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パスピエの音楽は物語なのかもしれない。

最新アルバム「synonym」と有観客ライブ「synonium」を通して

2020年12月25日、LINE CUBE SHIBUYAにてパスピエの有観客ライブ「synonium(シノニウム)」(同時生配信あり)が行われた。

パスピエがコロナ渦で有観客ライブをするのは10月のファンクラブライブ「AJIMI」以来二度目だった。("有観客"ライブという言葉には未だに違和感を覚える。)
今回は、12月9日にリリースされたばかりの6枚目のフルアルバム、「synonym(シノニム)」を引っ提げたライブだ。

パスピエは新曲を出すたびに驚きをくれる。アルバム作品ともなると尚更だ。
今作はまさに、「聴く文学」とでも言おうか。まるで短編小説を読んでいるかのように曲ごとに情景が次から次へと移り変わり、1曲の中で1つの物語が完結する。そんな作品だった。

その素晴らしいアルバムのお披露目ライブであり、2020年の締めくくりの一公演。終演後、壮大な映画を見終わったときのような感情に襲われ、「これは絶対に文章に残す。」と思ったのは強く覚えているのだが、どうすればこの素晴らしさを的確に表現できるのだろうかと考えすぎた故に書こうに書けず時間が経ってしまった。もはやこれは、自分が体験した素晴らしい音楽体験の備忘録にすぎない。それでも、同じような「パスピエが大好き」な同志に伝わることがあれば、それはすごく嬉しく思う。


開演は、18時30分。

SEから1曲目につながるセッション、始まるイントロ、振り落とされる幕。
アルバムのリード曲でもある「Q.」でライブがスタートした。これぞまさに"幕開け"だった。鳥肌が立つほど、幕が振り落とされるタイミングとバンドの音のキメが合っていたように思う。
アップテンポな、パスピエのバンドとしての側面が前面に押し出された「synonym」を代表する「Q.」。リード曲といえど一度もライブで披露したことのないこの曲を着席(歓声も出せない)のライブの一曲目に持ってくるのは、パスピエの"ファンへの信頼"も感じた。
そしてそこから繋がるのは、ライブ定番曲でもある「トキノワ」。

「トキノワ」はライブの前半か後半かの両極端どちらかに置かれることが多いイメージで、同じ曲でありながら、その置かれる位置によりメッセージが異なるような聞こえ方をする曲だと思う。それでも毎回そこから感じるのは、"いつもの、変わらないパスピエ"だ。
10月のライブ「AJIMI」では披露されなかった分、一層、パスピエと同じ笑顔で、同じ場所(ライブという場)で会えた嬉しさを噛みしめることができた。

そして雰囲気をがらりと変えて始まるのはアルバム曲「まだら」。
この曲は2月の10周年記念公演「EYE(いわい)」で新曲として既に披露されており、アルバム内では唯一コロナ渦以前に作られた曲だ。ドラマ「ホームルーム」のタイアップ曲でもある。
ストーリーの"歪み"、"うねり"を、リズムや不協和音というところで音楽で表現している。というところまでは聴いていても感じることができていたが、作曲の成田さん(Key.成田ハネダ)曰くピアノのみのBPMを5~10下げたうえで1小節ごとに頭を合わせて貼り付けるということをしているらしい。表現方法のレベルが想像以上に高くて驚いた。

そして続くのはわたしがアルバムで1番好きな、「人間合格」。
何だか音源で聴いていたときと感じ方が全く違って驚いたのを覚えている。なっちゃん(Vo.大胡田なつき)の歌い方と表現法をみて、とおりゃんせがふっと思い浮かんだのである。
わたしのなかで、パスピエの楽曲には確かに"とおりゃんせ側の曲"という印象の曲がいくつかある。日本の御伽噺的というような。これを"和っぽい"といってしまえばそれまでなのだが、ここでいうそれは曲調というより"ライブでの表現法"というものに近い。
しかし音源で聴いていた時はこの曲は自分の中では"そちら側の曲"ではなかったので、ライブで見て、「パスピエ的にはその部類なの?!」という勝手な衝撃を受けた。
そしてその「人間合格」から繋がれたのが「とおりゃんせ」だったものだから、これはパスピエにしてやられたと思った。
セッションや繋ぎ方という、音(メロディー)でのアプローチではなく、表現(雰囲気)で綺麗に繋がれているのは流石としか言いようがなかった。
まだ「人間合格」はライブではこのときしか聞いたことがないため比較対象がないが、これがこの日のセットリスト(とおりゃんせに繋げるという意味)でこういう表現だったのならすごい表現力だと思うし、この曲のライブでの姿がこうなら、それはそれで音源での印象と違って面白い。

「人間合格」に限らず、パスピエの楽曲たちの"音源での印象"と"ライブでの印象"はかなり別物になることが多くて、それは"パスピエのライブ"の楽しさのひとつである。
音源で聴くパスピエは"理論的"で、誤解を恐れずにいうと"無機質的"。それがライブになると一気に生命力を帯びるような、”生き生きした"ものになる。
だからこそ、パスピエのライブは本当に、楽しい。

MCののち、成田さんが「次にやるのは久しぶりの曲で。みなさん思い思いにたぎらせてもらえたら(笑)」と発言して始まったのは、「メーデー」。
実に2年と5カ月ぶりのライブ披露となった。
この曲はアップテンポ、クラップあり、ライブで盛り上がる曲。個人的に「チャイナタウン」系譜だと思っていて、そのほかの楽曲であると「マッカメッカ」などが挙げられる。
そして1曲目の「Q.」もこの系譜だと思っているので、新しく生まれた「Q.」が初披露されたライブで「メーデー」が久々に披露され一緒に聞けるのはなんだか嬉しかった。

その「メーデー」から繋がるのは、「Q.」が生まれるきっかけとなったらしい「真昼の夜」。
「真夜中のランデブー」のような音の緩急が感じられる曲というイメージ。
この、メロディーラインでジェットコースターのように早くなったりゆっくりになったり、上がったり下がったり、そうして1曲が綺麗に完成されているのがわたしは"パスピエっぽいな"と思う。

「R138」では、つゆさん(Ba.露崎義邦)がシンセベースをお手製 (つゆさんはDIYが得意) の可動式台に乗せて颯爽と登場。サビではステージの真ん中で煽り、歓声を上げられない客席を存分に盛り上げた。
割とテンポが速いこの曲のサビで観客がつゆさんに煽られるがままに一生懸命左右に手を振っていたのは今思い出しても面白い。当日もついつい笑ってしまうくらいに楽しかったのは覚えている。

ピッコマのCMにも起用された「プラットホーム」はパスピエのファンにも人気の名曲「最終電車」に似た雰囲気と歌詞で、まるでアンサーソングのような曲となっており(実際にはそうではないらしい)、この曲が始まった時はなんだか会場全体から感激のため息がつかれたようにも感じた。(これ、本当に。)
この日、2番のBメロが実際の歌詞とはかなり違う"制作段階での歌詞"で歌われたフレーズ(後日なっちゃん談)もあり、少しレアな経験をした。
ちなみに仮タイトルは「Platform」と英語表記であり、これを日本語表記にすると「プラットフォーム」もしくは「プラットホーム」のどちらにもなりうるらしく、より(電車の)ホームっぽい「プラットホーム」にしたということを成田さんの口より聞き、"やっぱり意識してるじゃん(笑)"と思った。
わたし個人としては、この曲は「最終電車」のストーリーの数年後の物語だと勝手に思っている。

「Anemone」の重厚感はライブで聞いても変わらず、ついついホールの脇にパイプオルガンがあるんじゃないか?と確認したくなるほどだった。
10月のファンクラブライブ「AJIMI」で新曲として部分的に試聴をした曲でもあり、成田さんのクラシック節が存分に表れた楽曲。(ちなみに仮タイトルは「バッハ」だったらしい。)
この曲もかなり物語的だと思っていて、成田さんの作る楽曲の構成の緻密さ繊細さと、なっちゃんの書く文学的な歌詞の親和性の高さがそうしていると思う。
"クラシックをバンドで表現する"、という点でここまで秀でたバンドはパスピエ以外にいるだろうか。これはやはりパスピエの強みのひとつであると強く感じる。
長年ピアノを習ってきた自分がパスピエにここまで惹かれるのも、やはりそこにひとつの理由があるのかもしれない。

「くだらないことばかり」では、メンバー全員がステージ前に並び、サンプラーで演奏。
普段とは違ったアプローチで楽しませてくれた。
2月の10周年記念公演「EYE」でも思ったが、パスピエは本当に型にはまらない、"やりたいことを最大限やれる範囲でやる"というライブをしてくれる。
それは、"自分たちが楽しいことで、さらにお客さんも楽しんでくれるだろう"ということを考えてくれているのがよくわかる。パスピエのファンは、音楽が本当に好きな人が多いのもひとつの特徴な気がしていて、だからこそパスピエが提示してくれる楽しみ方をきちんと受け取れるし、存分に楽しむことができるのだと思う。やり方も自由、楽しみ方も自由。捉え方も感じ方も人それぞれ。それがパスピエのライブだ。

曲の捉え方について、三澤さん(Gt.三澤勝洸)が「世に出た瞬間に、半分自分らの曲じゃなくなるから、聴いた人がいいと思えば、全然それでいいんだろうなって。 「パスピエっぽい」っていう定義も、人によって様々だし、それこそ「Q.」は僕ら的には新しい気持ちで作ったけど、「パスピエっぽい」って思われるなら、それはそれでいい。」とインタビューで語っていたのがわたしはすごく印象に残っている。
パスピエの、受け手側への委ね方(考え方)が好きだし、それをきちんと伝えてくれるところも好きだ。
それが曲だけではなくライブにも広がっていると強く思う。

「メーデー」と同じく、2年5カ月ぶりに披露された「ワールドエンド」。
すっかり変わってしまった世界に馴染みはじめた私たちに何かを問いかけられるような気すらした。

「tika(ティカ)」ではなんとステージ上からスモークが出現し、あっという間にステージをまるで雲の上のような空間に変える。
曲の世界観にも、パスピエ(とくになっちゃん)の表現にもぴったりマッチした演出でとても良かった。
雅楽と和太鼓といった日本音楽的要素がふんだんに散りばめられた、本当にチカチカするような楽曲。
それでありながらも、日本の音楽に多いという"上がりメロディー"ではなく、世界の音楽に多い"下がりメロディー"を多めに入れたというアプローチが面白い。
そしてこの曲から一気にライブのラストへ畳みかける。

アルバムでは最後に置かれている、「つむぎ」。
最近のパスピエはとくにアルバム最後の曲は"今のパスピエ"を歌った、メッセージの込められた曲が収録されている。
今回の「つむぎ」もそうで、歌詞にある"さめなかった夢を見てる 目を開けても消えなくて"というのは、パスピエがやりたかった音楽を続けられていることを歌っているらしい。(本人談)
これがなんだかとても嬉しかった。そのフレーズから、"受け取った分は返すよ"と繋がるのもグッとくる。
大好きなパスピエが、やりたい音楽を突き詰め続けていて、それを受け取ることができてすごく嬉しい。
世界が大きく変わっても、パスピエはその流れに対応しつつ、軸は全く変わっていない。その"芯のある柔軟さ"に感心したし、すごく頼もしくて、救われた。

そのままこちらもまたパスピエのメッセージソングである「正しいままではいられない」へ繋がれ、本編は配信シングルとしてリリースされたアルバム収録曲である「SYNSETHIZE」で締めくくられた。
「SYNSETHIZE」はここ最近のパスピエの音楽スタイルの象徴な気がしている。

配信はここで終了し、会場のみの特別アンコールとして、「つくり囃子」と「マイ・フィクション」が披露された。
アンコールラストで「マイ・フィクション」は意外も意外で(こちらも久しぶりの披露)、驚いた。


たった一公演しかなかった「synonium」はまるでおとぎ話の世界に迷い込んだような、楽しくてワクワクしてキラキラでちょっと非現実的な時間だった。
わたしにとってライブはもともと、日常とは切り離された"特別な時間"だった。
ライブに行くことが日々の糧になっていて、定期的にその"特別な時間"を過ごす、それが当たり前だった。
しかしながら、それが全く当たり前ではなくなってしまってから想像以上に時間が経過した。
だからこそ、この日のこの時間は格別だった。不思議な"無敵感"をまといながら帰路についた。あの、生の音楽を浴びたときの"無敵感"は何なのだろうか。

この日のおかげで、以降アルバムの曲たちを聴くと「synonium」のことを思い出して嬉しい気持ちになる。
今回もまた「やっぱり、パスピエが好きでいてよかった」と強く思う公演だった。


パスピエはこの先もきっと、"パスピエの音楽"という特別な物語でわたしを救ってくれるのだろう。その"非日常性"でわたしの日常を彩りながら。


"おとぎ話も空想の世界のことも
本当じゃないけど
優しい嘘で誰かを救ってる"
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