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エレファントカシマシ宮本浩次遭遇後

コロナ禍の中で

「宮本浩次」という歌手に真に出会ったのは2020年11月17日 NHKのうたコンという番組だった。エレファントカシマシというバンド名は知っていた。「さあ 頑張ろうぜ」という歌の出だしも知っていた。けれどそれらのシンボルである宮本浩次という歌手を私は知らなかった。
私は高校で「ロックは不良の歌」と叩き込まれた真面目な人間だった。高校を卒業して進学し就職しても私の生活にロックは存在しなかった。私は平和にウィーン少年合唱団やパリ木の十字架少年合唱団、ニューヨーク少年合唱団のコンサートに行き、山本安英さんの「夕鶴」を観に行っていた。
そんな平和は結婚と共に吹き飛んだ。夫の両親祖父母との同居、次々と授かる子ども達の世話や揉め事に押しつぶされ嵐の中を生きてきた。
やっと祖父母や義両親を見送り子どもも最後のひとりを残して巣立った。パート勤めから正社員になり日々を過ごしていたあの日あの時、宮本浩次さんのロマンスを晴天の霹靂として観て聞いた。
「こんなロマンス見た事がない!」と叫んだ司会の谷原さんの言葉は私の言葉だった。
広い舞台を駆け回りながら歌って息切れせず、階段に座るかと思えばその姿勢で立ち上がる。トドメの「あなたお願いよー」からのステップと上着を抱きしめる宮本さんを私はなんと歌が上手くてsexyなんだろうと感嘆した。
その日からGoogleと YouTubeで宮本浩次さんを検索しエレファントカシマシの曲も聞き始めた。
何故もっと早くエレファントカシマシを聞かなかったのか宮本浩次さんを知ろうとしなかったのかと幾度後悔しただろう。
コロナ禍の今全てのLiveは中止となった。
その代わり宮本浩次さんはカバーアルバム「ROMANCE」の宣伝のためにTV番組に出演してくれた。今現在生きている宮本浩次さんをリアルタイムで見られる喜び。伸びのある声、美しいファルセット、彼が自覚しているのかいないのかボディランゲージの素晴らしさ。
それらに導かれて私は果てしないエレファントカシマシの歴史を物語るCDを購入し始めた。惚れた欲目ではなく、デビュー曲「デーデ」「花男」「珍奇男」「さよならパーティー」等々はまるで、星新一氏のショートショートのように古さを感じない。
それは作詞家宮本浩次さんの言葉選びにある。太陽月風など自然を歌い俺やお前や君という記号に登場人物を配置する事によって見事に時間の流れを感じさせない。
そして、常に「いっぱい練習してきましたから」と言うようにLiveでの調子が良い。
エレファントカシマシの25周年Liveさいたまスーパーアリーナで37曲歌った宮本浩次さんは最後にはどんどんトランスしていってその身に神を下ろしたかのようだった。

今この瞬間も私の頭の中には「悲しみの果て」がエンドレスで流れている。多くのひとが亡くなった1月17日今日は私の姉の命日でもある。癌と闘った彼女は私を待たずに逝ってしまった。私は「ほかにも沢山のひとがいるから寂しくないね。」と亡骸に囁いた。
この日にこの話を言えたのも宮本浩次さんのおかげかもしれない。
ひとは多くの悲しい事辛い事をたいてい飲み込んで生きている。老いる事病気の事全てを発信してくれるひとがいて救われる事もある。
宮本さんの突発性難聴の話やお母さまとの別れ「もう初老ですから」と言える素直さに救われるひともいる。
そして、それら全ての経験を彼は歌に練り込んで昇華していく。
彼が居てくれる事で私は今日を乗り越えた。ありがとう宮本浩次さん。あなたのソロ活動とエレファントカシマシでのフロントマンとしての両方を見る事が現在の願いである。
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