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私の脳内の主演男優賞

脳内に星野源がいる生活

"生きて抱き合おう いつかそれぞれの愛を
重ねられるように"
<星野源/うちで踊ろう(大晦日)>

お風呂に入って、布団に入ったところで、うちで踊ろう(大晦日)を歌う星野源の声が頭の中で聞こえてきた。

安心できる環境で、家族と楽しく話をした後にお風呂に入ったから、思い出したんだろう。

この曲は、ひたすら生活の歌だ。
だからこそ、思い出すとじんわり温かい気持ちになれる。

この曲が頭に浮かんで"あの人にまた会いたいな"と思える時間は至福の時なのだ。


反対に、気持ちが落ち込んでいる時は、ひたすら心の中を無にして嵐が過ぎ去るのを待つしかなくなる。

うちで踊ろう(大晦日)の歌詞の中でも、強いメッセージとして発信されている言葉がある。

"愛が足りない
こんな馬鹿な世界になっても"

何故こんなにも悪いことばかりを思い浮かべてしまうのだろうと頭を抱えたくなる日がある。
世界はもう終わりだと、絶望的な気持ちに襲われる。

この問題には、私だけではなく、きっと多くの人が悩まされているはずだ。

ワイドショーも、ネットニュースも、見ないように聞かないようにしても、つい覗いてしまって、自己嫌悪してしまう。

社会で生活していればどうしたって情報は流れてくるし、気分の悪くなるニュースで気が滅入ったり、時には自分よりも恵まれた環境で楽しそうにしている人も目に入ってしまって、つい"私は不幸なのではないか"なんて思ってしまったりもする。

でも、今日みたいにちょっと幸せだなと思える心の余裕があると、気付けることがある。

じゃあ今私が持っている全てを捨てて、手に入るものがあるとして、それは本当に欲しいものか?

例えば、私の人生に関わってくれた大好きな人たち、今までの人生の記憶、なにかを好きだと思った気持ち、その全て消えて、お金や容姿や名声や恵まれた環境での生活が手に入ったとして、それは本当に私が幸せになるために必要なものじゃないのではないか?

欲しい欲しいって、なにをそんなに欲しがってたのだろう。
もう私は、大好きな家族や友達や音楽たちに囲まれて暮らせているのに。

私が今持っている全てを使って、幸せになるための努力をしないなんて…。

ここまで考えが行き着いたとき、星野源が時々オールナイトニッポンで口にする「馬鹿じゃないの?」が脳内から聞こえてくるのだ。

これは、リスナーからのくだらないメールやスタッフの発言を聞いた時などに口にする言葉。

言葉だけ聞くと、ちょっと冷たい感じに聞こえるかもしれない。
しかし、実際には違う。

もし誤解を恐れずに訳すとしたら、愛してるぜ!だ。

そんなふうに、私の脳内で星野源が激しめに言うのだ。
馬鹿じゃないの?と愛を込めて。

いや、実際には私の心の声ということにしておこう。

勝手に出演させてしまったら、出演料を払わなくてはいけなくなる。
払いたい気持ちは山々だが、おそらく脳内出演だと所属事務所も困ってしまうだろう。

彼の激しめな声が脳内で聴こえてきて、なんだか楽しくなってきた。

怒りや悲しみや苦しみから生まれる感情に支配されないように、たまに気付ける機会がある私は幸せ者だ。


今日も星野源はうちで踊っている。
生活を愛する人にしか歌えないメロディを歌いながら。

私も負けないように踊ろう。
また生きて会えるその日まで。
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