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いつものとおりを選んだのか。いつものとおりを決意したのか。

エレファントカシマシ日比谷野外大音楽堂2020を観た。

2020年10月4日17時。
いつものように俯きがちにステージに現れ、観客の方を向いた瞬間にこぼれた笑顔がこのコンサートを象徴しているように感じた。深く一礼し
「こんにちは。ようこそ。じゃあ始めますか。」
宮本さんがそう言った瞬間、会場を支配していた物々しい緊迫感が一掃されたかのようだった。曇り空ながら半袖で丁度良い気候の日比谷は、宮本さんの言葉で一気に柔らかな雰囲気に包まれたのだった。
エレファントカシマシ31年目の日比谷の野音である。
世界がどんな渦にあろうとも日比谷の野音はいつものとおりにそこにあり、エレファントカシマシはいつものとおりにステージに立った。

宮本さんが合図をして、石くんがあの印象的なギターを爪弾く。
『「序曲」夢のちまた』だ。思わず心の中で歓声をあげると同時に、早くも宮本さんの声量に圧倒される。歌の振動が空気を通じてびりびりと伝播するようなこの感じ、久しぶりだ。四股を踏むように重心を下げ、身体の底から轟かせるような歌唱には強い生命力を感じる。最後の一音まで丁寧にしっかりと歌い切り、音が消えても宮本さんが締めと判断するまでは微動だにしないメンバーにぞくぞくした。余韻の中で訪れる静寂と日比谷公園の秋虫の鳴き声。それらの余白を含めてエレファントカシマシの野音で、だからそれを壊したくなくて、わたしは息をのんでただステージを見つめていた。

  春の一日が通り過ぎていく
  ああ 今日も夢か幻か
  ああ 夢のちまた

30年くらい前の曲だけれど、まるで今春の一日を切り取ったかのようだ。それを経てエレファントカシマシは野音に立ち、わたしはそれを目撃している。夢でも幻でもないのだ。

そこから『DEAD OR ALIVE』『Easy Go』『地元のダンナ』をたて続けに披露。続くデビュー曲『デーデ』で、宮本さんはギターをぶら下げケーブルが絡まったマイクスタンドをひき連れてハンドマイクで熱唱。次の『星の砂』ではギターを外し前奏中に膝をついて絡まったケーブルを解こうとするが、歌までに間に合わないと悟るとメンバーに背中を向けながらマイクで「もう一回」と告げる。当たり前のように前奏が繰り返される。ケーブルを解き晴れて歌唱に向かう宮本さんは立ち上がり髪の毛をぐしゃり、何事も無かったようにトミに向かって「もっと力強く!!」というジェスチャーで煽るのだった。何から何までエレファントカシマシだ。ギターの石くん、ベースのせいちゃん、ドラムのトミには静かに受け止める懐の深さと応える力量があるし、そのことを一番分かっているのは他でもない宮本さんなのだろう。3人の奏でる音はふくよかで充実していて、そこにのる宮本さんの歌声はひたすら自由で天真爛漫だった。

気が付くと辺りはすっかり暗くなっていて、秋虫の鳴き声が一層存在感を増していた。1部中盤の流れは今回の野音のひとつのクライマックスと言っても良い気がする。20代前半、エピックソニー時代の『何も無き一夜』『無事なる男』『珍奇男』『晩秋の一夜』『月の夜』という秋の野音の醍醐味のような選曲。
「古い歌を聴いてください。『星の砂』も古いか。15の時の曲なんでもう40年くらい前の曲です。次は25歳で部屋にいる時の歌。」
長い歴史をさらりと語りスタートした『何も無き一夜』。
素晴らしいのは、音源の頃よりも歌声が伸びやかで澄み渡っているということと、メンバーが今まさに歌っている宮本さんの呼吸に寄り添うように音を鳴らしているということ。危ういようで実は凄まじい調和の上に成り立つ歌と演奏は、何度目の当たりにしても圧巻だ。
宮本さんが赤と青の照明を浴びながら『珍奇男』を弾き語る様は、何かが乗り移ったように不気味だった。

  わたしを見たならシャララララ
  お金をなげてねシャララララ

  机さん机さん 私はばかでしょうか
  はたらいてる皆さん 私はばかなのでしょうか

日本の主要機関が集まるこの日比谷で、世間を嘲笑うかのような皮肉たっぷりの面持ちで、目を見開いて吐き出すように歌いあげる。初めて聴いた時は見てはいけないものを見てしまったような感覚になったこの曲。歌の世界にどっぷりと浸かっているようで、そうでなければあの歌唱は不可能とすら感じるのに、宮本さんはいたって冷静だ。弾き語りながら、音響やメンバーに細かく指示を出す。
『珍奇男』を終え、その熱狂が醒めない中
「日比谷の野音に来てくれてありがとう。」
今までの様子から一変、優しく語り掛けた。
情緒深く『晩秋の一夜』を歌いあげ、音響トラブルで中断している時も
「木綿のハンカチーフとかソロで歌っている中でエレファントカシマシの野音で『晩秋の一夜』を歌えたのは素晴らしい経験です。」
と穏やかに語っていたのが印象的だった。

トミのドラムがタタタタンと響く。『武蔵野』だ。宮本さんはトミを向きギターを弾く。ふたりはお互いを凝視している。宮本さんはマイクで「トミ~!!」と掛け声。再びトミに向かい、時折首を振る。「まだだ、まだ。」そう言っているみたいに。タイミングを推し計るようなトミの真剣な眼差しは、真っすぐ宮本さんに向けられている。宮本さんがマイクに向いて「ワンツースリーフォー」とカウントをとって、再びトミを振り返り『武蔵野』がスタート。エレファントカシマシとして40年近く歩んできた歴史と信念が滲み出ているような、そんなふたりのやり取りだった。

そこから『悲しみの果て』『ガストロンジャー』『ズレてる方がいい』等の代表曲群になだれ込み、それはふたつ目のクライマックスのような展開だった。『俺たちの明日』を歌いあげ、宮本さんは満足そうに客席を見渡す。今回のコンサートはガイドラインに則った規制下での開催だ。ジャパンのインタビューで言及したように1時間半くらいで終わるのだろうと思っていた。
宮本さんは両腕を広げながら1とか2とかジェスチャーを交え
「1部終了です。まだ2部がありますので。1回引っ込みます。」
いつもの調子でそう言って、ステージを後にした。わたしは2部があること以上に、いつものとおりを貫くエレファントカシマシに胸が熱くなってしまった。

小休止を挟んで『ハナウタ〜遠い昔からの物語〜』『今宵の月のように』と華やかに2部が幕開く。
宮本さんによる4センチ足が長く見える魔法のブーツから3センチブーツへの公開履き替えが披露された後にスタートした『友達がいるのさ』からは、3回目のクライマックスへなだれ込んだように感じた。終盤で「歌と演奏はエレファントカシマシでした。」と宮本さんが高らかに言った瞬間は忘れられない。
「来年も行こうぜ。一緒にドーンと。歩くのはいいぜ。立ち止まったっていいぜ。斜めでも後ろでも何でもいいぜ。」
この圧倒的な肯定感に、わたしは2016年日比谷の野音で救われた。初めて音楽を聴いて涙を流すという体験をしたのだった。あの日と同じ場所で、あの日と変わらない様子で、エレファントカシマシが全力でやり切ろうと努める姿は感動的だった。

「時間大丈夫?」と度々確認しながら進んでゆくコンサート。
宮本さんにサングラスを額へずらされながら石くんがギターを掻き鳴らす。『ファイティングマン』だ。大団円へ向かう熱い興奮を肌で感じ、ますます胸が高鳴ってゆく。間髪入れずカウントをとり『星の降るような夜に』へ。この曲がなければ野音は締まらない、とさえ思い熱狂をもって歓迎する。今度こそ大団円かと思ったが、どうやら様子が違う。エレファントカシマシもわたしたちと同じように今宵の野音に名残惜しさを感じているようにみえて、なんだか嬉しかった。
「思った以上に長くなっちゃったけど。みんな良い顔してるぜ。マスクしてるからよくみえないけど。良い目してるぜ。格好良いぜ。また逢おう。みんなに捧げます。」
大きく手を振りながら語り掛け、カウントをとる。『風に吹かれて』だ。サビではギターを放棄して観客と一緒に両手を振る。ソーシャルディスタンスな客席なのに、隣の男性が振る指先と少しだけぶつかってしまった。それくらいみんな大きく手を振ってエレファントカシマシに身を委ねていた。宮本さんが両手を振りながら全力で歌う様は、昨年のオハラ☆ブレイクを思い出さずにはいられなかった。あの日はひとりきりの弾き語りだったからアカペラになってしまったけれど、今宵はメンバーがいる。エレファントカシマシの演奏は決して消えないのだ。宮本さんもだから無邪気さすら漂う様子で、観客と一緒に手を振ることができたのかもしれない。両手を振りながら「エヴリバディありがとう。」と言った時の宮本さんからは、嬉しくて仕方がない、そんな様子が全身から溢れていたし、最後の一節を「風に吹かれて、素敵に、歩いて行こう。」と歌ったことに、想いの全てが詰まっていたように感じた。

全てを終え、宮本さんはメンバーをステージ前方に呼ぶ。
「ソーシャルディスタンスで。」と言いながら、サポートメンバー含め全員と握手からのハグ。たくさんの規制を経てなんとか漕ぎつけたエレファントカシマシ日比谷の野音への手ごたえ。最後は恒例のストーンズ風挨拶をしてステージを後にする。

誰もいなくなったステージに向けてひたすら拍手をした。アンコールを求めるというよりは、ありがとうを伝えたい、そんな気持ちだった。あっという間に大きな拍手が野音を包み、程なくして宮本さんを先頭にメンバーが再登場。
「ありがとう。」
宮本さんはひとことそう言って、メンバーの方を向いた。俯きながらせいちゃんに合図をする。おなかにずしんとくる重低音。『待つ男』だ。この重い演奏に、更に重い歌声が重なる。宮本さんの今現在の呼吸に合わせて展開するメンバーの演奏。ひとつだって同じ『待つ男』はないのだし、だからこそこの瞬間が愛おしいのだ。赤い照明に照らされて絶唱する宮本さんの横顔は息をのむくらい美しい。その美しさすらも、もっと言ったら最近各方面から称賛されている優れた歌唱力すらも覆い隠すような痛いくらいの全力が、必死に伝えようと努める姿が泣けるのだ。

  ちょっと見てみろ この俺を
  何んにも知らないんだ この俺は
  ぼーっと 働くやからも
  おまえ こういう男をわらえるか

凄まじい気迫でそう歌い切る。これがエレファントカシマシだ。エレファントカシマシの宮本だ。と啖呵を切るかのように。そして最後の瞬間。今までの激しさが一瞬にして静寂へと切り替わる。ステージ上の動き全てがぴたりと止まる。音の余韻などそこには無い。眩しい程の照明が全てを出し切ったエレファントカシマシを照らした。宮本さんはじっと観客を見つめていた。しばしの静寂の後、我に返るように少しだけ表情を和らげてマイクをコツンとステージに置く。おどけた表情でステージを去る。
わたしは『待つ男』で締めるコンサートが好きだ。終演の寂しさを感じる隙を与えない歌と演奏。圧倒されて次の期待しか抱くことができない。

バンドで『晩秋の一夜』を歌い、ソロで『木綿のハンカチーフ』を歌う。今回エレファントカシマシ宮本を改めて目の当たりにして、今まで感じてきたバンドとソロの境界線を段違いで突きつけられた気分だった。このふたつが違えば違うほど、遠ければ遠いほど、バンドへの敬意を感じずにはいられなかったし、だからこそ今まで以上に宮本浩次を応援したいと思った。「バンドよりも売りたい。」と言い切ったソロ宮本浩次の成功を心から願った。
15歳で作った曲も51歳で作った最新曲も54歳の今、2時間45分のコンサートの中で同じ熱量をもって歌うということ。ソロ初ツアーの中止、バースデイコンサートの無観客配信を経て、エレファントカシマシとして31年目日比谷の野音をやり遂げるということ。ジャパンのインタビューで「他を全部やめてエレファントカシマシの野音だけにしました。」と語った宮本さんの渾身の想いを受け止めることができたこと。個人的に3年ぶりの野音であることと、マスク着用、歓声NG、ソーシャルディスタンス徹底という特殊な状況下での開催であることを差し引いても、緊張感のある熱量の高いコンサートだったと思う。
とはいえ、世界はひっくり返った。かつての常識は戻らないかもしれない。いや、かつての常識は果たして当たり前だったのだろうか。出来ないことを認め、出来ないだろうとも認め、それらを受け止めて未来を見据える。与えられた環境の中でやるべきことを見つけ、そこに無理矢理にでも光を見出し、精一杯やり切る。
何が正解なのか今はまだ分からないけれど、直接言及せずともその強い想いを歌に演奏にのせ、いつものとおりにやり切ったエレファントカシマシにわたしは光を見た気がした。

メンバーの方を向き俯きながらタイミングを計り合っている背中で『RAINBOW』だと分かったこと。『かけだす男』で「おまえのもとへ」と歌いながら偶然ピックを持つ手がこちらに向いたのが嬉しかったこと。「野音なんで」と言って始まった『男は行く』の宮本さんは圧倒的にエレファントカシマシで、物凄い形相でギターを掻き鳴らしていたこと。直後のMCで「昔のシングル曲です。残念ながらヒットしませんでしたが。最初がもう『デーデ』という曲で、売れたためしがない。」と話し、トミが満面の笑みで応えていたこと。
そんなことを思い返しながら規制退場を待っていると、開演前同様に雨がぱらりと降ってあっという間に止んだ。
そんなエレファントカシマシ31年目の日比谷の野音だった。
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