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宮本浩次、エレファントカシマシの40年間

活動の歴史から得た、人間の可能性と希望と奇跡

2020年夏も終わる頃だったと思う。
何気なく見ていたテレビから流れてきた宮本浩次の歌のフレーズに、それまで抑えていた感情が涙になって溢れ出した。
私の人生と、宮本浩次の歌が交差した瞬間だった。
涙腺崩壊しながら彼の歌で胸の奥底に溜まった澱が浄化していく日々を過ごすうちに、これまでの人生の大事な局面から目を逸らしていた自分を見つめるようになった。
「せめてここからの人生は、自分が主体になって後悔しない生き方をしよう」
そして抱えていた問題に果敢に取り組み、模索しながら今を生きている。

歌で根本から生き方が変わるなんて、初めての事だった。この不思議な体験から宮本浩次とエレファントカシマシ40年の歴史をジグソーパズルに落とし込むような未知の毎日が始まった。

図書館やレンタルショップで音源を揃え、関連書物に触れ、過去のTV出演やライヴ映像を観るうち、とぎれとぎれの映像でなくDVDで観たい欲望を抑えきれず、ついには家計簿と奮闘していた自分の価値観も反転していく。
どのライヴ、音源も、同じ歌なのにまるで「生き物」のようにどれも新鮮で違っていた。
「生きる」「命が喜ぶ」そんな価値のある歌と映像ばかりだった。

エレファントカシマシの歌の歴史を遡るほどに原点に近づく。
アレンジされたライヴ向けの楽曲はもちろん素晴らしいが、宮本浩次の歌は一貫して40年間いつの時代の歌も新鮮であり、聴くほどに心に染み込む曲であり歌詞だった。
なぜ、こんなに素晴らしい歌の数々が埋もれていたのか?
なぜ私は知らなかったのか?
自問自答と後悔が答えへと駆り立てる。

宮本が上り下りの歴史を繰り返す要因に独自のバランス感覚があるのではないかと思い至る。
先月の毎日新聞で、自分の音楽活動に、原点である小学生時代の歌謡曲をソロ活動によって、自分史の穴埋めをしたかったとある。
また、サードアルバム評には世代的属性としての欠落部分を奪回しようとする強烈な意志を感じるともある。
エレファントカシマシは、売れる歌を度外視した、あくまでも時代の欠落したモノを拾い埋める作業としてのバンドの役割を担っていた、人間存在そのモノに照準した時代の申し子だったのだろう。

宮本の主張は、飼い慣らされた豊かさの危うさに警笛を鳴らしていた。それこそ、15歳の「星の砂」からずっと一貫していたように聴こえる。「日本の神を中心にして 立派な国を築きたい」「この国は ますます犠牲が多くなる」
当時、新聞や書物、歴史から世界情勢を把握していた宮本にとって、日本中がバブルに浮かれた時期は奇異に映った事だろう。
ある雑誌のインタビュー記事で、江戸まであった生活形態や文化形態の日本の歴史は、明治の文明開化、関東大震災、第二次世界大戦の3つの大きな出来事を経験した反動で西洋化し、あるべくしてあったものがなくなっていくと危惧していた。
なるほど、その穴埋めのための火鉢生活が若き日の抵抗だったのだろうか?
日本の歴史文化の片鱗をロックを通し、取り戻したかったのかもしれない。
それは社会の中で自分の足元を見つめ、確固たる足場を築く生き方として、まず、江戸文化前の自由を取り戻す促進剤的な役割を課していたのだろう。
ここで言う自由は、戦後の不都合な法律や植え付けられた価値観を壊し、魂が沸き立つ生き方を取り戻すと言う開放された自由の事であろう。
確かにこの事実を知ろうとせずに支配下での自由を享受するなら、奴隷天国と言えるだろう。笑ってしまうくらい的を得た歌だ。「つらいつらいと 一生懸命同情乞うて果てろ」と個人の覚醒を促し、それは、どんなにヒット曲を生み出したあとも止むことなく、平成理想主義でも「いつ気付くの?」と歌い続け、犠牲が増えることを密かに恐れていたからこそ、so many peopleでは、「無駄死にさ やめた方がいい」と訴える。

資本主義の流れの中では少なからず個人の人生よりも、社会が優先になる。本来は逆であろう。個人が輝いてこそ、社会は輝きバランス良くまわるはず。そのことを、ガストロンジャーでは「胸を張って生きろ!」と呼びかける。
あたかも、それが使命であるかのように、ヒットと挫折を繰り返しながら、常に原点に戻る作業を自分に課してきたのだ。
権力に立ち向かおうと呼びかけるのとも違う、一人ひとりが持っているとてつもない可能性、希望、奇跡を信じ、呼び覚まそうとする愛情そのものだと思う。
彼は人間の本当の自由こそがすごい奇跡を起こすと信じている。桜の花を舞い上げたり、悲しみの果ては素晴らしい日々を待つのでなく送るのだ。
これからの時代に相応しい歌の役割を、担うバンド、それが宮本浩次のエレファントカシマシなのだと思う。
駄目なものがいずれ破壊されるように、
良いものは残るように出来ているのだと体現しているバンドであり、人の心に生きる色を与える。力歌なのだ。

大学卒業と同時に発生する奨学金、過重労働、派遣切り、母子家庭の貧困、増加する自死、災害難民、拡大する外圧。
『労働に値する対価だけで、自由時間を持ち、人間らしく暮らす。』たったそれだけの事が難しい時代になった。
欧州のように政治の話をフランクにできる習慣もない中で、「何とか歌で救いたい」その原点が彼の歌の源であると思う。

もともと歌の語源は、神に訴える行為から生まれたという。
2020年世界中を襲ったコロナから始まった社会との断絶、拡大する格差の壁、感染の恐怖で光と音を失った人々の心。
神社から鈴緒も祭りも取り上げられる異常事態に、ソロになった宮本はひたすら好きな歌に没頭し、単独ライブを生配信する快挙に出た。ニコニコと嬉しそうに世間の不条理と戦わずして、テレビに現れた彼は、「喜びの舞」で天の岩戸を開けた芸能の神アメノウズメノミコトのようであった。人々の心が、笑いと歌で太陽を取り戻した瞬間だった。

母親が病気の時、自身の突発性難聴の時、宮本自身、歌の持つ本当の力強さを自覚したであろう。そしてついにはカバー曲「ロマンス」で大衆の心を掴んだのだ。
政治家でもない彼が、歌で人々の心を改革したと言えまいか?好きな歌で。しかし、誤解があるといけないが、彼の歌に対峙する姿勢は実に神々しく、厳しい。「いい歌をお届けしたい」が為に、どこまでもストイックで真剣な思いが、矢のように真っ直ぐ聴く者を捉えるのだ。
また、子どもが枠をはみ出すように自由な心で歌う動きは激しく、時に叱咤し、寄り添い、涙する。
テレビに映し出される一連の動作に戸惑うとするならば、既定路線や常識に囚われすぎた受け手側の心こそが、彼の純粋さに追いつけないからではないだろうか?

そして心に笑いと音と色を取り戻した私たちは、家族、仲間、社会と繋がり本来の生命の輝きとともに喜びの環を拡げていく。
それは、宮本自身の幼少時代の幸せの象徴の風景と重なっていく。

エレファントカシマシの歌は全て名曲大全集、どんなジャンル好きの人にも、必ず届くお気に入りが見つかるはず。

「偶成」から

流るるドブの表を
きらりとさせたる夕陽あり
俺はこのため生きていた
ドブの夕陽を見るために
ドブの夕陽を見るために

子供のように純粋な者の内に宿る魂なればこそ、目にする風景。
朽ち果てた死体に、綺麗な歯を見つける仏陀の眼差しと重なるような、このフレーズに触れるたび、尊く誇らしく思う。

文部科学大臣賞を取るに相応しい日本が誇るロック界の宝物である。
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