4729 件掲載中
この数字はTwitterやFacebookでのリツイート・いいねなどの反応数を合算して算出しています。

ノーオルタナティヴ ミッシェル・ガン・エレファント

ミッシェル・ガン・エレファント最期の火花「SABRINA NO HEAVEN」

1970年代のイギリスにJONESY(ジョーンジー)というロックバンドがいた。1972年、彼らの最初のアルバムタイトルが「NO ALTERNATIVE」だった。確かこれを見つけたのは僕が20代の頃だ。"ノーオルタナティヴ"と聞いて、見て、すぐに直感で格好いい響きと思った。2000年代始めの時代、"オルタナティヴ"という言葉が浸透していた。言葉の意味は"もうひとつの"という事だと知ってもその時はよく解らなかった。"オルタナティヴ"とは、選択肢の問題だろうか。別の方針を選ぶ。何に対して、別の、"もうひとつの"なのかということは、音楽の時代を知る必要があるようだ。ポピュラーミュージックにおける、いわゆる大衆性とその主流の流れから反発する動きは、1950年代の"ロックンロール"の存在からもうすでに始まっていたともいえるだろうか。"ロックンロール"は不良の音楽だった。さらに60年代になると、旧態依然とした制度や思想、社会に対する"カウンターカルチャー"という言葉があるが、それらが示すものも主流であることへの反発の志向が顕れているだろう。音楽でいうならば"ロックンロール"が"ロック"へと変わっていった時代が1960年代から70年代だ。そうしてさまざまなムーヴメントによって、音楽は一新され更新されてゆく。70年代になってのその続く動きは"パンク"のムーヴメントだった。大衆性を得てしまったがゆえのロックの停滞した「ロックスター」の音楽に反抗したのがパンクロックだ。"パンク"の音楽はそこからさらに"ニューウェイヴ"へと移行。"ニューウェイヴ"が一般に浸透して大衆化すれば、また反抗の意味を込めて"ノーウェイヴ"が現れる。世は繰り返すのだろう。"ロックは死んだ"という言説や新鮮味を失くしたロックを否定する動きがこの時代にひろまったのならば、行き場のないロックはバンドとしての形を残しながら形骸を踏みしめて過激化してゆく。
音楽の世界で"オルタナティヴ"の言葉が頻繁に扱われるようになったのは1990年代からだと思う。そもそも"オルタナティヴ"の動きは遥か以前からあったが、いまだに意味が理解されないままに浸透している気がする。"オルタナティヴ"というのは便利な言葉なのかもしれない。時代と主流に迎合してもいるにかかわらず、新しく登場した新種の音楽に、とりあえず名付けられたのが"ALTERNATIVE"ということも多くある。

僕は今になって"オルタナティヴ"と括られているバンドや歌手の音楽に興味がある。以前はまるでその事自体に反抗するように、過去のロックばかりを追究していた。これも自分なりの"オルタナティヴ"のやり方だったのかもしれないと今は思う。
そう言いながらも多くを聴けたわけでもなかったというところの詰めが甘い。同じ辺りの音楽ばかりの道を行ったり来たりしただけなのかもしれない。それでもいくつかの素晴らしい音楽に出逢えたのは本当だった。

ここ数年、サブスクリプションの音楽再生の形態が主になって、今までに聞いてこなかった音楽を試しに聴いてみることが多くなった。気になった音楽をYouTubeで確かめてみてCDを買わないことは今までによくあった。それはただその音楽家の一部分を聞いてみたにすぎないから、やはり全体は解らない。サブスクなら、全体を聴き通すことは気軽にできる。スマートフォンを持っていればいつでもどこでも聴くこともできる。いつでもどこでもなら、時間はじゅうぶんにある。

"NO ALTERNATIVE"
"オルタナティヴ"と呼ばれている音楽を聴いていくにつれて、ふと思い出したのがこの言葉だった。現代に、過去の音楽を全部聴くのは大変だと実感するが、今、それまでの歴史の音楽が簡単に揃って、これからの音楽と併せて、そこから真の音楽を見つけていきたい。すべてが素晴らしいとは思えない。たとえ好きな音楽家であったとしても、その全部を本当に自分の人生に響く音として聴くことはできないと思う。今ここで書いていこうと思う事は、"オルタナティヴ"が主流になりつつある(なってしまった)時代への反抗としての"NO"ではない。主流ではない、"もうひとつの"の手段、"もうひとつの"選択肢、よりさらに、時代も表現も、その作者、表現者自身でさえも同じものを作れないかもしれない、奇跡と思える、格段に抜きん出ている作品を捜すことだ。自分が選ぶものは自分自身の問題でしかない。誰かが共感するかはわからない。それぞれに道がある。それならば僕はこの道を自分の行き方で案内しようと思う。行き方はまちがっているかもしれない。本当の行き方はそれぞれのあなた自身が見つけるのが良いと思う。

前置きは長い。今まで数少なくしか聴いてこなかったにせよ、日本のロックバンドのなかでも、自分が好きなバンドは、THEE MICHELLE GUN ELEPHANT(ミッシェル・ガン・エレファント)だ。1990年代から2000年代にかけての彼らの作品はどれも美しいが、そのどれかを選ぶことはできないとしても、絶対に繰り返しに聴いてしまうアルバムがある。それは最後のスタジオアルバム「SABRINA NO HEAVEN」だ。コンパクトであるがゆえに繰り返しに聴いてしまう魔力。惹き付けられるのはその手軽さだけではないと思う。

1990年代から主流になってきたCDの音楽再生形態は、その収録時間の限界が約70分から80分といわれているが、人の集中力はそんなにも間断なく続くものではない。たとえそれを聴き通すにしても疲労が強く残ると思う。音楽再生の主がレコードであった頃、収録時間は片面20分程度、両面合わせたアルバムの総時間は45分くらいだった。これぐらいが本当にちょうどいいと思う。幻滅する長時間のアルバムを、レコードの形態として時間を分けて発売してくれるのはありがたい。

ミッシェル・ガン・エレファントも、自身の作品のレコード化に力を入れてきたバンドといえるかもしれない。今まで彼らの大抵の作品はアルバムもシングル曲もレコード化されてきたのだと思う。
そのなかでもとりわけ一番の衝撃的なレコードは、ミッシェルの1997年発表のシングル曲"ゲット・アップ・ルーシー"だと思う。12インチサイズのシングルレコードの音響はビリビリくるほど強烈だ。発売当時、僕は大学1年の時にこの曲をマキシシングルのCDで手に入れた。CDで聴いたその時もこれは凄いぞと心底思ったが、レコード版の"ゲット・アップ・ルーシー"はさらにロックの真髄の音がする。只者ではないバンド力。グルーヴの異常なうねり、轟音が放射するエネルギーは、巧みにコントロールされているようだ。アベフトシのギターは時代を作って、それは誰にも触れられないまま、壊れないまま永遠に浮遊している。20年以上経って、結局誰も塗り替えることが出来なかった脅威のサウンド。クハラカズユキの暴れ太鼓が起こした革命。アベフトシが狙いすましたレーザー照射、四方巡るギターソリッドの銃撃。ウエノコウジが揺るがせるバリケード、暴動ベースの乱反射。喧騒を蹴散らす、稲妻を呼んでくる、チバユウスケの閃光。絶え間なく重ねてゆくゲット・アップ・ルーシーの輪唱。燻りつづけ生きつづける火種。空虚から生を見いだすギターソロ、燃える道を這ってゆく青い不知火。前線は爆撃機ギター音響。彼らが憧れたロックの伝説を、彼らは簡単に思えるほどに超えた。繰り返し繰り返し聴き続けても音が鳴り止めば、いま一体何が起こっていたのか、もうわからない。もう一度聴くしかない。
ミッシェル・ガン・エレファントというバンドの凄さを、最初に聴くのがこの曲なら間違いなしだ。シングルバージョンとアルバムバージョンが全然ちがうのはもっと伝えられた方がよいと思う。テンポの速さ、音の重さが違えば伝わるものも別だろう。

ミッシェルの魅力のサウンドが一番出ていたのは、"ゲット・アップ・ルーシー"の時期かもしれない。この曲が入っている1997年のアルバム「Chicken Zombies」は今も尚新鮮なギター音が鳴っていると思う。小気味いいギターカッティングとヘヴィーなボトムサウンドの融合がこの時の奇跡なのだと思う。それがコンパクトにまとまっている"ロシアン・ハスキー"の快活なけたたましさ、スピードが好きだ。彼らは1970年代パブロックとパンク、ガレージロックを愛するバンドだというが、それよりもシャープに突き抜けた世界へ行った。バンド力の進化と飛躍は目覚ましい。ここから次の年の98年アルバム「GEAR BLUES」への変化は特に画期的だろう。音圧とグルーヴはヘヴィーすぎるほどに変わった。「Chicken Zombies」には"バードメン"の曲想に既にその傾向が顕れている。この曲を派生として「GEAR BLUES」へと進んだのだと思う。ミッシェル・ガン・エレファントのバンドサウンドの完成はここかもしれない。
「GEAR BLUES」からの確かな変化はチバユウスケの唄い方が、がなりたてるように強くなったことだ。それと共にバンドの演奏はそれまでより歪みを増して重くなった。ウエノコウジのベースが凄まじいのがまず判る。超絶ギター、アベフトシの音の波は山あり谷ありと起伏を激しくうねりと狂騒を反復する。クハラカズユキのビートは灰を撒き散らした轟音と一体化している。燃え尽きない火と吹き消せない煙のなかで「GEAR BLUES」は暗黒のガレージロックを架空世界のサウンドトラックにする。狂い咲きのあとの沈黙。黒い月夜の不合理、乱世無頼、ディストピアの詩情。マカロニ・ウエスタン、ならず者の正義、フィルム・ノワール"La Cosa Nostra"、荒れ地の世界を焦燥と美しきワルツに描いた"アッシュ"のギターソロの狂おしさは刹那、だがこの響きは永続する。生々しくリアリスティックに身を焦がす"ダニー・ゴー"の曲中のひとつひとつのすべての演奏は衝動を終わらせたあとの浪漫だ。「ギヤ・ブルーズ」のアルバム、ミッシェルの涙の定番曲のなかで、見落としがちな曲はたぶん"ボイルド・オイル"かもしれない。ファンキーなリズムのグルーヴが格好いいし、鋭いギターが骨組みを揺らしながら不安から安定へとぐらぐらと進む。まるで御輿を担いでいくような煽りとお囃子が素晴らしく、リズムとリードの音間の見晴らしもいい。後のチバさんのバンド、ROSSO(ロッソ)の曲"WALL"と通じているとふと思った。
それでもやはり締めくくり、終わりは"ダニー・ゴー"に限る。日本のロックの永久欠番。揺さぶりをかけつづけるこの焦燥と揺らぎない諦観が次なるミッシェルの行き先を示しているのだと思う。

僕はバンドの活動当時から解散後に渡ってすべてを追いかけた熱心なファンではないことも自分で分かっている。時を経ても、何度でも戻ってしまうこのバンドの威力を、焦燥感にまみれた今この刻に、大層な言い分で書きなぐらせてほしい。ぼくらはまだこのバンドを引きずりつづけ、終わることが出来ないでいる。彼らが描いた焦燥の刹那が不安感とは無縁であることを、今だからこそ切々と感ずれば、これからも深めて聴きつづけていくと心に決める。
ところで昔も今も、ミッシェル・ガン・エレファントが解散したのがずっと謎だったが、バンドの音のバランスとその変遷を感じながらアルバムを聴いていけば、彼らが終わらなくてはいけなかったところが聞こえるのかもしれないと今は想っている。

ミッシェル・ガン・エレファントの音楽を聴いていると、いつでも彼らのアルバムには次の作品へとつなぐ何かしらのヒントか、この曲が起点になって次へと進んだというところに気付かされる。そして決して同じことを続けていないバンドサウンドの変化を読み取ることも出来る。作風や曲想は共通する感覚で繋がってゆくが、バンドの音の鳴り方は次へ次へと進化を続けた。
その点で考えると、2003年の最後のアルバムにあたる2つの対作品「SABRINA HEAVEN」と「SABRINA NO HEAVEN」で彼らが到達した最終形のバンドサウンドは最も美しい音だといえるかもしれない。
空気が換わったとすれば、アベフトシのギターが醒めた感覚を想わせる抒情と寂静を描いている風景だ。派手さ過激さを広げて売らず、あくまでも音楽の表現しうる世界観を見つめる視点がある。ここに来て映像的なイメージはより鮮明に、映画の架空世界を現したようなサウンドトラックがしっかりとした形になったように思える。ここに在るミッシェルの音楽はロックンロールやガレージロックの再現ではなく、同時代グランジ以降のオルタナティヴロックへの共鳴でもない。全員で同時に鳴らされていく音が映し出すのは、何処かで聴いたことのあるロックには当てはめられない強度の到達点。孤高のリリシズム、まぎれもない最果て。
ビート・ジェネレーションの如く詩を繋いでゆくチバユウスケの語り口調、ポエトリー・リーディングの作風は実験的ともとれるが、それは前作2001年の「Rodeo Tandem Beat Specter」から続いてきている。しかし「Rodeo Tandem Beat Specter」のバンドサウンドには、実験性を生々しくそのまま切り取ったような荒削りさが顕れていた。ロックの激しさを求めるならそこが鮮度の魅力だったともいえる。
そこから2年。2003年の「SABRINA HEAVEN」「SABRINA NO HEAVEN」は、乱調を削り落として極めて美しく限界を求めたのかもしれない。
「SABRINA HEAVEN」の実験的と思われることも多い曲"サンダーバード・ヒルズ"も、リズムからグルーヴまで、ギターのひとつひとつのフレーズからソロプレイまで、緩やかさから転じる緊張感がバンドの研ぎ澄まされた神経を感じさせる。これは、しかし実験ではなく実現だ。アベフトシの真剣勝負がまじまじと伝わってくる名演。いびつなトランペットの鳴るフェイクジャズ風情やエフェクトを効かせたサイケデリック音響に惑わされもしない撃鉄のギターソロはまるでフランク・ザッパの超絶ギターを忘却させるほどに不動に燃える。たとえがよくないかもしれない。彼が影響を受けたギタリストはイギリスのウィルコ・ジョンソンやミック・グリーンだといわれている。
ミッシェル・ガン・エレファントのメンバーの世代が影響を受けたパンクの時代、その同時期にあったイギリスの見過ごされがちなムーヴメント、パブロックの時代の二大バンドといえばドクター・フィールグッドとザ・パイレーツかもしれない。ドクター・フィールグッドはチバさんのお気に入りらしい。2012年に発刊された「ロックンロールが降ってきた日」という本があるが、そこでのチバユウスケ編のインタビューではドクター・フィールグッドの全部のアルバムが好きだと言っている。ドクター・フィールグッドがかっこよかった時ってウィルコ・ジョンソンが在籍していた一時期だというのが定説だけれど、最初の衝撃がその時期のライブアルバム「STUPIDITY(殺人病棟)」だとして、チバさんはその後ギタリストが代わってもそれぞれに良さがあるという。そういう音楽の聴き方ができるなら素敵だと思う。
ついこの間、アベフトシさんがミック・グリーンと共演した時の話をしているインタビューの映像があるのを見つけた。アベさんはすごく嬉しそうに話している。僕はアベフトシが話しているのをほとんど見たことがないのを今さらに気づいてしまった。なんだか切ない気持ちがした。
2001年にはミック・グリーンとミッシェル・ガン・エレファントの3人が共演した3曲が、"KWACKER"というシングルとして発売されている。これらはチバユウスケが唄っていないインストゥルメンタル曲だけれど、彼らが憧れた伝説のミック・グリーンとの共演は素晴らしい経験だったにちがいない。これらの共演のなかで、ミック・グリーンが自身のバンド、THE PIRATES(パイレーツ)で演奏していたインスト曲"Peter Gunn"を取り上げているのもいい。この曲の作曲者はヘンリー・マンシーニで、1950年代60年代のアメリカの私立探偵のテレビドラマのテーマ曲だという。ザ・パイレーツの1977年の傑作アルバム「OUT OF THEIR SKULLS」はレコードの半面はライブ、もう片面はスタジオ録音という変則作品だ。"Peter Gunn"はそのライブサイドに演奏されている。アベフトシが凄いというのならミック・グリーンは同じくらい凄かったというのがこのアルバムを聴けば判る。パイレーツのこの時のサウンドは同じパブロックムーヴメントに括られている他のバンドとはひとつ抜きん出て、パンクの時代性より過激な音像でロックの衝撃を打ち付けている。パブロックのバンドはある意味パンクのバンドよりも演奏が上手い。ミッシェル・ガン・エレファントといえば明らかに彼らはパンクバンドではなかった。パンクバンドがインストゥルメンタル曲をあまり演奏しないように、ドクター・フィールグッドやパイレーツがそれらを巧みに効かせることが出来るように、ミッシェルもまたインスト曲を度々演奏してきた。彼らの演奏力が凝縮し存分に発揮されているのが"KWACKER"のシングル3曲かもしれない。
"KWACKER"のジャケットデザインにはミッシェルが使っていた自身のバンドのスカルのロゴとザ・パイレーツのスカルのロゴが並べてプリントされているが、パイレーツのロゴはやはり痺れるくらい格好いい。このロゴが使われているのがパイレーツ「OUT OF THEIR SKULLS」のジャケットだ。レコードなら絶対に部屋に飾りたくなる。思い出してパイレーツの「OUT OF THEIR SKULLS」のレコードを出してきて聴き直した。ミック・グリーンのギターは改めて最強だ。そしてアベフトシがそれを越えてきたのだと思うと震える。

ロックンロールのギターソリッドの突き抜けた音響は、空虚な心象の分厚い窓ガラスを窓枠ごとに揺るがせる。外でビリビリでかい音が鳴っていると気づいたら窓をあけてその風を吹きいれよう。
ぼくらがミッシェル・ガン・エレファントを好きだというのなら、彼らが熱狂しそのインスピレーションとして大事にしてきた音楽を同じように興味深く聴いてみるのもいいのかもしれない。そういう音楽の聴き方を心掛けていたが、今思うと、好きなバンドをそれでもその時に追求しつくさなかったのはよくなかったのかもしれない。僕はミッシェルが世に知られた全盛期に同じ時代を過ごしたのに、彼らの音楽活動を詳しく知らずにふらふら別方向へ行ったりしていた。2000年代に入って後に1970年代パンクロックの時代の音楽を聴くようになって、今まで聴けなかったザ・パイレーツのミック・グリーンのギタープレイ(たとえば"Sweet Love On My Mind"など)を初めて聞くことができて、そこからまたミッシェル・ガン・エレファントに戻ったような感じだった。その時ミッシェルはもう解散していたと思う。新しく始まったチバユウスケのバンド、ROSSOの音の系統は受け付けなかった。だとしたら、そのROSSOの音楽性とも通ずる後期ミッシェル・ガン・エレファントの音楽をその時にも好きにはなっていなかったかもしれない。記憶が不確かだ。心に響いたミッシェルの曲は"ジプシー・サンディー"だった。"エレクトリック・サーカス"だった。"リボルバー・ジャンキーズ"だった。そして"ダニー・ゴー"に戻った。
"ジプシー・サンディー"みたいなヘヴィーなロッキンレゲエに夢中になったのは、パンクバンドThe Clash(ザ・クラッシュ)の"Safe European Home"や、Stiff Little Fingers(スティッフ・リトル・フィンガーズ)の"Johnny Was"のパンクスレゲエを聴いた影響だと思う。それでもまた寄り道をしてブリティッシュレゲエDUBの音響、エイドリアン・シャーウッドやデニス・ボーヴェルのキレたサウンド、ニューエイジ・ステッパーズで唄う、とんがったアリ・アップやレゲエシンガーのグレゴリー・アイザックスの甘い声を聴いたりした。またジャズを聴くようになってモダンジャズの侠気トランペット奏者リー・モーガンに惹かれた。彼の鮮烈のソロ演奏を聴いている気分はロックのギターソロを聴いたのと同じ気持ちだった。

僕は正しい道の行き方を間違えたのかもしれないが、その他多種の音楽を経て戻ったミッシェル・ガン・エレファントの音楽は年々徐々に以前よりもさらに侵食してきたのだと感じる。今またミッシェル・ガン・エレファントを聴いている。チバさんが続けたROSSOやThe Birthdayを一通り聴いてみて改めて、ギタリストのもたらすロックバンドの実現性を捉えなおしている。
アベフトシの音への求道心は美しかった。そしてチバユウスケが最も勢いよく無敵に素敵に唄っていた時代はミッシェル・ガン・エレファントだと思う。ミッシェル作品をもう一度聴きかえして、今一番リアルに響くのは「SABRINA NO HEAVEN」だと感じている。4人の体感が最純度のバランスを誇る。でかい音でもうるさくない、というサウンドは"ロック"を覆したようなものだ。何度繰り返したって飽きもしないが、まだまだと、足りないから聴きかえしてしまうのも本当かもしれない。ミッシェルを聴きはじめれば完結など出来ないのだと思う。
バンドのグルーヴは最大値。誰かが目立ちすぎるわけでもなく調和もせずに激突し軋轢を感じさせず確信に充ちている音の連なり。
始まりの曲"チェルシー"の中盤で唐突に裂け出てくるアベフトシのチョーキングは、地の果てにいた象がそれでもここまで届く声で啼いたかのように、かなしみの核心に迫る。ルーシーから続くチェルシーへのギターの繋ぎを思い出せば、このギタリストの心の音が、魂のロックが、揺るぎない確信として伝わってくる。
ガレージをシャッターごと突っ切ったGTがそのままのスピードで突っ込んだ、伝説の"ミッドナイト・クラクション・ベイビー"はロックのダイナミズムの輪廻だ。終わらない進撃。心地いい喧騒。マジのバンド力。曲の終盤でミッドナイト・クラクション・ベイビーと畳み掛け生き急ぐチバユウスケの声を横からふくよかに沿っていくアベフトシのギターフレーズには突発的に胸の中が震わされた。間髪入れずかのような"デッドマンズ・ギャラクシー・デイズ"への連続的展開は見事に完璧。峠を越えてった鬼火。一瞬で消えた流れ星。決して火事を起こさない魂の焔。まるでライブのアンコールが続いていくかのような曲のつながり。
"水色の水"の中で泳ぐギタースライドの流麗な美しさといったら。そして焦燥と疾走から雪崩れ、チバユウスケの叫びから無常へと転じる"PINK"は、黒色が赤の影になる光彩を映す。最後は、このバンドの宿命の夜明けを描いている、世界の終わりのバラッド、"夜が終わる"

「SABRINA NO HEAVEN」は「SABRINA HEAVEN」のアルバムに入りきらなかった曲を集めた後編アルバムではない。たとえバンドの最終形態でも、ここが完成ではなく終わりでもない。天国ではなかった最果て。ループと永遠の、鳴り止まぬロックの、時代を突き抜けた世界への、慈悲と鎮魂歌。はなやかにひらいて最期に散った火花。もうひとつの最終兵器、もうひとつのさよなら、いいや、もうひとつの、ではない。選択の余地はない。

やっと本当に言いたかった事が言える。これが"ノーオルタナティヴ"だ。美しき黒の結晶の、ひび割れた向こう側から射す夜の赤いひかり。闇を越え、生きていくための証。

「NO ALTERNATIVE」
"ミッシェル・ガン・エレファント「SABRINA NO HEAVEN」"
  • 投稿作品の情報を、当該著作者の同意なくして転載する行為は著作権侵害にあたります。著作権侵害は犯罪です。
  • 利用規約を必ずご確認ください。
  • ハートの数字はTwitterやFacebookでのリツイート・いいねなどの反応数を合算して算出しています。
音楽について書きたい、読みたい