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その勇気の手を使うのは誰…?

BUMP OF CHICKENの音が飛び越えて来てくれた

日が昇り始めた駅のホーム。眩しい日差しに顔をしかめる。俯くとアスファルトの隙間から枯れた草が伸びている。もう何年もこうしているから、立ち位置まで決まってしまった。1番前の車両、1番前のドアが停まる位置。別に先頭が好きとか、1番前にこだわってるわけじゃない。ただここから乗ると座れる確率が高いから。学生の頃は空いてる席を必死で探すなんてちょっとかっこ悪いって思ってたのに、大人になるとだんだん図々しくなるのかな。田舎の雨ざらしのこのホームは学生の頃から変わってないのに、私は歳とっていくんだな、なんてことを考えながらウォークマンの電源を入れた。冷たいイヤホンを耳に押し込むと流れてくるのは聞きなれた彼らの音。

BUMP OF CHICKEN「ギルド」

『悲しいんじゃなくて 疲れただけ
休みをください 誰に言うつもりだろう』

曲全体と言うよりも、このフレーズだけを必死に聞いていた。どうしたかったのか、自分でも分からない。ただ頭の中にぼんやりと浮かぶのは“休みたかった”のだ。ただ休みたかった。生きることを。

このフレーズを聞きながら、ホームに入ってくる電車の先頭と車輪を見つめていた。頭の中を過ぎった考えにドキッとしながら、大勢の学生さんやサラリーマンと電車に乗り込んだ。

ギルドのそのフレーズから離れて、次に流したのは望遠のマーチ。

『嘘と本当に囲まれ 逃げ出す事もままならないまま
秒針にそこを指されて止まっている
失うものがないとか かっこいい事言えたらいいよな
本気で迷って 必死にヘラヘラしてる』

ほんとだよね。逃げ出したいのに、現実はそんな簡単じゃない。窓の外を見ると、相変わらず日差しが眩しい。

『与えられた居場所が 苦しかったら
そんなの疑ったって かまわないんだ』

苦しい。今いる場所はたしかに苦しい。
特別な出来事が起きたわけじゃない。小さい、でも消化しきれない怒りとか悲しみとか、そういうものが積み重なっている。
苦しいことって、最初はほんとに小さいことで、ついたキズも見えないくらい。ちょっとヒリヒリするな、ってくらいで、でも日常は止められないからそのヒリヒリも見て見ぬふりで過ごす。出来たキズって小さくても治るには、それなりの時間がかかる。けど、苦しい場所にいるうちは、そのキズが治る前に新しいキズを付けられる。指のあかぎれもそうだけど、放っておけば治るかななんて思ってると、そこからまたぱっくり割れて絆創膏じゃ覆えないほど大きいキズになってる。心についたキズは目に見えないから、どんどん大きくなってても、いくらでも自分で気が付かないふりができちゃう。そのうち痛いのが当たり前になって、痛いことすら感じないように感覚を麻痺させようとしてしまう。だってなんでキズがついたかなんて、真正面から見たら悲しすぎるから。悲しいんじゃなくて、ただ疲れてるんだって思った方が楽だから。さらにキズつかなくていいから。

色んなことを考えるのをやめて目を閉じた。もうすぐ最寄り駅だ。仕事もしたくない。なにもかも休んでしまいたい。

“休みたい”、そう頭の中がいっぱいになった時には、もう疲れてるのか悲しいのか痛いのかもわかんなくなってた。でも私の心なのか身体なのか、どこかでこのままじゃダメだよって叫ぶ声だけは辛うじて聞こえていた。

転職をして、家族を平気でキズつける父親とは別居した。

ついたキズは大きくて深いからまだまだ治りそうにないけど、新しくつくキズはぐんと減った。
そして何より“休みたい”と思わなくなった。まだもう少しだけ生きていたい。将来に希望がみえたわけでもないし、大きな問題が解決したわけでもない。それでもまだ休むにはちょっと早いかなって思うんだ。

選んだ道の先にはもっと辛いことが待ってるかもしれない。でも八方塞がりで息が詰まりそうな、どこにも出口がないと思っていたところにも風穴はあった。与えられた居場所を疑って、悩んで、考えて考えてたどり着いた場所。

『とても素晴らしい日になるよ
怖がりながらも選んだ未来
君の行きたい場所を目指す
太陽は今日のためにあった』〈GO〉

朝の眩しい日差しは私のためにあるのかなって、目を細めて空を見上げた。眩しい日差しは、あの頃よりずっと綺麗に見える。


『叱られるって思い込む
何か願った それだけで
ぶつかってばかり傷だらけ
だけど走った地球の上』〈GO〉
この歌詞をBUMP OF CHICKEN TOUR2019 aurora ark のファイナル東京ドーム公演では
『叱られるって思い込む
何か願った それだけで
だけど息を止めなかった そういう君に会いに来た』〈GO〉
と歌ってくれた。

〈だけど息を止めなかった そういう君に会いに来た〉

この言葉は、歌は、音は、今の私だけじゃなくて、苦しくて生きることを休みたかった私のところにも会いに来てくれた。苦しいともがいていたあの頃の私じゃ受け取れなかった言葉。その言葉は“時間と場所を飛び越えて”あの苦しかった頃の私を救い出しにやってきた。あの時、生きることから逃げ出さないで、どうにか踏ん張ってここまで来た私に「よく頑張ったね」って歌が会いに来てくれた。そうやってこの歌が昔の私を助けてくれたから、今やっと生きてきてよかったと思えるのだ。
そして、こういう「生きてきてよかったかも」と思えた経験は未来の私も助けてくれるはずだ。これから先も必ず辛い出来事は起こる。明日がきて欲しくない日してくれるだってきっとある。生きることを休みたくなる日だってあるかもしれない。そんな時でも、頑張って生きてきたことを肯定してくれる歌が、言葉が、音があることを知ったから、きっと大丈夫。

『ここまで繋いだ足跡が 後ろから声を揃えて歌う』〈GO〉

私の後ろには、辛い日々をどうにかこうにか踏ん張って来た過去の私が精一杯の力で頑張れって応援してることも知った。
歳を重ねるってことは、後ろから応援自分が増えるってことか。それはだいぶ頼もしい。歳を重ねるのも悪くない。


ここまで歩いてきたのは、もちろんたくさん色んな人に助けてもらってきたけど、間違いなく自分自身の足だ。どんな些細なことでも、たくさんある選択肢を一つ一つ考えて悩んで選んできた。その過程において音楽の実用性はとても低い。音楽は、どんなに辛い状況にあっても正解を教えてくれない。手を引いて幸せな未来に連れて行ってもくれない。寂しい、辛いと泣いた涙も拭いてもくれない。生きることを休みたいと思ったことを肯定もしなければ、否定だってしてくれない。頑張ったねと頭を撫でて抱きしめてくれるわけでもない。どんな時だって、選択をするのも自分自身で、辛い状況でも涙を自分で拭いて立ち上がって歩かなきゃいけない。
それでも音楽は“時間と距離を飛び越えて”私の前に届くだろう。それが今の私でも、過去の私でも、そして未来の私でも。それが音楽の持つ最大限の強みだ。

『時間と距離を飛び越えて
君のその手からここまで来た
紙に書かれた文字の言葉は
音を立てないで響く声』〈流れ星の正体〉

この歌では“時間と距離を飛び越えて”来るものは、“君”からBUMP OF CHICKENに向けられた言葉のように言われているが、その逆もきっと同じだろう。誰かに届けと念じた言葉や歌、音は“時間と距離を飛び越え”るように出来ているのだ。

そうやって飛び越えてきてくれた音楽だからこそ、今の私が自分自身で涙を拭いて立ち上がる力をもらった。そして、八方塞がりの暗い部屋で生きることを休みたいと願っていた昔の私のところでさえも、その音楽は飛び越えてきてくれた。「やあ!よく頑張って耐えたね」と。
膝を抱えて暗い部屋で泣いていた過去の私に、声をかけてくれた。その事に今の私が気がつけたことで、過去の私が頑張って耐えてきたことは無駄にはならなかった。過去の私を誇らしくさえ思わせてくれた。
そして未来の私は、きっと踏ん張ってきた昔の私を見て、「あの時頑張ったから、もう少し踏ん張ってみようかな」って涙を拭って前を向けるはずだ。

『強くなくたって笑いたい
涙を拭った勇気の手』〈GO〉

この勇気の手は、過去も今も未来も自分自身のものだ。どんな時も信じていられる。それを忘れかけて、もう涙も拭えない、立ち上がれない、休みたいって思った時にこそ、きっと彼らの音楽は“時間と距離を飛び越えて”私の元に届くだろう。

「君はそんなに強い勇気の手を持ってるよ」って教えてきてくれるのがBUMP OF CHICKENの音楽だ。そして彼らの音楽は、こんなメッセージも忘れないはずだ。

「その勇気の手を使うのは君自身だよ」
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