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ぶっ飛んだ怖い人じゃなかった。

宮本浩次『ROMANCE』ブレイクの理由

 日常ではない何かが起こった時ほど、人間は本性が曝け出されてしまうものだ。日頃とても頼りになる人がコロナ禍に慌てふためいて使い物にならなかったり、意外な人がリスク管理に手腕を発揮したり、2020年はいろいろな人のさまざまな面が見えた一年だった。この年に大活躍した宮本浩次。人気が急上昇したのには理由がある。

 カバーアルバム『ROMANCE』が話題となって売り上げを延ばし続けている理由としては、かねてから指摘されているように、女性歌手の往年のヒット曲を男性歌手が、それもロック歌手がカバーしているという話題性、選曲が宮本と同世代やその上下を含めた幅広い層になじみ深いものだったこと、そして大衆の旧知の歌謡曲だったからこそ、持ち前の歌声の素晴らしさと歌唱技術の高さが認識されやすかったこと、宮本が信頼する名プロデューサー小林武史と蔦谷好位置による斬新なアレンジなどが挙げられる。
 さらに言えば、彼の人間性であろう。歌と歌うことへの愛情。感涙にむせび泣きながら歌ったというデモ音源、何度も歌っているうちに「上手くなってしまって」歌い直してもそれを超えられなかったためアルバムにそのまま使用したという制作逸話に象徴される音楽への真摯な姿勢。そしてとにかくかっこいい。原曲を超えているか超えていないかなどと比較する無粋を受け付けないほど、まったく別の楽曲として成立している。にもかかわらず、「原曲を超えられない」と歯噛みする意欲と謙虚さ。それでも「歌が好き、歌うことが好き」で歌わずにいられない情熱がパフォーマンスで全身から溢れ出る。その輝きに魅了されるからなのだ。それらの相乗効果が『ROMANCE』ヒットの背景にある。だが、そこに付け加えたい要素がある。

 顔も名前も知っていた。『The Covers' Fes. 2016』の公開収録を観覧する機会に恵まれた私は、秦 基博が目当てで行ったにもかかわらず、初めて観るエレファントカシマシのダイナミックなパフォーマンスに度肝を抜かれて魅了された。さっそくCDを購入しようとしたのだが、ジャケットには4人組バンドのはずなのに1人しか写っておらず、しかもぐしゃぐしゃの髪に独特なポーズからの挑戦的な強い視線。曲の親しみやすさにそぐわない違和感に戸惑って、購入を躊躇してしまったことが忘れられない。“夢を追う旅人”のシングルだった。
 そこにいたのは、「うるせえボケナス」だの「あくびして死ね!」だの「全員死刑」だのと目を剥いてシャウトする特異な近寄りがたさ、“悲しみの果て”や“今宵の月のように”がヒットしても、どこか得体の知れない、孤高という称号を拭いきれないロックバンドのボーカリストその人だった。名前もヒット曲も知っていたけれど、なかなか最後の一歩が出ない畏怖感をまとっていた。
 それが2020年の春、なぜか唐突に思い出して聴いてみたくなった。思えば、これまで動いている姿をしっかり観たことがなかったのだが、動画サイトを検索し視聴して再び度肝を抜かれてしまった。細身の体躯を自在に操るそれはそれはしなやかな動きと、そこから発せられるどこまでも伸びやかな歌声にすっかり心を奪われ、貪るように視聴した挙句にアルバムを買い揃えるほど虜になってしまった。

 今回の『ROMANCE』快進撃の背後には、自分が辿ったこのプロセスに鍵となるものがあるように思える。カバーアルバム発売を契機に、主要な新聞や「婦人公論」「クロワッサン」といったマダム向け雑誌などにも取り上げられるや、中島みゆきの“化粧”に描かれた女性の健気さや強がる部分に惹かれて感情移入して号泣しながら歌ったとか、少年時代に聴いたり母が歌ったりしていた思い出につながっているという背景が知られるようになった。30年を越えるバンドの艱難辛苦の歴史も語られた。人々の目に触れたのは、貫いてきた真摯な姿勢と純粋さ。それが重なっていくうちに、世間の見方が「変な人」から「情熱的でピュアな人」に変わったという。これがキーワードだ。
 精力的なプロモーション活動の中でアルバムの制作過程が語られ、その根底にある音楽への尽きることのない求道と愛情が記事として文章化された。また、個性的でダイナミックな唯一無二のパフォーマンスがテレビで放映されるうちに、あれだけのオーバーアクションなのにブレることのない歌唱技術の高さが視聴者を魅了していく。言葉を選びながら誠実に受け答えし、時折見せるチャーミングな素顔や仕草もお茶の間に親近感を与えた。この親近感こそ、ヒットの秘密だと思うのだ。
 
 たびたび口にする「売れたい」「みんなを自分の歌で喜ばせたい」という言葉も、真摯で謙虚な姿勢を目にすれば、自信過剰な傲慢さは微塵も感じない。歌謡曲を愛し、歌い、涙する。私たちを同じところで生きている市井のひとり。
 つまり――ぶっ飛んだ怖い人じゃなかった。

 破天荒に見えるようでも、情に篤く読書家として知られる真面目な人物。緊急事態宣言中は外出自粛の呼びかけをきちんと守り、静かにおとなしく引きこもり生活を送っていたという。その中で1日1曲カバーすることを自らに課し、その成果がこのアルバムとして実を結んだ。
 歌と歌うことへの深い愛情と確かな歌唱力に裏打ちされれば、男か女か、年齢すらも関係ない。54歳のおじさんが15歳の少女の夢や恋を歌う響きのなんと清澄なことか。生身の人間の感情が、性別も年齢も超越してストレートに伝わってくる。その普遍性が、近寄りがたさを一気に払拭する。
 エレファントカシマシが“悲しみの果て”“四月の風”で新たなフェーズへ踏み出したように、歌手・宮本浩次も『ROMANCE』によって新しい立ち位置を得た。敬遠の対象だったのが、同時代の等身大のひとりの歌手として聴衆の前に降り立ったのだ。そして、世間のイメージを打ち壊し、聴いてみたい、もっと聴きたいとかき立てられた衝動は畏怖の念を克服した。『ROMANCE』の堅調な売り上げがソロアルバムやバンドのベストアルバムのセールスにもつながっているのがその証拠だ。“俺たちの明日”や“ハレルヤ”のメッセージがより説得力を増して届き始めた。
 今ならわかる。生きていればいつかは死ぬのだから、運命に「全員死刑です」と宣告されているようなものだし、それに気づかずにぼんやりと生きていたら「あくびして死ね!」と叱咤してくれる人生の応援歌が彼の創る楽曲の真骨頂だということが。安直に言えば「時代が追いついた」という表現になるのだろうか。だから、敢えてヒットではなくブレイク=打開と言いたい。

 人を感動させるものは後世まで残っていく。カバーされた往年の名曲も然り。カバーした楽曲について宮本は、どれも当時街じゅうに流れていて、知らぬ間に覚えていて歌ってみたらそらで歌えたと語っているが、それはそのまま私のエレファントカシマシ体験に重なる。“今宵の月のように”も“風に吹かれて”も、いつの間にか耳に馴染んでいたものが、しまわれていたところから取り出されて、今また新たな輝きを放ち始めたような気がしている。そして『ROMANCE』も間違いなく聴き継がれていくだろう。
 2020年はコロナ禍とともに、宮本浩次との出会い、そしてエレファントカシマシとの再会が記憶に深く刻まれる忘れられない年となった。
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