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「た。」の向こう側に

ナンバーガール 2020年9月7日 なんばハッチ

どっかのミュージシャンが雑誌の取材でこう言っていた。
「鳥肌の立つ自分を探しにライブに行く」と。
良い言葉だ。長らくそんな経験からは遠ざかっている。

ナンバーガールが再結成を発表した。

40代も半ばに差し掛かろうとしている自分が、少し涙腺が弱くなった事を自覚はしていたが、
このニュースが目に飛び込んできた時、あらゆる思いが交錯して涙が溢れそうになった。

その後発表されたライブツアー、大阪と東京公演に申し込む。

情熱や感動の記憶というものはとても儚いものなのか、それとも日常というものが想像以上の強烈な負のパワーを放ち続けたのか。20年の歳月で色々なものをすり減らし、幸か不幸か刺激のない毎日に、ほとほと慣れてしまっていた。

そして、チケットは当たる。9月7日なんばハッチだ。

ナンバーガールを初めて聴いたのは心斎橋のタワーレコードの視聴機だった。
真っ赤なジャケットの「DESTRUCTION BABY」
当時、椎名林檎がデビューしたばかりで、こりゃ唯一無二だなと自分も好んで良く聴いていた。
彼女が雑誌のインタビューか何かで「ナンバーガール」が好きで、福岡で良く観ていたと言っていたのだ。このCDを手に取ったのはそんなきっかけに過ぎなかった。
視聴機から聴こえた彼らの第一印象は「音が悪いなぁ。。」だった。
けたたましい程の、その喧噪にまみれた音圧の奥から流れる音楽は「ナンバーガールだった」としか表現出来ない異次元の音楽であった。

あれから20年。暗転前のなんばハッチのステージ。右側にはオレンジのギターキャビネットがあり、
この後4人が登場するという実感が沸き上がる。
暗転する。マーキー・ムーンのSEが流れる。もう駄目だった。涙が溢れる。
向井氏:「お久方ブーリブーリ!」 田渕ひさ子はピックの持ち方を確認する。
その後はもう鳥肌を通り越した自分に出会っていた。

20年前、既に自分は結婚をしていた。
娘がいた。
結婚しながらもバンドをしていた。
諦めた。
就職をした。
転職した。
東京勤務をした。
大阪に戻った。
起業した。

これらのどの「た。」の後にも、ナンバーガールを聴いていた。が繋がる。
何度でも立ち上がれた。
この先の人生、まだまだ「た。」は通り過ぎるだろうが、
その後に「鳥肌の立つ自分にまた再会できた。」が増えていくだろう。

奇跡的に取れた2020年5月4日の「THE MATSURI SESSION」は中止。
しかし、3月1日に開催予定だった「逆噴射バンド」追加公演の振替公演。
これもまた、良くチケットが取れたもんだと自慢したくもなるが。
こちらも無期限延期となってしまった。
発券したチケットは大阪の地で財布の中でクシャクシャになりつつある。
辛いのはメンバーも一緒。コロナに負けるな!
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