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限りなくゼロに近い可能性であっても

どんな時だってザ・ビートルズの「レット・イット・ビー」が心に響いている

17歳で、私はビートルズの「レット・イット・ビー」という楽曲を知った。優しい歌詞が美しい旋律に乗った時、何が起こるのかを知った瞬間だった。半生(はんせい)を2つに分けるなら、その瞬間が転換期であったといっても過言ではない。トラブルに巻き込まれる時、悲しみに暮れる時、どうしていいか分からない時、ただ身を任せるという選択肢があることを、知る前の人生と・知ったあとの人生。

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私が20歳の時、アメリカ同時多発テロ事件が起こった。
30歳になろうとする時には、東日本大震災が列島を襲った。
そして40歳となった今、世界はコロナ禍という難問に直面している。

10年という周期で、私が「未曽有の危機」を目の当たりにしてきたのが、ただの偶然だったのか、あるいは何かの巡り合わせ(運命めいたもの)だったのかは分からない。いずれにせよ私は、この世界が「安穏とした場所」ではないことを、肌身で感じてきた。

もちろん私は、国家の舵取りをするような責任ある人間ではないし、災害の最前線で闘うようなスキルや専門知識、バイタリティは持ち合わせない人間である。それでも「その時代、その時代」に身を置き、間接的な形ではあれ、その時々のダメージを心身に受けてはきた。9.11も3.11も、そしてコロナ禍も、決して他人事ではないのだ。

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ただ思うのは、必ずしも世界史とシンクロはしない「自分史」というものが、やはり当人にとっては最も重要であり、それは切実な悩みに満ちていたということである。いま私は、17歳の時には知りえなかった哀しみを知っている。様々な種類の「別れ」が、人生という道の上に待ち構えていることを、体験的に知っている。

死別や離縁といったものは、やはり深い傷を心に残すものだ。ただ、それ以外にも、人が避けては通れない、複雑であったり奇妙であったり、様々なタイプの「別れ」が、この世界には溢れているのだ。ハッキリと「さようなら」を言えるなら、それはまだ恵まれているほうで、別れの言葉を発することさえできないまま、誰かと遠く隔てられてしまうということも、人の生では起こり得る。

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もう二度とは会えないだろう、そう私が予感する人たちが、この惑星に多く息づいている(そのうちの何人かは、私が知らない間に、この世から巣立ってしまったかもしれない)。私は40歳にして、いくつもの「決定的な終わり」を体験してしまった。そのなかには不可抗力のもの、私の心のもちようでは避けがたかったものもある。でも、この私の至らなさ・不甲斐なさのせいで、切り裂かれてしまった人間関係もあるのだ。ここに詳述することはしない。

ときどき私は、自室の中央にひざを抱えて座り、そうした「損なってしまった関係」の多さを思う。同じ時代に、同じ惑星の上に生きているのに、もう会うことはできない誰かの存在を思う。次第に息苦しくなり、狂おしくなり、どうしていいのか分からなくなる。それでも微かに差し込んでくる光はあり、それがビートルズの「レット・イット・ビー」、その一節なのである。

<< For though they may be parted, there is still a chance that they will see >>

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再会のチャンスは残されていること。たとえ離ればなれになっても、再び顔を合わせる機会があるかもしれないこと。「レット・イット・ビー」の静かなAメロのなかで、この部分はやや強い声調、少しひねった旋律で歌われる。私は「レット・イット・ビー」を心のなかで再生するたびに(もう音源を流す必要はないほどに、歌詞とメロディーを覚え込んでしまっているのだ)、胸が熱くなる。

私の人生が、あと何年くらい残されているものなのか、それは誰にも知りえないことだ。そして「その人」の命が、あとどれくらい続くものなのか、そもそも今、元気に生きているのか、それも分からないことだ。それでも私は自分に言い聞かせてみる。可能性だけはあるのだと。ビートルズが歌うように、私たちにはチャンスがあるのだと。限りなくゼロに近い、小さな可能性であっても、それを握りしめている限り、私の辿る毎日は、完全に色彩を欠いたものにはならない。

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いま私は、17歳の当時、初めて「レット・イット・ビー」を聴いた時の気持ちを思い出してみる。まだ多くの「別れ」は経験していなかったのに、別れの種類が多くあることを知りさえもしなかったのに、どうしてあんなにも強く「レット・イット・ビー」に惹きつけられたのかを考えてみる。

きっと少年だった私は、おぼろげにではあれ思い描けていたのだろう、これから先、辿る人生が、決して平坦ではないのだということを。いつの日か俺は、誰かと隔絶されることになる、あるいは何かを捨てることになる。そして暗闇のなかにうずくまる時、孤独に震える時が訪れるのだと、何となく予感できていたのだろう。

だからこそ私は、このセンテンスを心の深い場所に、しっかりとしみこませておく必要があったのだ。

<< For though they may be parted, there is still a chance that they will see >>

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いまも遠くから、「レット・イット・ビー」の前奏、あのシンプルかつ印象的なピアノの和音が、この耳に届いているような気がする。楽曲「レット・イット・ビー」はいつの日も、私の心を温めている。時にはその熱では間に合わないほどに、心が冷たく感じられることもある。それでも、その旋律は、あきらめることなく私を温めようとしてくれるのだ。

それはもしかすると、遠い場所にいる誰かが(かつて心を通い合わせた誰かが)同じように「レット・イット・ビー」を聴いていることを意味するのかもしれない。私との再会を望む、あるいは拒みはしない、そのような気持ちを、楽曲を聴くという形で、風に溶かしてくれているのかもしれない。

楽曲「レット・イット・ビー」について考えていると、私たちには「自力でできること」など、ほとんどないのではないかと思えてくることがある。私に許されているのは、もしかすると、ただ願うこと、あるいは信じることだけなのかもしれない。過酷な日々を何とか生き延びながら、誰かが生きていてくれることを期待しながら、互いの気持ち・たどる道が、もう一度だけ交わる瞬間を信じる。それが「別れを知ったあとの人生」なのかもしれない。

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いま私の部屋には、エレキギターが置かれていない。それでも少年時代に、何百回も聴き、自分でも奏でた、あの抒情的なギターソロを奏でてみる。心のなかで。その旋律が私を励ますだけでなく、何かを信じるという姿勢を守るだけでなく、どこかの町で暮らしている「あの人」のもとへも届きますように、その人が(心のなかで)奏でている楽器の音と共鳴しますように。

生きているよ、生きていてね、生きていこうね。こんな時代だけど、どんなことがこの先に起こるかは分からないけど、そして私たちの命は、はかないものであるのだとしても。残された時間が、あと少しなのだとしても。

※<<>>内はザ・ビートルズ「レット・イット・ビー」の歌詞より引用
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