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何もかも置き去りにして欲しい

millennium paradeそのデビューアルバムの衝撃、サウンドの臨場感、共同体について

とんでもないスケールの一枚だ。ここ数年でここまでの野心とスケールのデカいロックアルバムが日本でリリースされただろうか。少なくとも自分は思い当たらず、ふと連想したのは、完全に後追い世代のDragon Ashだった。
まず感じたのは、このアルバムはスピーカーで聴くとだいぶ印象が違うこと。AirPods Proで一周した後、11.5㎝径のフルレンジステレオスピーカーで聴いた(Boseの101MM)。大したシステムではないが最初からあれ? という感じで、音の訴求感はイヤホンより断然良い。特に“Fly with me”の管楽器のキメ、“Bon Dance”Aメロのトランペット、“Trepanation”のオーケストラアレンジ、“Deadbody”を通して一つのピークを迎える“Plankton”のermhoi(Vo)の歌いだしはかなりの臨場感がある。

もちろん、この話は再生環境の良し悪しを言いたい訳ではなく、それだけ臨場感あるサウンドが構築されているという事だ。NHKで放映された番組での取材で“2992”は150のトラック数(音の単位)を使用したという話もしかり、小澤征爾オーケストラへの参加経験を持つ常田大希(Composer&All About)はmillennium paradeの表現において、ダイナミック且つ多彩なオーケストラの要素を取り入れている。「臨場感でリスナーを圧倒させるスケールのデカい音楽を」、という思想をmillennium paradeからは感じられる。前述のスピーカーの話はあくまでその裏付けとして受け取って欲しい。彼らの音楽性はミクスチャーだが、音楽的シグネイチャーは「オーケストラ的サウンド」だろう。

違う面から彼らの活動を考えたい。millennium paradeの功績であり、彼らが注目される理由の一つは「コレクティヴ(共同体)」という在り方を今までに無かった規模で日本の音楽シーンに示した事だ。コレクティヴは、アーティストによって形成された集団であり、かねてから在った形態ではあるものの、総発信時代の個人主義的な限界を超える為、再評価をされている。平たく言えば「コラボレーション」の常態化による表現の発展を目的とした集団だ。

「一人で出来ることなんてたかが知れている(NHK『おはよう日本』より)」と常田は語る。それは結果論なのか、かねてからの思想なのか、他を見て思うことなのかは分からないが、東京藝大在学中に石若駿(Dr&Synth Bass)と出会い、特にPVやヴィジュアル面で手腕を発揮するPERIMETRONメンバー達、また、ermhoiや、MELRAW(Sax)といった主に個人で活動を続けてきたミュージシャンをフックアップしつつ、人が人を呼び、渦を巻く様にその活動は大きくなってきた。

また、King Gnuの繋がりからかSony Music(King Gnuと同じくレーベルはAriola)からリリースしている点も興味深い。コレクティヴは、例えば、日本のメディアアート・広告・エンターテインメントにて技術と表現の新しい可能性を追求するRhizomatiks(ライゾマティクス)、カナダにてディストピアな現代観を主に音楽と映像で表現するポストパンク集団CRACK CLOUDなどがある。しかし、その表現は先鋭的かアンダーグランドなもの、且つ、独立的な活動になりやすい。それは個人の集結という反組織的な性質を持つ集団(コレクティヴ)で何を表現するのか、という問いに無関係ではないはずだ。その点、millennium paradeも例に漏れていない。1000年後に聴かれることに着想を得た“2992”や、PVで監視社会がモチーフで表れる“Fly with me”などSF的な表現が多い。歌も英詩だ。しかし、millennium paradeは、その表現を複合施設Ginza Sony Parkで開催された『ヌーミレパーク(仮)』での施設ジャックや、3Dライヴという演出方法によって、積極的に多方面から、過剰な情報量で表現を続ける。勿論、原点となる彼らのイマジネーションの素晴らしさがあってこそだが、宣伝、手続きといった実現までのプロセスに最大規模のメジャーレーベルであるSony Musicの存在があるのは想像に難くない。その権利をmillennium paradeは掴み取った。

アルバムで実質最後の2曲である“Fireworks and Flying Sparks”と“FAMILIA”は、常田が作詞した日本語詩だ。それまでのアルバムの展開からは毛並みが異なり、流れからすると若干の違和感を覚えるが、『THE MILLENNIUM PARADE』が、King Gnuやソロ活動を経た常田の表現活動の一つの節目と考えれば、充分に相応しく、表明的な楽曲だろう。

恐らく自身達への期待や偏見を横目で見つつも、コツコツと着実な一歩と大胆な挑戦を持って『THE MILLENNIUM PARADE』は作られたのだろう。濃厚なサウンド、インパクトあるヴィジュアル、コレクティヴなスタンス、どこをとってもこれが日本の音楽シーンのベンチマークの一つになるのは間違いなさそうだ。リスナーが考える既存のイメージも、くだらない世の中のしきたりも、何もかも置き去りにして突き抜けて行って欲しい。少なくとも、『THE MILLENNIUM PARADE』は、2021年で突き抜けたアルバムの一つだと断言したい。
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