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「おかえりなさい」と言ってもいいですか

ヒトリエNewアルバム「REAMP」を聴いて

2019年4月5日、ヒトリエVo.wowaka急逝。
2021年2月17日、ヒトリエNewアルバム「REAMP」発売。
この2年間、1度たりとも彼の存在を忘れる事はなかった。
CDが聴けなくなっても映像が見られなくなっても、何かをきっかけに強く思い出し「あぁ、居ないんだった」と確かめる。
「冗談だよ」と笑顔で現れてくれたらいいのにと、ありもしない事を考える。本当に、悪い夢だ。

自分の気持ちの処理だけでも手一杯の中、彼を思うと同時にメンバーの事を考える。
1番近くにいた人たち。リーダーが選んだ3人。
解散はしないと言ってくれたあの日から、またヒトリエは続いていって、この冬1枚のアルバムが完成した。




2020年12月7日バンド初となるデジタルシングル「curved edge」(作曲/作詞:シノダ)が配信リリースされた。
同日「HITORI-ESCAPE 2020」として無料配信ライブが行われ、ライブ内でアルバムリリースの告知、その後「curved edge」MV公開。
翌年1月25日アルバムより「YUBIKIRI」(作曲:ゆーまお)先行配信。同日MV公開。
2月8日「イメージ」(作曲:イガラシ)先行配信。同日MV公開。
(上記、ヒトリエアルバム「REAMP」より3曲)

「curved edge」は3人体制になってからの初音源という事もあり、曲を受け入れられるのか正直不安があった。
深夜0時、解禁。
鋭い音が鼓膜を突刺した。ヒトリエの音が聴こえる。
瞬間安堵し、改めて耳に意識を集中する。
気づくと笑い声が漏れていた。
完全に想定外だ。
こうやって難しく考えている時程、音で捩じ伏せられて来た事を思い出した。(勿論、良い意味で。)
「新しい形」だがヒトリエらしさも感じる、とても不思議な作品だった。
音の激しさは、そのまま歌詞と連動していた。
痛みを抱え、手探りの中、ただただ音を鳴らす。
今のヒトリエそのものだった。

この日をきっかけに、少しずつ4人の音を聴くようになった。




1月21日、22日メジャーデビュー7周年を記念したライブが予定されていたが有観客での開催が難しく配信ライブという形で行われた。
何度か彼らの配信を見ているが22日の『HITORI-ESCAPE 2021-超非日常六本木七周年篇-』は特に記憶に残るものとなった。
自身の記録を振り返ると「なんだ、なんなんだ・・・?」とある。更に「ライブ後、顔を見合わせるだけで気持ちが通じ合うという体験をしたい」ともある。体感として100%ライブだった。配信の枠を超えていた。

この日は冒頭からカメラワークが素晴らしく、関係者の方々の意気込みをも感じられる構成になっていた。
短いMCは包み隠さず真っ直ぐに語られ、演奏は音がピタリとハマり気持ちを昂らせていく。歌声は初めて聴いた時からそうだったが、より一層Vo.シノダとして凛と響いていた。
何故今この瞬間、自分はライブハウスにいないのだろうと、悔しかった。
こちらの想いを伝える術が少なすぎる。
伝えきれない分、全力で出来る限りの応援をしていこうと心に決めた。




先日の配信で初めて演奏された「YUBIKIRI」が配信リリースされた。
アーカイブで何度も繰り返し聴いた曲に改めて耳を傾ける。
明るく透明感のある可愛らしいメロディ。
後日読んだインタビュー記事では「自分の作る曲は“ヒトリエらしく”ならないだろう」と答えていた。だが初めて聴いた時の印象は「目眩やウィンドミルのような、未来に繋がる姿が想像出来るヒトリエらしい曲」だった。『泣いて、笑って怒って 吐いて、吸って吐いて』歌詞が重なることで、より輪郭がはっきりと見えてくる。日常を続ける事の難しさを強く感じる今、揺れる心の目印になってくれるような、そっと寄り添ってくれるような、ありのままを認めてくれるような、優しさと頼もしさがあった。




アルバムの発売日が近づいてきた頃、最後の先行配信となる「イメージ」が公開された。これで3人それぞれの曲が揃った事になる。
再生ボタンを押す。
イヤホンから聴こえるメロディと歌詞に雑念は全て消え去った。
気持ちは2年前に戻り、あの日を鮮明に思い出した。
friday night。「嫌だ」と零した春。
毛布に包まり、何度も聴いた。
置いてきた心がそこにあるようだった。

そういう作品が出来たと言っていた。心に寄り添うような。
先行配信、MV公開、(本来ならば配信ではない)ライブ、を経て3人体制初のアルバムを迎え入れる準備が出来たような気がした。




発売日の前日にリリース記念としてLINE LIVEが配信され、全曲紹介を中心としたものだったのだが、3人の人の良さと仲の良さが全面に押し出された良い内容だったと思う。
更に心を解された状態で17日を迎え、自然体のままアルバムの世界に入ることが出来た。

「REAMP」は驚く程ヒトリエだった。
wowakaをなぞる事は彼が最も嫌がるだろう、という共通の認識がある事は知っていたが、全く違うものが出てきたらどうしようと漠然とした不安がずっとあった。彼らを信じているけれど、それとこれとは別の話なのだ。「受け入れられない自分」がいる可能性があった。そうなってしまうのが怖かった。
しかし1月22日のライブを見て確信もしていた。あの夜はヒトリエの音が鳴っていたから。
結果、自分自身の感覚として、ヒトリエが帰ってきたような気がした。出会ってからずっと頭の中で鳴り止まなかった音が2年前に止まった。そしてこの日アルバムが呼び水となって、もっと4人の音が聴きたくなった。
この音が聴きたかったんだと、心が喜んだ。
ずっと向き合えなくてごめんなさい。おかえりなさい。




3人になり、「新生ヒトリエ」という言葉をよく見かけるようになったが、どうにもそれに慣れない。「新生か?」と聞かれれば「少し違う」と答える。何故なら、彼らは出会ってから今までずっと地続きで歩んで来ているから。今までも、これからも、変わらずヒトリエなのだ。

3人の思いを形にした「REAMP」は、ファンに寄り添ったものになっているが、1枚の作品として見ても完成度の高いアルバムだと思う。
REAMPがヒトリエとの出会いになる人たちもいるだろう。
表情豊かな楽曲たちに心踊らさせているに違いない。
かつての自分がそうだったように。
全くヒトリエを知らない人たちにも聴いてもらいたい。
どんな感想が出てくるのか楽しみになるような、そんなアルバムなのだ。




先行配信された3曲には、意図してかどうかは分からないが「靴」という共通の単語が使われている。
私はこれがとても好きで、靴を履き1歩踏み出せば、立ち止まるのも戻るのも進むのも自分で選ぶ事が出来る。仕方なく歩く事もあるし、お気に入りの1足で気合を入れたりもできる。この単語から、何処へでも行ける自由を想像した。歩いてきた道は消えない。また靴を履き、ふらふらと先の見えぬ未来へ向かうのだ。




作品との向き合い方は人の数だけ様々な形や思いがある。
自分は何となく良いタイミングで聴けたような気がしていて正直ラッキーだったと思う。正しい形など1つも無いので、それぞれのタイミングで、作品に触れる機会があったら良いなと願う。

「REAMP」は紛れもなくヒトリエだった。
先の事はまだわからないが、彼らが彼らの音を鳴らし続けてくれたら嬉しい。
そして、その隣で頼りないながらも一緒に歩いて行けたらと、そんな風に思いながらまた、彼らの音に沈むのだ。
音を止めないでいてくれてありがとう。
今日も私の中には愛した音が響いている。
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