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道化の仮面の下に隠された表情

〜アルルカン『The laughing man』〜

 2020年、あらゆるバンドはこれからの活動の仕方を考え直す時期を迎えた。特にライブを精力的に行っていたバンドは、いかにしてこれからリスナーたちに音を届けるか悩み続けた一年だった。
 アルルカンは2020年に行われた配信ライブの中でも、「今現在だからこそできる表現」にこだわった「シネマティックサーカス」を開催し、話題を呼んだ。

 その「今だからこそできる表現」は、3rdフルアルバムの『The laughing man』発表時点ですでに行われていた。

 「The laughing man」──。少々文学をかじったものであれば、すぐにJ・D・サリンジャー『ナイン・ストーリーズ』に収録された「笑い男」を想像するタイトルだ。
 この小説は少年少女にバスの中だけで語られる「笑い男」という物語を軸に進んでいく。笑い男は山賊に襲われ醜い姿になるが、義賊となり人々から喝采を浴びたり、フランスの探偵と対立するなど冒険を繰り広げる。
 笑い男がなぜ「笑い男」という名称で呼ばれるようになったのか。それは、山賊に襲われた時に顔面に開けられた穴から空気が漏れる音が、笑い声に似ているということからだった。

 アルルカンに話を戻そう。
 今までのアルルカンのサウンドは、重め、暗め、激しめ。いわゆる王道のV系ロックで、歌メロがしっかりとしているのに加えて、シャウトなどや「ヒマニマヒ」などで使われたコーラスでの掛け合いなど、楽曲の世界をいかに表現するかにこだわってきたバンドである。
 暁(アキ)の書く歌詞は、どちらかというとひねくれている。ニヒリスティックで、冷笑的。自分自身が苦境に立たされているような状況でも、それを客観的に見ている自分が必ず内面に存在するかのような歌詞が多い。
 ライブで人気のある「ダメ人間」という楽曲があるが、こちらでも"僕含め、馬鹿ばかりです。”と、世間一般だけではなく自分もその中に含まれるのだという客観視が挿入される。

 大人に使われたくない。でも自分たちも大人になっていく。
 様々な環境の変化、周りからの感化。そういったものに晒され続けてやってきた2020年は、これまでの人類の中でも歴史的なターニングポイントになってしまった。
 アルルカンが『The laughing man』を発売したのと同じタイミングで迎えた、世界の転換期。まるでシンクロするかのように、『The laughing man』も「アルルカン」という世界のターニングポイントとなっていた。

 1曲目の「イン・ザ・ミラー」を聴いた瞬間から、このアルバムが名盤であることが伝わってきた。
 今までのアルルカンの楽曲の雰囲気を残しつつ、ただ音数を増やしたり音圧を増したサウンドにするのではなく、暁の歌をより聴かせられるように、バランスよくサウンドが処理されている。
 「ビロード」では疾走感のあるサウンドで、「如何様」ではエフェクターで歪なサウンドを作り込みながらもストレートに訴える歌詞で、「空に落ちる」では休符をうまく使うことによって暁の歌声を引き立たせるという、今まででは取られていなかった方法で楽曲ひとつひとつの世界へ入り込ませてくれる。
 その巧さは今までのアルルカンからは感じられなかったもので、バンドとしての成長と、表現力の伸びを感じた。

 特筆すべき楽曲は、リード曲である「The laughing man」だろう。
 爽やかなギター・ロック。歌われる暁の歌詞は、どこまでも前向き。今までかならず冷めた目線の自分を歌詞の中に存在させていた暁にとっては、こんな歌詞を書くなんて想像もつかなかったのではないだろうか。

 とある番組で暁本人が「うまく笑えなかった自分が、笑えるようになったことを書いた」と言った。今まで、どうしても本心から笑うことができなかったのだと。

 「笑い男」は自分が醜いことを知っていた。だからケシの花の仮面をつけ、顔を隠した。自分から漏れる空虚な音が、他人にとって笑い声に聴こえることも知っていた。男を醜くしたのは自身ではなく、不可抗力の出来事によってだった。そして──語られていくストーリーの中で、「笑い男」は綺麗に物語を着地させることなく、死亡する。

 この小説を、「The laughing man」と重ね合わせる。そして、この「現在」と重ね合わせる。

 何者かの不可抗力で、心から笑うこともせずに表面上だけ取り繕う時代。SNSではこの自分、この友達の前ではこの自分、でもどれも本当の自分じゃない──。そんな時代に、希望を歌うのは難しいのかも知れない。
 でも、そんな仮面を取り外して、「笑ってみた」バンドがいる。傷ついたこともあるけれど、それを“強さに変えられる筈だから”と歌うバンドがいる。

 ただのバンドが歌うだけでは、「ストレートな曲だな」と思う程度だろう。しかし、ずっと世の中を皮肉とともに、悲観して生きてきた歌を歌い続けたアルルカンがこの曲を演奏するからこそ、「The laughing man」はこんなにも胸を締め付ける。

 もう彼らは傷つくことを恐れない。“だから何度でも、何度でも。信じて生きていく”。この先の見えない世の中だからこそ、“夢を繋ぐ物語”を伝えるために。
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