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「Flare」 -灯火と、松明

2月11日、BUMP OF CHICKENから授かった火がまた、灯った日

BUMPが25周年記念日を迎えたその頃、日本(の一部)は緊急事態宣言で外出自粛要請が出ていた。

こんな未来を、誰が予想できただろう。

思いだしても見てほしい。

2年前、2019年の夏から秋にaurora arkで、

過密の物販で、混雑する入場口で、入場待ちの周囲の飲食店で、とても混雑していた。

遠くの県のツイッターで知り合った方とたくさん初めましてしたりしたし、仲良いコとは一緒にお好み焼きやおうどんなどを会食したりして、最高に楽しかった。

ライブの楽しみは発表された直後から始まっている。

チケットを入手すること、誰かと約束していくこと、新幹線や夜行バスのチケットをとること、宿泊先を決めること、どこでご飯を誰と食べるか考えること、SNSの誰かに会う事、誰かに会うなら手土産持っていくこと、有給をとったり2泊3日できる準備をしたりの何もかもが楽しみだった。

そんなこと、今のコロナ禍では考えられない。

ライブがないってことは、それらの全部がなくなってしまったのだから心からぽっかりと抜けた穴はとても大きい、私に限らず多くのヒトがそうだと思う。

話はBUMPの25周年に戻る。

正直なところ、「何もしない」という答えが有力じゃないかと思っていた。

レコーディングしているのは知っていたけど、そしてタイアップじゃないだろうとも思ってたけど、

周年記念で何かやる行動をとれるのかは果たして謎だった。正直。

じつはちょっと怖かった。

変わってしまうのではないかと、いや私が変わってしまったのが見せつけられるのかもしれなくて、それはすこしだけ怖かった。

私は弱いまま変わらず、いや、もっと弱くなっていたのに、藤くんが急に前を向いたり、急に唄のテイストが変わったらついていけないから、怖かった。

でも、BUMP公式アカウントが見せてくれるレコーディング風景は決して華やかでも楽しそうでも盛り上がってる感じでもなく、シックで、孤独で、暗くて、優しくて、美しくて、やっぱり暗くて。愛おしく思えてしまった。

近頃は笑ったりふざけたりしている写真がなかった、今回のレコーディング写真たちは、今までのBUMPとは一線を画すものだったと私には思える。

マスクをしなければならなかったこととか、明るい顔がなかったこととか(実際には、演奏後の直後にふふっと笑った姿があった)、3人でやり抜いた姿とか。

すこしだけ形は変わったけれど、その精神性は、わたしが昔から知っているBUMPの姿そのままだった。

BUMPって大事な時に、私達の期待に大いに、大きすぎるほどしっかり応えてしまうんだよね。

ずっと知ってたけど、そうなんだよね。

Flareは、私にとってもファーストインパクトは、コロナ禍を生きる全てのリスナーに向けてだと思った。

何度繰り返し聴いてもそれは私への、私たちへの、苦しむ誰かへの、例えば看護士さんやお医者さんや保健師さんへの、病にかかってしまった人への、病におびえる誰かへの、あるいはそんな時節でこの先の道が見えなくなって迷子になってしまった誰かへの

「ここで待っているよ、ここにいたんだよ、ずっと」

っていうメッセージに聴こえた。

ここにいたんだよ、ずっと。って言われた時に本当に涙が溢れてしまったのだ。

見失ってごめんね、やっぱりそこにいたんだね、苦しくても辛くても何もかも予定通りに行かなくても、それでも25年目をBUMPとして迎える決心を持ってずっと待っててくれたんだね。

そう思えた。

だから、Flareは良い曲だったというか、なんていうか、もっと簡単な言葉で言うと嬉しかった。

安心した。

この感覚が私のFlareへ思う一番の気持ちだ。

そして藤くんは自分自身で「この唄はこうこうこういう唄で、こう思って、これが答えなのでこう聞いてほしい」ということは言わない人であることも知っている。

私の耳と心と感覚には、Flareは聴いている私への、聴いている誰かへの為の唄に聴こえたし、そう思うのが一番しっくりくる。

人々が集えないこの時節に、25周年のタイミングで、バラバラで生きる運命になってしまった人々の心を「ここにいるんだよ、ずっと」

って教えてくれたんだ。

そういえば一昨年9月22日、名古屋で藤くんはこんなMCをしていた。

感動し過ぎて、未だに永遠に忘れられないMCだ。

「君たちがこの先にめちゃくちゃ辛い、かなしい、もう立てない、太陽が昇ってもその下に立てない、明日が来ない、そんな時がいつかくるかもしれない。そんな時でも俺たちの曲はそばにいる。
適当なこととか根拠のないことは言いたくないから実際にそばにいるわけではないんだけど。
でも気持ちはそばにいる、歌はそばにいる。
実際は歌が力になれるかわからないけど、俺がそばにいるっていうのは根拠がある。

君たちは今日手をあげたり声を出したりしてくれた。

曲はずっと一人で書いてて、書いてる中でしんどいなぁ、もう書けねえなぁって思ったこともあった。 でも曲を作ってる時に君たちが、未来にいる君たちが、この曲が形になったらきっと受け止めてくれる、
聴いてくれる未来の君たちが、いつかラジオとか有線とかで。
聴いてくれる君たちが俺のそばにいた。俺が辛い時未来の君の存在がそばにいた、 その存在は俺にとって、 洞窟の中の松明だった」

(引用-当時の私の覚書より。2019.09.22 aurora ark ナゴヤドーム 藤原基央MC)

まるでこうなる未来を見抜いているようなMCをしていた藤くんの言葉だ。

そして、2年と少しして発表されたFlareは、コロナ禍で迷子になっている人たちをどこか遠くから
『微かでも 見えなくても 命の火が揺れてる』─fire sign
・・・fire signと同じように、ゆらゆらと静かに燃えているような灯火と思えた。

そして

『闇が怖くないのは 君のおかげなんだよ』─セントエルモの火
・・セントエルモの火と同じような、確実に護ってくれる確かな命の炎のようでもあった。

BUMPのおかげで心に火が灯って、闇がほんのすこしだけ怖くなくなった。
とても頼もしかった。

『君たちの存在は、俺にとって、 洞窟の中の松明だった』

BUMPの音楽は灯火で、私たちは松明だ。
彼らから光をもらう松明だ。

そして灯火は松明の元でゆらゆらと輝いてこそ、私たちと近付ける。


私達とBUMPのそんな相互関係を、愛おしく思う。
また灯火と松明が、いつかの未来にどこかの会場で、出会えますように。
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