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米津玄師にまつわる大切な記憶と切なる願い

私が毎年12月になると思い出すこと

 毎年12月は、私にとって、米津玄師さん関連の印象的な出来事を思い出す季節だ。米津さんは寒さが苦手で夏が好きだそうだが、私は逆だ。夏は暑すぎて、私はいつも伸びてしまうのだ。でも、今年の夏は違った。米津さんの”感電”とアルバム『STRAY SHEEP』のリリースや、テレビドラマ『MIU404』の放送など、楽しいことが目白押しだったので、暑くても元気でいられた。とはいえ、やっぱり私は寒くても冬の方が好きだ。今でも、楽しかった冬の記憶が蘇ってくる。

 私が初めて行った米津さんのライヴは、2017年12月14日にパシフィコ横浜で開催された、アルバム『BOOTLEG』を引っ提げてのツアー「Fogbound」。私は2階席の12列目にいたのだが、熱気に満ちた観客たちの間から、A4クリアファイルくらいの大きさの米津さんが見えた。その時の私はまだ、A4クリアファイルサイズだろうと、肉眼で見えるだけでもどれほどラッキーかということを知らなかった。その翌年の10月28日に幕張メッセで開催された「Flamingo」の時は、私が何とか肉眼で確認できたと思われる米津さんのサイズは、米粒大どころか針の穴大だった。

 パシフィコ横浜で行われたそのライヴのオープニング曲”fogbound”で、私は米津さんの歌声を生で初めて聴いて、すごくいい声で歌が上手いな、と思った。大好きな”ゆめくいしょうじょ”や”love”を初めて聴けてとてもうれしかったこと、それら2曲を歌う米津さんの前に紗幕が降ろされていて、そこに映し出されていた加藤隆さんのアニメーションがとても美しかったことを、私は今でも憶えている。また、ライヴのMCで、当時新曲だった”Lemon”がドラマ『アンナチュラル』の主題歌となることが発表されたこともすごく印象に残っている。私はその時、”Lemon”という曲が、この後日本の音楽史に残る記録的な社会現象を巻き起こすとは、予想だにしていなかった。

 今から3年前のそのライヴでの素晴らしい音楽と歌声、パフォーマンスとは裏腹に、MCの時の米津さんは、ちょっと居心地の悪そうな、ぎこちない感じがした。その時の米津さんは、今の米津さんと比べると、ぶっきらぼうと言うか無愛想と言うか、自分の気持ちをオーディエンスに伝えるのがあまり得意じゃないように私には感じられた。それがツアーを重ねていくごとに、米津さんはオーディエンスに、自分の大切な思いを、しっかりと言葉で伝えてくれるようになっていった。その言葉が、沢山の人たちを勇気づけ、今も支え続けている。米津さんの存在は、人はここまで前向きに変わっていくことができるのだ、ということを証明してくれている。

 パシフィコ横浜でのライヴの数日後、ちょっとだけ不思議な、でも印象的なことがあった。ある日モスバーガーでお昼を食べていると、私の隣の席に、長身で、まさしく188cmくらいの細身の男性が座った。店員さんが飲み物を持って来ると、その男性は「ありがとうございます」とぼそっと言った。その声が、過去にツイキャスやラジオで聞いたことのある米津さんの声にすごく似ていた。顔をまじまじと眺めるのは失礼だと思ったので、私は隣を見ないようにしていた。でも気になったので、私は食べ終わって席を立ち、トイレの横の洗面所で手を洗った後、チラッとその人の顔を見てみた。すると、その人は、若い男性であるのは分かるのだが、髪がボサボサで、今時なかなか目にすることのない牛乳瓶の底のようなメガネを掛けていて、先が丸い、おじいさんが履くような靴を履いていた。漫画に出てくるキャラクターのような、絵に描いたような感じで、米津さんがこんな格好しているわけないよな、と思った。ガッカリしたけれど、もしかしたら米津さんが普通にモスバーガーにいるかも、というような、一瞬でも夢があって、私は何だかうれしくなった。

 2018年12月18日には、幕張メッセで開催されたThe Weekndのライヴに、米津さんがゲスト出演した。私は指定席の一番後ろの真ん中から、米津さんのパフォーマンスを観ていた。オーディエンスの大半はThe Weekndのファンであり、米津さんの音楽を知らない人も沢山いる中でパフォーマンスをする米津さんを、私はドキドキしながら、祈るように観ていた。自身がメインではない環境の中で、パフォーマンスをやり切った米津さんを本当にすごいと思う。もし私が米津さんの立場だったら、恐くてステージに立つことすらできなかったと思う。普通の人間ならおののいてしまうような経験をやり遂げた米津さんだからこそ、その先の2019年のツアー「脊椎がオパールになる頃」での最高のパフォーマンスに繋がっていったのだと思う。

 そして、2018年の年末は、「紅白歌合戦」での”Lemon”の感動的なパフォーマンス。そこから米津さんの更なる快進撃が加速していったことについては、もはや説明不要だろう。

 そこから更に時は過ぎ、2020年、今年の12月。世界が変わり果ててしまうくらいにいろいろなことがあり、みんながいろいろな思いを抱えながらも、米津さんの音楽やライヴを心待ちにしながら、希望を捨てずに生きている。きっと米津さんは、みんなのその気持ちをちゃんと分かってくれていて、いろいろと考えてくれているのではないだろうか。それがどんな形になるのか私には分からないけれど。少なくとも、米津さんの音楽はいつでもみんなの心の中で、どんな時でも寄り添ってくれている。米津さんは今までも、最も普遍的で、それと同時に最も個人的な、音楽という表現方法を通して、「自分の音楽を聴いてくれる人たち」に応え続けてくれているから。だから、やっぱり、希望を持って、楽しく生きていきたいと強く思う。

 師走になりいろんなことを思い出して、自分はちょっとセンチメンタルになっているのかもしれない。早くみんなが笑顔で、安心して米津さんのライヴに集うことができるようになりますようにと、切に願うばかりだ。
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