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米津玄師というハイブランド

ブランド化した先にある第三章の行方

 ブランドとは本来「商標・銘柄」という意味だが、その銘柄の刻印があるだけで高い付加価値を発し、ビッグビジネスを生む源泉となり得る。機能や品質と言った「実力値」だけでなく「ブランド力」が物を言うのだ。

 これは企業や商品に限らず「人」でも同じことが言える。ビジネスパーソンから芸能人、アスリートまでブランド化された人物は大勢いるが、

今、J-POP界の最強ブランドは米津玄師だと思う。

 米津(文中敬称略)のコアコンピタンス(=競合に真似できない核となる能力)は、ズバ抜けたソングライティング スキルであることに異論はないだろう。それを証明する桁違いの数的記録は枚挙にいとまがない。あえて「スキル」と言う言葉を選んだのは、生来の才能だけでなく実戦で学習した技術と教養に因る部分が大きいと思うからだ。

 この実力に加え、彼にはブランド化するに余りある資質と戦略がある。


<銘柄と外見のインパクト>

 本人の好むと好まざるにかかわらず、商標・銘柄である「米津玄師」と言う本名の強さ。
正しく読むことができなくても、フォントが何であれ、字面がそれだけでロゴ化している。

 遠目のシルエットだけでそれとわかるビジュアライズされた外見も記憶に残りやすい。
四肢の長い猫背気味の長身痩躯、鋭角な喉仏が目立つ細い首、長い前髪からチラ見えるする左目、右頬のホクロ、手フェチを悶絶させる美しい指など、パーツのひとつひとつが実にアイコニックである。


<心を揺らすブランドストーリー>

 また、強いブランドには人の心に刺さるストーリーがあるものだ。アップルもシャネルもディズニーも然り。ブランドヒストリーやエピソードはファンとのロイヤリティをより強固なものにし、その価値を補強する。

 米津のストーリーは決して華々しいものではない。高機能自閉症、そして鬱病を患った過去、家族との希薄な関係、自分の居場所を見出せない孤独、生きることへの違和感などを本人が自分の言葉で語っている。隠そうと思えば隠せるヒストリーをあえて率直に告白するのはなぜか?

 「わたしだってここまでこれたもの(中略)大丈夫、大丈夫、大丈夫」とブログで発信したように、陰キャだのメンヘラだのと揶揄されがちな、発する言葉さえ持たない人たちへのエールだとしたら。。。これはもう、ブランドストーリーとしてこれ以上ないほどに強い。
自らが傷つき、痛みを知る人間の発するメッセージは共感も同情も尊敬も包括する。


<巧みな露出コントロール>

 大人気となったブランドが失速する大きな要因に「飽きられる」ということがある。これを米津は2つの視点で見事に回避している。ひとつはコアである音楽が高次元で絶えず進化し続けていること。

 そして、もうひとつは露出のコントロールである。

 メディア露出が極端に少ないと言われているが果たしてそうだろうか?
テレビでの生歌披露がたった1回であると言う希少性が伝説化しているだけのように思う。
 
 実際は、決して少なくない数のテレビ、WEB、雑誌などのインタビューや公式YouTubeで、楽曲や自身の考えについて的確な言葉を選び雄弁に語っているのだ。ただし、これらのオフィシャルな活動は新譜のプロモーション期に集中している。

 一方で、露出が少ない期間に突然発信されるインスタライブ、ブログ、ラジオへのゲスト出演、友人のSNSにタグ付けされたプライベート画像などで、一気に距離感を縮めてくる。飢餓状態のファン心理を掌握した緩急ある露出の巧みさは心憎いばかりである。

 さらに、思わぬタイミングでぶち込まれる意外性のあるニュース。最近だと、ユニクロTシャツからのジバンシイ、フォートナイトでのライブ、是枝監督とのMVコラボ、カナリヤ基金などにどれだけ多くの人が驚いたことだろう。


<第三章の行方>

 米津の話す言葉には、「変わっていかなければならない」「遠くへ行け」「美しいもの」「普遍的」というキーワードが頻出する。これらはブランディングに不可欠な基本理念と言い換えることができるだろう。

 彼は2018年のLemonの大ヒットを受けて「自分の人生の第一章が終わった気がする」と言った。そして次のシングルは無難に置きにいくことなく、あの美しく妖艶でありながらヘンテコな歌「Flamingo」をゲラゲラ笑いながらリリースする。ブランドの基本理念は揺るがない。

 鮮やかに第二章を開きヒットを連発した末、とどめのようにSTRAY SHEEPをリリース。
この驚異的大ヒットにより彼の第二章には早くも「完」の文字が見えたような気がする。
(コロナ禍でライブの中止を余儀なくされ、本人もファンも消化不良であったとしても)

 「あのLemonの人」「ミステリアスな孤高のアーティスト」「悩める若者のカリスマ」という偏狭なパブリックイメージが溶け始め、そのキャッチが「日本を代表するトップスター」に変わりつつある今、長い前髪の影で光る瞳は何を見ているのか?

 今の米津のブランド力を持ってすれば、次に何をやろうと、どんな曲を出そうと間違いなく話題をさらい、ファンは歓喜し、セールスにも結びついていくだろう。一流ブランドだけが持つ威光を彼自身が一番自覚しているからこそ、その「浅ましさ」を恐れているように見える。そして自身の影響力の大きさに戸惑い、どこか迷っているようにも見える。

彼の第三章はいつどんな風に始まるのか?
そして、米津玄師のチャプターはいったい何章まで続いているのか?

きっと、そんな遠くまでは見ていないような気がする。
なぜなら計算づくの戦略プランに従ったのではなく、瞬間ごとの興味に自ら突進し、困難でも学びを得られることを選び取り、そのすべてを全力でやり切ってきた結果として唯一無二のハイブランドと化したのだから。

 筆者の本音としては、いつか自らのブランドポジションに囚われず、何の制約もなく、責任も放棄し、世間の期待もコンプラアンスも無視し、肉感的にドロッドロの澱を美に昇華したようなヤバい曲をブチかまして欲しいと密かに願っている。
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