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これからもTHE BACK HORNと共に

「正体不明の絶望に心が殺されぬように」私は今日も音楽を聴く

12月6日。
THE BACK HORNのマニアックヘブンVol.13の配信が終わった後、私はその余韻に浸りながら、結局今年は一度も生でライブを観る事が出来なかったなと、この1年を振り返っていた。しかし、約1年間、ライブハウスに行く事は出来なかったけれど、THE BACK HORNの音楽に、存在に支えられて生きてきたことを改めて実感する年でもあった。

2020年。

私はこの2020年という一年を何年か後に振り返った時に、笑う事が出来るだろうか。


今はただ、色が無く、重たい一年だったなと感じている。
「色が無い」とはどういう事だろうかと改めて考えた。日本には四季がある。
春、夏、秋、そしてこれから本格的に始まる冬と移ろいでいく景色を見られなかった事だろうか。
毎年、春になると職場の駐車場に咲いている桜並木を見上げるのが好きだったけれど、確かに今年はゆっくり桜を見上げる心の余裕が無かったと思う。だけれど、それだけで色が無いとまで感じるだろうか。
自分で思考を巡らせながら、改めて文字にすると虚しく感じるのだが、そもそも私は、従来、車窓や部屋の窓から外を眺めたりはするものの、誰かと花見をしたり、夏になれば海に行ったりという習慣が無い。となると、私は普段、インドアで一人でいるようでいて、案外、周りの人の行動や感情・開催されるイベントで四季を感じ取っていたのだ、という事に気づいた。

4月には年度が替わり、新品の制服に身を包んだ新入生がまだ少し緊張した面持ちで登下校している姿を目にする。
5月には道路に停めてある普段見かけない車が増えているのを見て、あぁもう帰省のシーズンかと感じる。
6月には蛍を見に行く人が増え、7月くらいから花火大会の話で盛り上がる。
8月は、夏祭りやお盆での帰省もあるけれど、なんといっても夏フェスのシーズンだ。

こんな風に挙げていけばキリがないくらいに、従来、世間は色んなイベントで溢れていて、そこに参加する人々の感情は明るい彩りに満ちているのだ。
その中には、勿論、当たり前のようにTHE BACK HORNのライブ情報も含まれていて、私は元々沢山参加出来ていたわけではないけれど、THE BACK HORNが夏フェスに出演する情報が沢山流れてきはじめると、そこに確かに夏の気配を感じていた。

人々が楽しそうに毎日を過ごしているのを感じる事。
THE BACK HORNのライブに沢山参加する事は出来なくても、「今日は〇〇県でライブしているんだな」「どんなセトリだったんだろうな」と彼らに想いを馳せる事。
私は、そんな風にして日々を過ごしていたんだな、という事に気づいた。

そして、それらが無くなった彩りのない毎日は、確実に私を疲弊させていたけれど、なんとか乗り越えてこられたのは、THE BACK HORNの音楽とその存在があったからだ。

散々、「色が無い」「彩りがない」と書いておきながらこんな事を言うのは矛盾していると思われるかも知れないが、THE BACK HORNに関する情報が流れてくれば、私の心が弾んだのは確かだ。
閉塞感漂う毎日の中で、THE BACK HORNの過去のライブ映像を配信するMOVIE TOUR(5月~8月)、久々のTHE BACK HORNの生ライブとなった無観客配信ライブ・スタジオ編(8月)とライブハウス編(9月)。その日程をカレンダーで確認しながら、「もう少し頑張ればバックホーンに会える」そう言い聞かせながら毎日を過ごした。
ギターの菅波栄純が頻繁に行ってくれているYouTubeやツイキャスなどの雑談生配信にも支えられているし、ボーカル山田将司の「声だけシリーズ」も、このコロナ禍だからこそ聴く事が出来たのかも知れない。

12月6日に行われたマニアックヘブンVol.13(以下マニヘブ)も私が生きる上での一つの光だった。THE BACK HORNが観客を入れてライブをするのは約1年振りとなる。残念ながら落選した私は、自分でも驚くくらいに落ち込み、当日、自分がどんな気持ちで配信ライブを観るのか少し不安でもあった。観客を目の前にして演奏する彼らをPC越しに見て、私は心から楽しめるだろうか。
けれど、そんな不安は私の杞憂に終わるだろうと思える出来事がマニヘブの少し前にあった。

ギター菅波栄純のYouTube雑談配信だ。
11月22日の配信で、栄純は楽曲「グローリア」について出来るまでの過程を解説していた。その動画の中で、作曲する事になった経緯以外にも、グローリアの歌詞について

”変われない自分が愛しいのだろう
断言できるさ 人は変われる

情け容赦なく脱ぎ捨てられるかい
二度と会えなくても 昨日までの 昨日までの自分を”
(グローリア/THE BACK HORN)

このフレーズが自分達の音楽を聴いてくれる人に辛い想いをさせるのではないか等、バンド内で色々話し合ったということも明かしてくれた。
今までもTHE BACK HORNはファンの事を考えながら音楽を続けてきたことは知っていたつもりだったけれど、私が想像していた以上に、彼らはファンに寄り添いながら音楽を作り出していた事を痛感する回だった。そして、そんな彼らだから、現地にいる観客も、画面越しに見ている観客も、誰一人として置いてけぼりにするようなライブはしないであろう、と思う事が出来た。

迎えたマニアックヘブン当日。不安よりも期待の方が勝っていたのは、この動画配信のおかげだったかも知れない。

1曲目の「フラッシュバック」
この曲の持つ独特な浮遊感は、”モグラ”や”暗い暗い土の中”というワードと共に、オーディエンスを一気に現実からマニヘブの世界へと誘ってくれる。
まるで、私や、このマニヘブに集った人たちが、地底で暮らしながら時折地上を覗いている生活をしている地底人で、そんな私達が年に1度集まってお祭りをしているかのような妄想をしてしまうほどに、マニヘブの異空間感は半端ない。

そんな異空間で繰り広げられたライブは、生きづらいこのご時世に暮らす私達に届ける音楽でもあり、「これからも変わらずにTHE BACK HORNの音楽を鳴らし続ける」という覚悟を私達に伝えてくれるかのようでもあった。

それを特に強く感じたのは、4曲目の「野生の太陽」。
イントロが鳴った瞬間に、驚きと嬉しさ、色んな感情がごちゃ混ぜになって、気づくと涙が溢れていた。昨年のマニヘブの一曲目を飾ったという事もあり、しばらく聴けないんじゃないかと思っていたけれど、そんな事を少しでも思っていた自分を恥じた。

”一瞬は永遠かもしれない
 真夜中に怯えないで 陽はまた昇るさ

夜明け 野生の太陽 暴けよ闇夜を
俺はここにいる”


約1年振りに観客を入れたライブをする今日というこの日に力強く歌われるこの歌詞は、山田将司の、THE BACK HORNの存在証明のようでもあり、彼らの音楽を愛する私達の存在証明でもあった。
決して器用ではないけれど、私達は確かに生きている。今は沈んでいる太陽に向かって、「俺は、私達はここにいるんだ、早く私達を照らせよ、照らしてくれよ」と、沢山の人々の叫びが聞こえてきそうな力強い歌唱に、ラスサビ前の山田将司の美しいファルセット。その後の岡峰光舟のベースソロ、それに絡まるように続く菅波栄純のギターと松田晋二のドラムの音色。
この「野生の太陽」は、懐かしくもあり、幾度となく聞いてきたTHE BACK HORNの音楽でもありながら、今、新しく息吹を吹き込まれたばかりかのように、鮮やかで力強いエネルギーに満ちていた。

「人は変われる」と断言し、アップデートしながら進化してきたTHE BACK HORNは、昔の曲たちも等しく愛していて、そこに生きていたその頃の自分や私達を肯定する。共に歩んできた私達の存在を照らす。
その姿勢がずっと変わらないからこそ、私はずっとTHE BACK HORNが好きでいられるのかも知れない。
人は、ずっと前ばかりを向いて生きていられるわけではない。絶望や苛立ち、哀しみ、虚無感。そういうものも抱えながら生きている。人間の持つ全ての感情を否定せずに、だけれど飲み込まれずに日常を生きていく為の音楽。それを産み出し、演奏する彼らの姿を見る事。聴くだけじゃなく、こうして(今はまだ画面越しでも)観る事で、エネルギーを貰えている事を痛いほどに感じる。

激しく演奏される音楽とは打って変わって緩いMC。久々に観客の前で喋る4人の姿は、いつもより少しテンションが高くて、それもまた愛おしい。4人が長年一緒に活動してきたからこそ醸し出されるこの空気感が大好きだ。
岡峰光舟がMCで「自分達の曲が料理だとしたら、今までは厨房で作って出して作って出してってしてたけど、今は一緒に味わってる感じ」と言っていたけれど、それと似たように、私はこの一年、THE BACK HORNの音楽をただ聴くだけじゃなく、彼らの鳴らす音楽や存在について、今まで以上に向き合って考えていた気がする。

そして、結局いつも「THE BACK HORNに支えられて生きているのだ」という同じ結論に辿り着くのだから、わざわざ書き起こす必要もあるのかと思うのだけれど、敢えてこの1年を振り返ってTHE BACK HORNへの想いを拙くとも綴りたいと思ったのは、YouTubeチャンネル「タナブロ【たなしんの音楽勉強ブログ】」の岡峰光舟出演回(12月1日配信)を見たからだ。
その中で、光舟は「替えがきかないもの」について語っていた。「替えがきかないものってやっぱカッコいいと思う」と言った上で、「そう思われることが自分にあるのかな?って思うとちょっと不安にはなる」と言っていた。光舟の思い描く「替えがきかないもの」は、例えばプロ視点での演奏技術だったり、存在感であったりと、私が思う「替えがきかないもの」とは違うかも知れないけれど、私にとって、THE BACK HORNは紛れもなく替えがきかないバンドで、音楽で、メンバーだ。勿論、THE BACK HORN以外の音楽だって聴くけれど、辛い時、迷った時、一番に手が伸びるのはいつだってTHE BACK HORNの音楽で、消えてしまいたくなる時思い出すのは、エネルギーを与えてくれたTHE BACK HORNのライブだ。

THE BACK HORNが「飛行機雲」の歌詞のように”いつだって私はここに在り続ける”と、”その悲しみも喜びも共にあるさ また会えるから また会えるよ”と思い、演奏してくれる限り、私は何回潰れそうになってもTHE BACK HORNにまた会おうと日々を超えていくだろう。


”正体不明の絶望に心が殺されぬように
泣き顔のままで笑ったら旅路は花びら景色”
(旅人/THE BACK HORN)


彼らに会えるその日まで、きっとこれからも「正体不明の絶望」に襲われ、消えたくなることが何回もあるだろう。でもその度に、私はTHE BACK HORNの音楽を聴いて、這いつくばりながらでも生きていきたい。私だけでなく、この日、新木場スタジオコーストに集まった人、配信を観ていた人、沢山の人が同じような決意を胸にしたのではないだろうか。
いつになったら今歩いているこの旅路が花びら景色だと感じられるのか、今の私にはまだわからないけれど、これから先もTHE BACK HORNと共に歩む人生でありたいと願う。
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