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お前の代わりなどいないんだ。

スマッシング・パンプキンズが演奏する「アイソレイション」。

私ごとで申し訳ないが、自分が過去に投稿した音楽文のなかで登場する「中古レコード店」で見つけたCDに、発表されてさほど経っていなかったスマッシング・パンプキンズ(以下スマパン)の『マシーナ/ザ・マシーンズ・オブ・ゴッド』があった。聴いて、そのクオリティにびっくり。特に二曲目の「レインドロップス&サンシャワーズ」が、とてもロックバンドのいわゆる「ハードロック」が鳴らせない、美しい出来だったのに、うっとりしてしまった。冒頭の「ジ・エヴァーラスティング・ゲイズ」はヘヴィロックだが。アルバム全体も、おしまいの「エイジ・オブ・イノセンス」まで、美しく、かつヘヴィで、文句のつけようがなかった。

大学に入り聴いたスマパン作品に、『サイアミーズ・ドリーム』があった。冒頭の「天使のロック」、このミュージックビデオが、その美しく儚いロックと共に聴くと、涙が溢れてしまう。「充分に金があるのに、なんでハニー(恋人)なんか欲しがる?」と吐き捨てるビリー・コーガンは、まさにこの曲で永遠になった。日本語の対訳ではなぜか「充分に金があるのに、なんでハチミツを欲しがる?」というふうに、ハニーが「ハチミツ」になっていたが。自分が知らない理由があるのかもしれないが、ハニーは「恋人」だろう。「ハチミツ」は違う気がする。

そもそもスマパンは、よくニルヴァーナと比較されるけど、フガジやビッグ・ブラックやミニストリーくらい強固なバンドとしての自我を持っていた。ニルヴァーナとは性格の違うバンドなのだが。轟音を鳴らすからか、時期が重なるからか、「第二のニルヴァーナ」などというふざけた呼び方をされる。
そのスマパンが1995年に、『ザ・ウォール』を目指したという『メロンコリーそして終りのない悲しみ』という核爆弾を発表する。CD二枚組、全28曲。一曲として無駄なものがない。すべてヘヴィでグルーヴが並大抵でなく、美しく、儚い。「ボディーズ」の「誰としてお前の代わりはいない」は、対訳にて、「どの身体もお前のようではなかった」となっていたけど。「ラヴ・イズ・スーサイド」は、まさに首を吊ろうとしたビリーによる、魂の叫びではないか。
「お前の代わりなどいない」
「お前の代わりなどいない」
「お前の代わりなどいない」
「愛は自殺である」
「愛は自殺である」

「ファック・ユー」という曲の後に「ラヴ」を流したり(歌詞はやはり捻くれているが)ヘヴィロック風な『ザ・ウォール』であり、ツェッペリンがピンク・フロイドの曲を演奏するようなものだろうか、と愚考を重ねることはできるけど、ビリーの気難しさを察してしまうと、私じしんが嫌われ者のひねくれ者だからか、愚考する前に、孤独な学生時代を思い出してしまい、涙が出てしまう。2012年に、『メロンコリー』が全92曲になって発表された。ジョイ・ディヴィジョンの「アイソレイション」が収録されており、しかもそれがスマパン独特の儚さで、この上なく美しくなっていた。この曲は、他人事ではない。イアン・カーティスのことを思って聴くと、涙が止まらない。

1998年に『アドア』が発表される。ジミー・チェンバレンがこのアルバムにはいない。頑なにこのアルバムを認めないファンの気持ちも分かるけど、どこを聴いてもスマパンズだ。冒頭の「トゥ・シーラ」、この曲を初めて聴いて、もう17年になるが、平常心で聴けたためしがない。三曲目の「パーフェクト」は、ミュージックビデオと一緒に聴くべきだ。ロックアルバムを作る上で、轟音も爆音もFワードも必要ないと、これを毎回、聴いて思う。2014年に、90曲になって帰ってきた。「マネー」がハードロックふうにライブで演奏されていて、面白い。

スマパンは、ビリーは、中村明美女史のインタビューによると、「1996年に解散すべきだった」と言っている。でも、ビリーには悪いけど、もうスマパンはビリーだけのものではないのだ。『メロンコリー』を作って解散していたら、ジョイ・ディヴィジョンやザ・スミスのように伝説になってしまっていたかもしれないけど、後追いファン(私をふくむ)や21世紀になってからファンになった者が山ほどいるのだ。1996年にスマパンをやめてしまっていたら、「アドア」「マシーナ」はこの世に存在しておらず、私もスマパンズを聴く機会も失われていた。もし、そうだったら、それこそ私はもうこの世にいない。今、スマパンズがこの世に存在することで、救われている人間がどれだけいるかわからないのだ。今でも「アドア」が再発されていたり、2021年に『マシーナ』が再発されるらしい、という機会も何もかも、存在していないのだ。

「アドア」再発盤の最後に「X.Y.U.メドレー」「トランスミッション」がある。ビリーによる、ジョイ・ディヴィジョンあってこその俺なんだ、という主張であろう。あなたは、スマパンがデペッシュ・モードの「ネヴァー・レット・ミー・ダウン・アゲイン」をカバーしていたことを覚えていると思う。すべては、パンク・ロックの勃発に端を発するのだ。ジョー・ストラマーやジョン・ライドンが脇目も振らず奮闘していて、イアン・カーティスがジョイ・ディヴィジョンを作ったことは、無駄ではなかったのだ。ダーシー・レッキーの復帰が叶わなかったのは、この上なく残念だけど、私を含め、スマパンズに救われた人間は、ビリーが諦めてしまうことを拒む。ZWAN活動も、彼のソロ作品も大好きだが、私たちは、ビリーの勝利の日まで、諦めないだろう。
ウィリアム・パトリック・コーガンは、ある日、首を吊って、いなくなってしまおうとしていた。そうしていたら、彼はイアン・カーティスのところに行っていただろうが、この世は今とは全く違うものになってしまっていた。そういうことを知っているから、私たちは今も生きているのだ。
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