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大海原に生きる

PEDROのドキュメンタリー作品『SKYFISH GIRL -THE MOVIE-』から見るアユニ・D

飛ぶ鳥を落とす勢いでアイドル界を席巻する『楽器を持たないパンクバンド』BiSHのアユニ・D(Vo.B)によるソロプロジェクト、PEDRO。彼女の軌跡を追ったドキュメンタリー作品『SKYFISH GIRL -THE MOVIE-』が2月8日、YouTubeにてプレミア公開された。初めてベースに触れてから約3年の時を経て、かつて人一倍内向的だった少女は来たる2月13日、現状WACK(BiSHやPEDROの所属事務所)のどの所属アーティストも成し遂げていなかった日本武道館公演に挑む。彼女の陰も陽も網羅した今回の映像作品は言わばひとつのファンディスク的な側面もありつつ、BiSH以上にロック然としたPEDROに興味を抱くための足掛かりとしても、貴重な代物となったのではなかろうか。


映像は、人通りの少ない閑静な住宅街の一角でインタビューを受けるアユニの姿から幕を開ける。かつては北海道札幌市に住む所謂『普通の女子高生』で、無感情に日々を消費していたアユニは姉の影響でアイドルを知り、とあるオーディションに応募。それこそが後に彼女の人生を180度変える転機となる、BiSHの追加メンバーオーディションであった。オーディション合格の一報を受けたアユニは、直ぐ様高校を中退し東京へ。以降の彼女は2年余りに渡ってBiSHの活動に尽力し、『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』担当として多くのお兄たんズ(アユニファンの俗称)を魅了してきたことは周知の通りである。ただ映像内ではBiSHとしてのアユニの姿が映し出されることはなく、徹底してソロアーティスト・PEDROに焦点を当てた編集が組まれており、事実PEDROに至る以前の人生を語る冒頭部分では、BiSHについての描写は然程なく、どちらかと言えば上京に際して行われた両親との会話や、東京生活で感じた思いをトークテーマに冠していた。


一通りのインタビューが終わると緩やかに画面は揺らぎ『一人の少女が、東京で見た夢』との一文が画面中央に映し出される。いつしか画面はアユニとWACK(BiSHやPEDROの所属事務所)の代表取締役たる渡辺淳之介の他2名のプロデューサー陣がテーブルを囲む居酒屋の一室に遷移。そこで渡辺の口から放たれた一言こそが「アユニ、ベースやらない?」というソロ活動の相談であった。渡辺からの期待を一心に受けたアユニは後日楽器店で黒のスティングレイを購入し、スタジオにてイチから練習を試みるアユニ。無論ベースを弾くこと自体が初となるアユニだが、押弦と出音確認、そして一連のリズム弾きまでを一心不乱に行った結果、スタッフも驚く速度で成長。「私、ベース弾くために生まれてきたんじゃないかな」と語る程、アユニはBiSHとしてのアイドル活動の傍ら、ベースに深くのめり込んでいった。ソロプロジェクトの名前は『PEDRO』に決定。その由来は映画『ナポレオン・ダイナマイト』における主人公の唯一の友達の名前であるとし、自身で名付けながらも未だ慣れない響きに戸惑いを見せる。おそらくこの時点では、この名前がここまで大きな存在となるとは夢にも思っていなかっただろう。


次いでの場面は新代田FEVERにて行われる予定の初ライブ『happy jam jam psycho』に向けたリハーサル風景。リハスタにはNUMBER GIRLの田渕ひさ子(Gt)と、この時点では未だレッスンスクールに通う大学生であった毛利匠太(Dr)ら、結果として現在まで苦楽を共にするメンバーが集まり初の音合わせを行う。後のインタビューにて田渕は「ベース始めて少ししか経ってないのにここまで弾けて、しかも歌まで歌うなんて」と驚嘆の声を漏らしていたが、このリハスタにて毛利の口からはアユニは1日8時間のスタジオ練習と帰宅後の自主トレーニングを毎日行っているという、尋常ならざる努力の実態が白日の元に晒されている。確かに初ライブまでの期間が短いとはいえ、多忙を極めるBiSHの活動と並行しての練習。しかもアユニはベースに触れてまだ日が浅い、初心者も同然の状態である。それはとても我々には想像の出来ないハードなものであったことは間違いないが、アユニはそれでも自分を謙遜し、疲労の表情を見せることはなかった。そしてそのリハスタの後に迎えたPEDRO初ライブ映像における“自律神経出張中”をアユニは肉体的なベース演奏と歌唱で見事にやりきって見せ、以降のPEDROは活動を停止。アユニは数ヵ月の間、BiSHとしての活動に専念することとなる。


……2019年。PEDROはレーベルを移籍し、再び本格的に動き出した。前述のリハスタの映像と比較するとメンバー間は終始楽しげな雰囲気に包まれており、特にこの期間中にNUMBER GIRLが再結成したからか、はたまた共にライブを行ったことでその偉大さに気付いたのかは定かではないが、アユニの田渕熱は尋常ならざる域に達していて、アユニのスマートフォンの写真フォルダが田渕のワンショットで埋め尽くされるガチ信者ぶりが露呈(なお以降もアユニの田渕熱は留まるところを知らず、居酒屋での「田渕さんと大人の階段登る」発言やスマホの待受をふたりの腕の写真にするなど、かなり心酔しているご様子)。


取り分けPEDROの2019年をフィーチャーした映像では、この時期に丁度全国各地を回る大規模なツアー『DOG IN CLASSROOM TOUR』を敢行していた関係上、ライブとそのバックステージの様子が多く描写されている印象が強かった。思うように語ることが出来なかった反省点を踏まえてMCをメンバー全員で回す一幕や、PEDRO初となる夏フェス・ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2019にてBiSHとのダブルライブで精神的に疲弊するアユニの姿、自身の座右の銘である「いじけず気にせず期待せず」を体現した楽曲“猫背矯正中”を高らかに鳴らすハイライトなど、ひとつのドキュメンタリー作品として感動に満ちた展開が胸を熱くさせる。


中でも圧巻だったのは、ツアーファイナルのTSUTAYA O-EAST公演のダブルアンコールにて披露されたNUMBER GIRL“透明少女”のカバー。初ライブで演奏されてからは徹底してセットリストから外され続けてきたこの楽曲が、長らくの沈黙を破って鳴らされたことには、心底感動した。……今映像における“透明少女”に感動した理由として、この映像の前に『とある映像』が流されたことも大きい。それはセミファイナル公演である梅田クラブクアトロ公演の後に行われた打ち上げの場でアユニが発した「もしもダブルアンコールが来たら透明少女をやりたい」とする一言に端を発する。けれどもNUMBER GIRLが再結成を果たした直後ということもあり、その場にいたスタッフたちの反応は様々。そんな空気を察してか、アユニが「でもダブルアンコールされる可能性って99%ないっすよね……」とボソリと語った後に流れた映像こそ、前述の“透明少女”なのだ。無論最高のタイミングでの“透明少女”は盛り上がらないはずがなく、皆天井知らずの熱量で狂いまくり歌いまくり。ライブ終了後のバックステージでは共同作業者・松隈ケンタが「(今回のライブは)400点!」と最大の賛辞を送り、アユニは「次のライブがとても楽しみで」と笑顔を浮かべ、来年は素晴らしき年になる……はずだった。


だが2020年に入り、状況は一変する。そう。新型コロナウイルスの蔓延である。街から人は消え、感染拡大防止の観点から、ライブ活動は実質的に不可能な状況に陥った。その影響は順調にアーティスト街道を突き進んできたPEDROにも及び、全10公演を行う予定で動いていた『GO TO THE BED TOUR』は全公演が中止となり、予期せぬ長い停滞の時期が続いた。ただそうした中でもPEDROは歩みを止めることはなく、会場は新木場STUDIO COASTより無観客配信ライブ『GO TO BED TOUR IN YOUR HOUSE』の開催、そしてニューアルバム『浪漫』のリリースに着手。今作にはアユニが初めて作詞に加え、作曲まで手掛けた“へなちょこ”と“浪漫”も組み込まれていて、結果新たなPEDROの1ページを見せ付ける、成長を遂げた1作となった。


そして同年9月3日より、全国9箇所を回るニューツアー『LIFE IS HARD TOUR』を敢行。言うまでもなくコロナ禍で、しかもこの時期に全国ツアーを行うアーティストは極めて少なかったけれど、PEDROはキャパを半分、昼夜二部構成、何より万全の感染対策のもと、全国各地に繰り出したのだ。このツアーの模様も鮮烈に映像に記録されているが、今までに流れたライブの様子とは異なり、集まったファンのみならずスタッフも全員「何とか成功させなければ」という思いがマスク越しにも強く感じられた。……気付けば当初アユニのソロプロジェクトとして発進したPEDROは、その存在自体に熱心なファンが付く、いち『ロックバンド』になっていた。


気付けば映像はクライマックスに差し掛かる。待ちに待った武道館公演決定の報がメンバーに伝えられると、ラストはカメラに向かってアユニが『東京』という街について赤裸々に語るインタビューだ。北海道から上京し、今の思いを聞かれたアユニは「前まではBiSH辞めたらコンビニでバイトやろうかなとか思ってたんでけど、今はそんなこと思ってないです。音楽っていうかけがえのないものに出会えたんで」と音楽への感謝を伝え、「来て良かったです。(北海道には)ちゃんとアユニ・Dとしての人生を全うしてから帰りたいと思ってます」と笑顔で語ると、本邦初公開となる“東京”のMVの余韻に浸りつつ、映像は幕を降ろしたのだった。


PEDROのドキュメンタリー作品『SKYFISH GIRL -THE MOVIE-』。それは東京の街でBiSHのアユニ・Dとして、そしてPEDROのアユニ・Dとして奔走するひとりの音楽少女の生き様を鮮烈に記録した傑作であった。自分自身の正直な思いとして、若くしてオーディションに合格、後にソロプロジェクト始動というかつての歩みを鑑みても、アユニ・Dという人物の成功体験は幸運に恵まれたシンデレラストーリーなのではないかと感じていた部分も僅かながら存在した。けれどもこの作品を観て痛感したのは、決して彼女の成功は持ち前の運などではなく、日々のたゆまぬ努力が結実した愚直な代物であったということ。「ステージでゲロを吐いても一生踊り続けます」とはアユニの弁だが、どんな状況下でも自分の出来ることを精一杯やり、進み続ける根性こそが今のアユニに繋がっているし、だからこそ彼女は人を惹き付けるのだと、改めて確信した次第だ。


最後にアユニの口から放たれた「ちゃんとアユニ・Dとしての人生を全うしてから帰りたいと思ってます」とはBiSHでもあり、PEDROでもある。東京の街で奔走する音楽的女性、アユニ・D。彼女は今日もどこかで、音楽と触れ合っているに違いない。
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