4616 件掲載中 月間賞毎月10日発表
この数字はTwitterやFacebookでのリツイート・いいねなどの反応数を合算して算出しています。

2月14日の午後4時

BABYMETALの日本武道館公演

久し振りに街に出た。
ずっとテレワークが続いていて、街の空気を吸うのは久し振りだった。
冬なのに暖かくて穏やかな空気。気温は20度近い。
今日はバレンタインデー。
多くの人たちがいてもおかしくないのに、街の雰囲気は何処か寂しい。
すれ違う人たちの心は暖かいのだろうか。ふと、そんなことを考えてしまう。

今朝の音楽サイトで、偉大な音楽家が、また一人亡くなったことを知った。
ジャズ・ピアニストのチック・コリア。
彼は、マイルス・デイヴィスと共演したジャズ界の巨匠だ。
サイトには、彼の生前の言葉が紹介されていた。
「僕の旅において音楽の火を明るく燃やし続ける助けをしてくれた人々みんなに感謝したい」

何を言っているのだ。その言葉を読んで、とても悔しく思った。
音楽は、私の心の火を、何時も明るく燃やし続けてくれた。
感謝するのは、私の方だ。
彼に伝えたかった。
「あなたの音楽は、人々の心の中でずっと燃え続けますよ」と。

人の命には限りがある。
でも、音楽の命には限りがない。
アーティストが創った音楽は、ずっと残り続け、そして燃え続ける。

SU-METALが「We are THE ONE」と歌い、MOAMETALが「Hand in hand」と歌う時、そこにあるのは、燃え続ける音楽の命だ。
「私たちは一つになる」「手を取り合って」、それは何時の時代にも通じる不変のメッセージである。

なのに、今、この瞬間、私たちは離ればなれになり、手を取り合うことはできない。そして、歌うこともできない。

その日の午後4時。私は映画館にいた。
1月に日本武道館で行われたBABYMETALのライヴ映像を見ていた。

映画館のスクリーンに映し出されたコンサートの様子は不思議な雰囲気だった。
何時もなら、BABYMETALの歌とダンスに呼応するように、観客が大きな歓声を上げ一緒に歌う。そうやって、アーティストと観客が、音楽を通して一体になる。
なのに、今回の公演で聴こえてくる歓声や観客の歌は、会場に流されている効果音。

最近、テレビでよく見る海外のサッカー中継を思い出した。
スタジアムに観客の姿はなく、会場には効果音の歓声と応援歌が響く。

それは本来の姿とは違う。
コンサートであれ、サッカーの試合であれ、観客がアーティストやプレーヤーに向かって声を上げて応援する。歌ったり、叫んだり、歓声を上げたり。
そうやって、私たちは生きていることを確信する。今、ここにいるのだと。

映画館でライヴ・ビューイングを見た一ヶ月後の3月15日、私は日本武道館にいた。
BABYMETALは結成10周年を迎えた。これを機に、1月から4月に掛けて、武道館10公演を行う。その3月公演が、これから始まる。

検温にアルコール消毒、そしてマスクの二重着用。入念な感染対策を経て中に入ると、すぐ隣の席に人の姿はない。誰と会話をすることもなく、静かに開演を待つ。

やがて、コンサートが始まった。私は何時ものように座席から立ち上がり、拍手や手拍子、腕を振り上げ、そして、声を出そうとする。だが、直ぐに思いとどまり、開けようとした口を閉じて、唾を呑み込む。
「声を出したい! 大声で歌いたい!」と、そんな欲求が体全体から湧き上がる。
その欲求を抑え込みながら、ステージを見る。

するとそこには、何時もと変わらない光景が広がっている。ダイナミックなダンスと突き抜ける歌声、そして正確無比なバックバンドの演奏。
観客席を見れば、皆、腕を振り上げ、拍手と手拍子の嵐。
何時もの熱狂が、そこには存在していた。

音楽は確かに生きている。そして、紛れもなく存在している。
歌うことはできなくても、歓声を上げることはできなくても、目の前に広がる光景に偽りはない。
会場に響く重低音を体全体で受けとめながら、私の心臓は震えていた。

コンサートの終盤、SU-METALが観客に向かって深々とお辞儀をした。
その時、チック・コリアの言葉を思い出した。

「僕の旅において音楽の火を明るく燃やし続ける助けをしてくれた人々みんなに感謝したい」

人は音楽に支えられて生きている。
そして、音楽もまた、誰かに支えられないと、生きていけないのかもしれない。
  • 投稿作品の情報を、当該著作者の同意なくして転載する行為は著作権侵害にあたります。著作権侵害は犯罪です。
  • 利用規約を必ずご確認ください。
  • ハートの数字はTwitterやFacebookでのリツイート・いいねなどの反応数を合算して算出しています。
音楽について書きたい、読みたい