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言わずに伝える

Pale Blue を聴く前に米津玄師流愛の伝え方について考える

愛しているとやたら言わないのにもかかわらず、愛が溢れる。愛という言葉を一言も使わなくたって、いや使わないからこそ愛を感じる。突き詰めていけば最後に残るテーマは、愛。
私たちがごく稀にテレビなどで見ることのできる米津玄師は表情を変えず、わずかに見える左目でじっとこちらを見つめているだけなのに、どうしてだろう、目が離せない。静寂の中に愛すら感じられる。
彼も私たちも愛し愛されたい、きっと。そう考えて、米津玄師の「愛してるよ」と言わずに愛が伝わる歌について考えた。従って「Blue Jasmine 」や「vivi」は入らない。ラブソングでなくても暖かい気持ちになったり、胸を掻きむしりたくなったり、聴くときの状態にもよるが、思いつくものをいくつか。

「ごめんね」には別のエピソードがあるそうだが、ごめんとも愛してるとも言わないのに、優しく包まれるような愛を感じる。心の底から触れ合うという感覚を、一生涯かけてもいいから一度でも、いや何度でも感じたいと願いながら聴く。

「鳥にでもなりたい」の詞は一言一句残らずそのまま私の気持ち、と言えばとても雑で手抜きだけど、聴けば聴くほどそうとしか思えない。完璧な片想い。誰もわからないだろうから、と心に留めておくことばかりだけど、本当は言いたいんだ、と思いながら聴く。

「あたしはゆうれい」は推しを愛する全ての人をゆうれいに見立てた歌なのかなと思って聴く。みんな誰かにとってのゆうれい。脈のない片想い。あなたから見えなくたって、幽霊にも愛したい愛されたい心があるんだ。

「amen」の色は見渡す限り黒。その中遠くに光が一条見えている。朝から聴きたい日もあるし、落ち込んでいるときも励まされたいときも聴く。この世に生まれた意味とは。生きてるだけで十分。どん底を見た人、どん底にいる人、どん底をこれから見に行く人にとって、地獄の中の僅かな光がどんな救いになることか。amenはそんな人にとっての光。明るすぎたら眩しくて見えないから、丁度良いくらいの暗さがいい。適当な暗さが愛。この曲の存在が愛。

「翡翠の狼」は当時の米津玄師自伝。いつどこに着くのか不透明ではあるけれど暖かい場所を求めて先を見つめている。終わりが来るのをただ待つだけ。それで自分を愛せるのなら、誰にも知られぬまま戦う。誰にも知られずに戦っている人がいることが、私が戦う力になる。この世で誰より綺麗なあなたとは未来の自分。この先何とか生き延びた自分に愛しているよって伝える、それからでないと自分の大切な人たちにも愛してるよって自信をもって言えない。

「懺悔の街」。「ごめんね」などにも登場する米津さんのいうところの恥ずかしい、という感覚がため息が出る程好きで、恥ずかしがるのをやめなくていいんだ、と味方を得たような気持ちになる。結局最後は好きとも嫌いとも言ってはいないが、愛にぐるぐる巻きにされて、明日への望みを少しだけ感じておわり。

直接的な表現をせずにことばを尽くしているから、大きなテーマは変わらず解釈次第で誰の気持ちにも寄り添える。見せないことで色っぽさや妖艶さが増す彼自身と同じで、敢えて言わないことでより伝わる魅力がある。

「ゆめうつつ」で夢と現を行き来する自分たちをはっきり認識させ、ふたつをつなぐ架け橋になった米津玄師が作る「Pale Blue」はどんなときめきと驚きをもたらすラブソングなのか待ち切れずにいる。
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