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顔も名前も知らない誰かのために発揮できる力

Arctic Monkeys『Live At The Royal Albert Hall』は名盤です

数年ぶりにCDをジャケ買いしてしまった。

ロンドンのハイド・パークに隣接する由緒正しき演劇場「ロイヤル・アルバート・ホール」。
その高い天井を仰ぎ見るようなアングルで撮られた写真は、一面真っ赤な照明で染まっていた。
そこに白抜きで描かれた「ARCTIC MONKEYS ROYAL ALBERT HALL」の文字。
このジャケットのあまりの美しさに購入意欲を掻き立てられた。

アークティック・モンキーズ(アクモン)はもともとファンだったから、純粋な「はじめまして」のジャケ買いではないのだが、本来買う予定のなかったものをジャケットに惚れて衝動買いしてしまったという意味では、これもジャケ買いと言っていいだろう。


2020年12月4日にリリースされた『Live At The Royal Albert Hall』は、アークティック・モンキーズが2018年に行ったライブがパッケージされた2枚組のライブアルバムである。
失礼ながら、このライブアルバムの存在は発売日以降になるまで知らなかったのだが、2018年にこのライブが行われた事は知っていた。だがなぜ、2年以上経過した今?ライブアルバムというかたちで世に放たれたのか。


遡る事2年半前の2018年6月7日。
アークティック・モンキーズはロイヤル・アルバート・ホールで一夜限りのチャリティーライブを開催した。
そしてその支援先となったのが、子どもたちを戦争から守る運動を行う団体『War Child UK』である。
このライブの収益は全額、紛争のトラウマや戦争の恐怖を経験した子どもたちを保護し、教育の機会を与え、更生させるという彼らの活動を支援するための寄付として使われた。

当時バンドは新作アルバム『トランクイリティ・ベース・ホテル・アンド・カジノ』をリリースし、それに伴うツアーを開始したばかりだったが、この日のライブはそのツアーとは切り離されたものだった。
ゆえにセットリストはデビュー作から最新作までの全アルバムから満遍なく選曲。往年のヒット曲や代表曲も網羅され、結果的にバンドの歴史を総括するような素晴らしいものとなった。

なぜこのような過剰とも言えるサービス精神旺盛な内容となったのか。それはひとえに、このライブがチャリティー目的であったからだろう。
つまり、この日のライブの目的は「お金」であった。より多くの収益を上げる事。綺麗事ではない。世の中金が全てとまでは言わないが、結局は金の問題が大半を占める。

バンド側が事前に「ヒットパレードでいくぜ」的な発言をしていたかどうかは定かではないが、「観客に喜んでもらう」「お金を多く集める」という事はチャリティーライブにおいて重要な要素となる。
もちろん収益金額の大小で優劣をつけるわけではないが、絶大な影響力と集客力を持つアーティストが、自身の立場を利用して支援を呼びかけるからには「賛同したい」「賛同してよかった」と多くの人に思わせる必要があるというわけだ。

この日のライブは大成功だったという。
バンドのパフォーマンス、観客の熱狂、そして収益の面においても。


それから2年半後の今、というか今頃になって、当日の音源というかたちでこのライブアルバムは届けられた。収益は再び『War Child UK』に全て寄付されるという。

そして本作のリリースにあたり、バンド側からはこんなコメントが寄せられている。

〝2018年に既に酷かった状況は、現在では絶望的になっており、子どもたちとその家族はこれまで以上に私たちの助けを必要としています〟

War Child UKの資金不足は、一度やそこらのチャリティーライブでは解消できない。すなわち、継続的支援が必要という旨である。
だが僕はこのライブアルバムこそが、その継続的支援を可能にするアイテムになり得るのではないかと考えている。
なぜなら、このライブアルバムを聴いた人間は口を揃えてこう言うからだ。
「ベスト盤的内容」であると。


パルスのような信号音が流れる中、メンバーが舞台に現れたのだろう。ひときわ大きな歓声が上がる。
アレックス・ターナー(Vo・Gt)、ジェイミー・クック(Gt)、マット・ヘルダース(Dr)、ニック・オマリー(Ba)、この4人がアークティック・モンキーズだ。
2005年にデビューし、翌2006年にベースがニックに交代してからはずっとこのメンバーで歩んできている。
本ライブではアクモンメンバー4人に加え、キーボードや12弦アコースティック・ギターなどを担う5人のサポートメンバーが関わっているという。

ライブはリリース間もない6thアルバム収録の『Four Out Of Five』を1曲目に据え、アダルトな雰囲気でスタート。
続いて2ndアルバム『フェイヴァリット・ワースト・ナイトメアー』のリードトラックだった『Brianstorm』を投下。初期の特徴でもあった前のめりなギターサウンドと捲し立てるようなボーカルで早くも場内は青天井の盛り上がり。
ドラムスティックのカウントから大蛇のようにうねるベースラインが曲をひっぱる『Crying Lightning』は3rdアルバム『ハムバグ』からの選曲。サビに向かって美しく開かれていく構成が実に官能的だ。

そして初期からある種のレッテルのように貼られていた「若者的な疾走感溢れるロックバンド」というイメージから自他共に脱却し、バンドの新たなスタンダードの構築に成功した5thアルバム『AM』のオープニングナンバー『Do I Wanna Know?』のギターリフが高らかに鳴り響く。
以前どこかの野外フェスか何かの映像で、夕暮れ時の広大なフィールドでこの曲を演奏するシーンを見た事がある。ティアドロップ型のギターを構えて立つアレックスは夕陽のガンマンのごとく激シブだった。
この日もそんな佇まいだったであろう事が音のみからでも伝わってくる。

同じく5thアルバムの『Why'd You Only Call Me When You're High?』で渋めの流れを維持したあとに披露されたのは『505』。実は今回この曲の聴こえ方が一番の発見だったかもしれない。キャリア初期、激しいギターロックバンドだった頃の2ndアルバムに収録されている曲なのだが、キーボードをフィーチャーした幻想的な雰囲気が最新の彼らのモードと驚くほどフィットしている。
そして最新6thアルバム『トランクイリティ・ベース・ホテル・アンド・カジノ』収録の『One Point Perspective』に無理なく移行。柔らかな浮遊感に包まれる。
最新アルバムでアレックスは、それまでのお家芸だったギター・リフ主体のソングライティングを捨て去り、ほぼ全ての曲をスタインウェイのピアノを用いて作ったという。
月面に建てられた架空のホテルをコンセプトに制作されたこのアルバムの世界観は、クレーターを彷彿とさせるすり鉢状の客席を持つロイヤル・アルバート・ホールにさぞマッチしていた事だろう。

前曲から間髪入れずにスリリングなドラムになだれ込んだ『Do Me A Favour』、優しく甘いミディアム・バラード『Cornerstone』、極上のライブアレンジで大人の色気を見せつける『Knee Socks』、ブルージーなギター・リフでグイグイ引っ張る『Arabella』と中盤戦は続いていく。

そして空気はガラリと変わり、『Tranquility Base Hotel & Casino』『She Looks Like Fun』と再び最新型のアクモンを聴かせたかと思えば一転、若さ溢れていた頃の1stアルバムからのナンバー『From The Ritz To The Rubble』を違和感なく繋げられるところが見事。多くのサポートメンバーが関わっている本ライブだが、この曲はアクモンメンバー4人のみで演奏しているという。演奏は非常に荒々しく、あえて意識的にフレッシュさを演出しているのが伝わってくる。

静かなキーボードの音から始まるが、いきなり沸点へ到達するようなパワフルな演奏とプログレッシブな展開が聴ける『Pretty Visitors』を経て、次に披露されたのは『Don't Sit Down 'Cause I've Moved Your Chair』だ。
アクモンがこれまで発表した全てのアルバムから選曲されている本ライブであるが、4thアルバム『サック・イット・アンド・シー』からはこの一曲のみ。当時はバンドの新たなスタイルを求めて試行錯誤の時期だったが、今では大人になった彼らによる非常に骨太な演奏が聴ける。

〝We are Arctic Monkeys. This is 『I Bet You Look Good On The Dancefloor』Don't believe the hype.〟

次曲に移る前のアレックスのセリフだ。
かつてデビュー・シングルのミュージック・ビデオの冒頭で言っていた言葉である。

というわけで、本編ラストはアクモンの記念すべきデビュー・シングル『I Bet You Look Good On The Dancefloor』だ。
2005年にリリースされるや否や、いきなり全英チャート1位を獲得してしまうという華々しすぎるデビューを飾った彼ら。若いエネルギーが火花を散らして暴走するかのような演奏と、アレックスの紡ぐ深い文学性と巧みな情景描写を纏った歌詞が鮮烈なインパクトを与え、アクモンは一気に時代の寵児となった。特に歌詞に関しては、10代の若者が書いたとは思えない難解さに、ゴーストライターの存在さえ疑われた。

そんな彼らも30代となった。
自分たちの想像を超える大ヒット曲を出してしまったバンドによくあるように、アクモンもこの曲と距離を置いていた時期があった。
だが今はこういった初期の代表曲を演奏するのはただ単純に楽しいそうだ。
ここにはオリジナルの良さを失う事なく、今の年齢だから生み出す事のできる芯の太さがプラスされている。
曲の後半、演奏をブレイクさせてサビの一部を観客の斉唱に委ねるシーンには鳥肌が立った。
いつまでも棘のように心に残るロックのお手本のような圧倒的余韻を残し、本編は終了した。


ここからはDISC2、つまりアンコールの1曲目。ムーディーなイントロとアレックスの艶やかなファルセットが響く『Star Treatment』で再びライブの幕は上がる。
最新アルバムでも1曲目を飾るこの曲。思えば本編の1曲目も最新アルバムからのナンバーだった事を考えると、いかにバンドが今の自分たちのスタイルに自信を持っているかがわかる。
そしてそこから一気に時計の針を戻すように1stアルバムの1曲目だった『The View From The Afternoon』という信じられない振り幅を見せて観客を熱狂の渦へと誘う。途中、アレックスは歌詞を忘れたのか何なのか言葉に詰まる部分があったがそれも御愛嬌。ちなみにこの曲もメンバー4人だけでの演奏らしい。
あっという間のラストは『R U Mine?』をド迫力でかます。
曲中、演奏を止めて観客の大歓声を一身に浴びるようなポイントが二度ほどあったのだが、最早王者の貫禄すら漂う。
鳴り止まない拍手と歓声の中、歪んだギターノイズだけを残して圧巻のライブは幕を閉じたのだった。


ベスト盤的選曲…
最高のパフォーマンス…

この内容であれば、バンドのファンのみならずとも購入の触手が動くだろう。
もしかしたら後年これが、ロック史に残る名盤になっているかもしれない。

昔からチャリティーライブにはドラマがつきものだった。多くの歴史的名演が後世に語り継がれてきている。


ロック史上初めてのチャリティーコンサートは、1971年8月1日にニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンで行われた『バングラデシュ・コンサート』であると言われている。
当時、飢餓と疫病に苦しんでいたバングラデシュの難民を救済する目的で行われたもので、発起人は元ビートルズのジョージ・ハリスンと、インド出身のシタール奏者ラヴィ・シャンカール。
ミュージシャン仲間に顔が広く、その人柄ゆえに多くの人間から慕われていたジョージ・ハリスンの声かけのもと集まったのは、ボブ・ディランやエリック・クラプトンなどの大スター軍団。もちろんノーギャラである。

当初、ここまで大規模なチャリティーイベントは前例がないと開催を不安視する声も多かったが、蓋を開けてみれば大成功。チャリティーライブの先駆けとして歴史に残るイベントとなった。


80年代のチャリティーライブを語る上で忘れてはならないのが、1985年7月13日に行われた20世紀最大のチャリティーコンサート『ライヴ・エイド』だ。
クイーンを題材にした大ヒット映画『ボヘミアン・ラプソディ』でもハイライトとして扱われた事で、近年再注目を集めているイベントである。

「1億人の飢餓を救う」のスローガンのもと、アフリカ難民救済を目的に開催されたこのイベントは、イギリスのロンドン・ウェンブリー・スタジアムと、アメリカのフィラデルフィア・JFK・スタジアムをメイン会場に、16時間、84カ国で衛星生中継(録画放送を含めると140カ国以上)というまさに地球規模のチャリティーコンサートとなった。
出演ラインナップは錚々たる顔ぶれ。とても書き切れない、とにかく錚々たる顔ぶれだ。

しかし、この日の主役は誰が何と言おうとクイーンだった。
そもそも、準備してきた奴なんかいなかった。クイーン以外は。

当日出演したアーティストはほとんどがぶっつけ本番で、明らかに「ふらっと寄ってみました」感満載の弾き語りや、誰も知らない新曲を披露する者、ゆる〜いセッションを延々と続ける者もいた。
しかしクイーンは違った。数日間念入りにリハーサルを重ね、持ち時間約20分という短い間にヒットメドレー計6曲。完璧なサウンドメイクと計算し尽くされたパフォーマンスで観客の度肝を抜いた。
正直、この頃のクイーンは人気にもかげりが見え始め、メンバーは皆ソロ活動に注力していた。解散の話も出ていたという。
だが、この一夜で一気にクイーン熱は再燃し、バンドは息を吹き返した。
世界各国で衛星生中継されたこのイベント。19億人がクイーンのアクトを見たと言われている。まさに地球まるごとがステージ、全人類が観客。クイーンはその舞台で『伝説のチャンピオン』となった。
そのあまりの完成度に、出演を控えていたエルトン・ジョンは地団駄を踏んで悔しがったと言われている。


日本にも目を向けてみよう。
これまで日本でも数多くのチャリティーライブが行われてきたが、中でも未曾有の災害となった東日本大震災の復興支援を目的にチャリティーライブを行った氷室京介を取り上げたい。

開催日は2011年6月11日と12日の2日間。場所は東京ドームだ。同会場でチャリティーライブが開催されるのは史上初。2日間で約11万人を動員し、国内史上最大規模のチャリティーライブとなった。
東日本大震災が2011年3月11日だから、ちょうど3ヶ月後の事である。

氷室京介はこのライブの開催にあたり、ある声明を発表した。

「全曲BOØWY」

BOØWYとは、最早説明不要だとは思うが、氷室京介と布袋寅泰を中心に活動したバンドで、1982年〜1988年までのたった6年間の活動で「ロックバンド」という概念の全てをひっくり返し、その後に訪れるバンドブームの火付け役となったバンドだ。
さらに人気が絶頂に達した時に突如解散した事でその存在は神格化され、今なお一部で再結成が望まれ続ける伝説的バンドである。

BOØWY解散後も氷室はソロとして、第一線で活躍し続けている。ソロライブでBOØWYの曲を披露する事はそれまでにもあった。しかし「全曲BOØWY」とは。
氷室以外の元メンバーはこれについて複雑な心境ではあったようだが、チャリティーライブの目的はより多くのお金を集める事。しかも会場は東京ドームだ。氷室は賛否両論覚悟でこの全曲BOØWYライブを決行した。
「より多くの人間を集客し、より多くの収益を上げて寄付をする」
話題性は十分だ。このやり方であれば、「BOØWYのファンだったけど、ソロになってからの氷室には興味がない」という人も必ず来てくれる。

震災から間もない当時は電力不足の問題もあった。氷室は東京ドームという巨大な会場としてはありえないほど質素な照明とステージセットの中、歌と楽曲の魅力のみで圧倒的なパフォーマンスを展開した。
東京ドーム初のチャリティーライブは大成功に終わった事は言うまでもない。


チャリティーライブの歴史を、ほんの僅かではあるが取り上げて紹介してみたが、これらのライブは音源や映像というかたちで商品化されてきている。
まだレコードやビデオテープだった頃にリリースされていた作品も、後年CDやDVDというかたちで時代に合わせて姿を変え再販されている。それが歴史に残る素晴らしい作品でありさえすれば、時代を超えて何度でも蘇らせる事ができるというわけだ。
その商品の収益が今でも該当チャリティーに使用されているかはわからないが、それらの名演が商品として残る事で、少なくとも僕らは忘れないでいられる。チャリティーの名の下に名演を残したアーティストと、それにありったけの想いで応えた観客の熱狂を。


2018年、アークティック・モンキーズはチャリティーライブを行い、その音源が2年半後の今リリースされた。
一度のライブの収益だけでなく、こうして音源もリリースされる事で、再びの支援が可能となる。もし映像も残されているのであれば、そちらも是非商品化していただきたいものだ。作品として優れたものであるならば、ヒットは十分に期待できる。

アクモンのメンバーは、『War Child UK』で支援の対象となる子どもたちと直接の面識はあるのだろうか?
何人かはあるかもしれないが、その大多数は顔も名前も知らない子どもたちだろう。
ライブ会場に足を運んだ観客や、このライブアルバムを手にした僕たちもそう、直接手を差し伸べる事はできないかもしれない。
でも、顔も名前も知らない誰かのために発揮できる力は確かにあって、このライブアルバムを購入する事もそのひとつだと思う。
購入する側としては、チャリティーの一助を担うという意識はなくても構わない。「この商品が欲しい」だけでもいいではないか。ただの募金とは違い、物体として手元に残るのだから。

これが後年、何度も再販されるような歴史的名盤になったら最高だ。
このライブアルバムがいつまでも売れ続けるような事があれば、それだけで『War Child UK』への継続的支援は果たされる。


この文章を読んでくれた人たちへ。
アークティック・モンキーズの『Live At The Royal Albert Hall』、これは名盤だよ。
少しでも気になってくれたなら、是非お手に取ってみてください。
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