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無機質な声が浮き立たせるドラマチックな夜

YOASOBIの「夜に駆ける」から感じ取れる美しきせめぎあい

ikura(幾田りら)さんの歌声は、面白い。「美しい」でも「優しい」でも「温かい」でもなく、あえて「面白い」という形容詞を、私は選びたい。その「面白さ」を堪能できるのが、代表曲のひとつ「夜に駆ける」だと思う。

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Ayaseさんによって紡がれた楽曲「夜に駆ける」は、とても繊細な作品である。

<<どこか儚い空気を纏う君は>>
<<寂しい目をしてたんだ>>

このように細やかなリリックが「儚くて寂しい」旋律に乗って、リスナーに届けられる。それでもikuraさんは、物憂げに目を伏せることはせず、激情を表そうともせず、むせび泣くこともしない(私は曲を聴いているだけで、ikuraさんの姿は見ていないのだけど、イメージのなかではそうだ、ということである)。言い方が良くないかもしれないけど、飄々と(あるいは淡々と)歌っているように、私には感じられてならない。

ここまで書いて気付いたけど、ikuraさんの声そのものが「面白い」のとは、少し違うな。楽曲との「温度差」のようなものが、じつに魅力的なのだ。楽曲「夜に駆ける」を牽引するのはピアノの音で、それがヴォーカリストの感情を引き出そうとするかのように、涙を余さず絞り出そうとするかのように、切なく鳴りつづける。ikuraさんはそれに飲み込まれず、かといって拒むこともせず、プレーンで濁りのない声を放ちつづける。

楽曲「夜に駆ける」の背景は、メロディーと歌詞によって、いわば漆黒に塗られている。でも、その前に立つのは、あくまでもナチュラルな、オフ・ホワイトの服でも似合いそうな歌い手なのだ。どこにでもいそうな少女が、大掛かりな舞台装置の前で自然体に歌う…そんな風に表現してもいいかもしれない。

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<<「さよなら」だけだった>>
<<その一言で全てが分かった>>

曲の前半部分で、そんなことが歌われる。一聴すると、これは別れの曲なのかな、悲しみを表現した作品なのかな、そんなことを思わされる。それでもいつしか、物語は熱を帯び、曲中の主人公は恋の世界に引き込まれていく。

<<忘れてしまいたくて閉じ込めた日々も>>
<<抱きしめた温もりで溶かすから>>
<<怖くないよいつか日が昇るまで>>
<<二人でいよう>>

<<二人でいよう>>、主人公の口から、そのように前向きな言葉が発せられるまで、ものの数分である。その間、ikuraさんは「プレーン」を貫く。リスナーはいつしか、そう、「いつしか」という表現がピッタリと合うのではないか、恋の物語が佳境に入ったことを知る。

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YOASOBIというアーティストが、何ゆえにそう名乗っているのか、詳しいことは与り知らない。それでも楽曲が連想させるのは、ある種の「夜遊び」を無邪気に楽しんでいる誰かの姿だ。健全で愉快で、それでいて果敢な、切なさと追いかけっこをするような「夜遊び」。流れ星の落ちた先を、そっと見届けにいくような「夜遊び」。シリアスであり、コミカルでもある。そんな世界を、YOASOBIは眼前に広げてくれる。

<<涼しい風が空を泳ぐように今吹き抜けていく>>

リスナーはYOASOBIに手を握られ、ためらいながらも夜の散歩に出かけ、そこで<<涼しい風>>に吹かれる。音楽鑑賞には色々なスタイルがあるけど、YOASOBIの楽曲を聴くことは小旅行にでも出かけるような、言うなれば「外を向いた時間」なのではないだろうか。

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私が最後に「夜遊び」をしたのは、いつのことだろうか(ここで意味する「夜遊び」は、文字通りのそれであり、比喩的な意味でのそれでもある)。思えば、ずっと内に籠っていたような気がする。友だちと夜空を、ワクワクしながら見上げる機会を、ずっともつことができなかった。そして家で楽曲を聴く時には、ヘッドホンをして目をつぶって、物語のなかへと沈み込もうとしていた。独りを楽しもうとしていた。もちろん、それはそれで悪くない時間だったのだとは思う。でも、誰かに手を握られて、夜の空気のなかへと歩き出していく昂揚感を、気が付けば忘れかけていた。

ikuraさんは「夜を怖がらなくていいよ」とでも語りかけるかのように歌う。そのバックで「夜遊びでしか味わえないスリルがあるよ」とピアノが語っている。違うタイプの友だちふたりに、両の手を引っ張られるような快感。駆けださずにはいられない。コロナ禍で「夜遊び」はできない今だからこそ、YOASOBIを聴くことが尊い娯楽になっているのではないか。

このような形で、どこかの誰かにYOASOBIの楽曲を紹介することも、もしかすると「夜遊び」の一種なのかもしれない。怖くないよ、楽しいよ、でも少しだけ切ないよ。この文章が、何時に読まれているのかは分からないけど、YOASOBIに呼応するように、語りかけてみたい。一緒に「夜遊び」をしよう、切なさを見届けに行こう。

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いま世界で、何人くらいの人が、楽曲「夜に駆ける」を聴いているのだろうか。私たちはそれぞれの自室のなかから、同じ空間に手を伸ばしている。いま私の手が、どこかで生きている誰かの、少しだけひやりとした手に触れた。握り返してもらえたなら、束の間の「夜遊び」が始まる。

<<それでもきっといつかはきっと僕らはきっと>>
<<分かり合えるさ信じてるよ>>

※<<>>内はYOASOBI「夜に駆ける」の歌詞より引用
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