が演奏されると会場のボルテージは最高潮となった。さらに歌詞通りの『パラノイア』がアニメーションとなった映像が流れた「爱丽丝」、デジタル数字が巨大モニターとステージ上に映し出された「TEENAGE RIOT」が続けざまに演奏されると、オーディエンスは我を忘れて米津の音楽に身を任せ、楽しんだ。

米津玄師のステージでは、米津が内に秘めている熱い思いを語る長めのMCが必ずある。この日も米津は、『ちょっと校長先生みたいな話して良い?』と前置きして、自身の音楽家人生について語り始めた。ボーカロイドから音楽を始めて、ずっと一人きりで独りよがりの音楽を作ってきたが、全く普遍的なものにはならず、とても苦労したようだった。常に普遍的なものを作りたいと向上し続けた結果、「人の話を聞く」ことの重要さに気付いたと米津は語った。

会場には、小さな子供から熟年夫婦まで、様々な年代、性別の人間が集まっていた。文字通りの老若男女が聴くだけの音楽ではなく、実際にライブ会場まで足を運ばせる音楽。「普遍的」を高水準で追い求めた結果が、今の米津玄師なのだと感じた。米津玄師が常々言っていた「普遍的」が実現された会場を見渡して胸が熱くなった。

そんなMCから歌われたのは「でしょましょ」これは現代に対するに米津からの危険信号が描かれている楽曲だ。ステージの床部分にはインスタグラムの画面が映し出され、『いいね』を得るために様々なことをするダンサーを避けながら米津は歌う。そして、間奏では遂に米津まで踊り出し、現代社会のどうしようもなさを、これでもかというほど感じる演出だった。
続く「Lemon」では、CD音源にはない前奏から始まり、白い照明を受けながらバレエダンサーをバックに米津は感情的に歌い上げた。
ステージ手前の2本のトーチから炎が上がると、今ツアーにしてライブ初披露となる「ララバイさよなら」が演奏された。赤い逆光照明で米津の表情は良く見えないが、膿を出すかのような激しい歌声に心が震えた。
そして、本編最後の曲「馬と鹿」。花道を自信のない様子で歩きながら歌う米津。そんな中、光るフラッグを持ったダンサーが会場の至るところに現れる。花道先端で米津がせり上がり、「馬と鹿」CDジャケットの動物が焼かれる映像をバックに熱唱する。『どうも米津玄師でした!どうもありがとうございました!』この言葉を最後に米津は舞台から姿を消した。

米津玄師の作るステージは非常に細部まで凝っている。それが特に現れたのが、アンコール待ちだ。ブラックライトで会場が照らされると、オーディエンスから歓声が上がった。その理由は、今回ツアーの物販で販売されていたタオルにあった。オレンジ色のタオルなのだが、ブラックライトに当たると反射で発光するのだ。圧倒的な気迫で歌唱された「馬と鹿」の直後だからか、オレンジに発光する無数のタオルが燃え盛る炎のように見える。

アンコールの声に応えて米津がステージに駆け上がると「ゴーゴー幽霊船」が演奏され、観客のボルテージは再び最高潮になった。『全部忘れて?』と米津が叫ぶと、オーディエンスは『ワアワアワアワア!』と絶叫して応えた。
スモークが焚かれる中「灰色と青」を米津一人でアレンジを施しながら歌唱した後、米津のライブ恒例の『中ちゃん』とのMCが始まった。サポートメンバーの中島宏士は米津の幼馴染である。そんな中島に無茶ぶりをして、しどろもどろになる様を米津が楽しむ『悪趣味』なコーナーである。米津曰く、中島は『覚醒した』らしく、全然しどろもどろにならなくなったらしいのだが、この日は特に絶不調だった。サポートメンバー紹介の際に、中島自身の名を噛み倒す珍事が起きた。その様子を何度も物真似する米津がとても楽しそうだった。
『楽しかったとしか言えないよね。下手に飾っても薄れちゃう。』と言う米津は、今日のライブを心の底から楽しんだ様子だった。広島のオーディエンスに『絶対また来るよ』と誓い、『今度来た時までに死なないように。お互い生きてまた会いましょう。』との約束を交わし、本当に最後の曲へ。

巨大モニターに海辺、ステージ上には砂浜が映し出され、演奏された楽曲は、アルバムBremen収録の名曲「ホープランド」だった。米津はチーム辻本に囲まれながら、会場の1人1人に向けて大切に熱唱した。

ソングフォーユー 聴こえている? いつでもここにおいでよね
そんな歌 届いたら あとは君次第

ソングフォーユー 憶えている? 僕らは初めましてじゃない
同じものを持って 遠く繋がってる
                                (“ホープランド”)

 米津玄師のステージの魅力は「自由」なところにある。ライブのお決まりである一体感のあるノリも特にない。必ず立ち続けてライブを観る必要もない。だからこそ、それぞれが好きなように米津玄師の音楽を楽しめる。まさしく『ホープランド』である。

 後奏で米津は艶やかなシャウトをした。その姿は、この世の全ての悲しみを代わりに吐き出しているようで美しかった。

 全ての楽曲が終わり、ステージ上の全員で礼をして公演は終了した。と思いきや、米津だけが舞台上に残り、マイクスタンドからピックを取って花道へ駆け出した。そして客席へピックを3度投げた。勢いよく投げすぎて、バランスを崩したのがお茶目だった。何気ない一コマではあるが、完全に米津玄師とオーディエンスだけの楽しいひと時だった。そして、米津は颯爽とバックヤードへ走った。

 「どこにも行けない」と歌いながらも米津玄師は確実に世界一のミュージシャンの座へと着々と向かっている。色鮮やかで普遍的な景色を描きながらも、真っ暗闇である孤独な景色も全く忘れておらず、どちらにも歩み寄ることのできる米津玄師は唯一無二のミュージシャンだ。『死ぬまで音楽を作り続ける』と公言している稀代のヒットメーカー米津玄師には、様々な景色を表現して世に送り届けて欲しい。
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