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スキマスイッチが見せてくれた"すこしふしぎ"な景色

コロナ禍における音楽とミュージシャンの存在意義を考える

2021年4月24日。
本当は1月のうちに終わっているはずだったスキマスイッチのツアー"Smoothie"が、なんとか無事に幕を下ろした。
コロナ禍による影響ではなく、大雪の影響で延期になっていた金沢公演。
3ヶ月先に延期となる、という報を耳にしたときに、わたしはうっすらこんな期待をした。

「この頃には100%お客さんを入れられるようになっていないかな」

でも残念ながら、その願いが叶うことはなかった。

コロナ禍でライブ、エンタメ業界にはさまざまな制限が課せられている。
そんな中でも、スキマスイッチが大切にしている「ライブ」という場を成立させる方法、お客さんにも楽しんでもらえる方法を模索した結果、彼らが選んだ道は「バラード〜ミディアムの楽曲を中心に、着席・発声なしでも楽しめる」という形態のツアーを新たに立ち上げること。
"Smoothie"は、そんなコンセプトをもとに2020年12月からスタートしたツアーだった。

ツアー開催が発表された秋口。
それは、まだ世の中に「ライブ」という場が戻り始めたばかりの頃だったと記憶している。
先陣を切って関西圏でフェスなどが開催されていた上、スキマスイッチ自身も5月から延期になっていたフェスに10月に出演するなど、音楽を奏でる場は戻り始めていたものの、自らの名(看板)を引っ提げて行うツアーを再開するアーティストはまだ数えるほど。
告知がされた際にも手放しで喜ぶことができない、少し複雑な気持ちがわたしの中にはあった。

なぜなら、まだまだ「ライブ=人が集まる場所」という認識により、世間から後ろ指を指され、足を運ぶことが難しい人がたくさんいる状況だ。
限られた場所で開催される以上、県境をまたいで移動できずに参加を断念せざるを得ない人もいつも以上にいるはず。
いつだって、どんなときだって行けない人は誰かしらいるものだし、何かしらの賛否は起き得るものかもしれないけれど、今回ばかりはいつも以上にさまざまな意見が出てくることが容易に予想される。
飛び込んだ報には喜びながらも、そんな先々に待ち受けるであろう困難に心配すらしてしまった。

しかし、ファンですら予想できること、本人たちが考えていないはずはなかった。
そもそも、メジャーシーンですでに長くキャリアを重ねる人々だ。
周りを取り囲むスタッフだってプロフェッショナルの集まり。
実際にツアーが始まってみると、自分たちが演奏する場、生きる場を作るためだけのツアーではなく、自分たちにかかわる人たちの仕事を生むためのツアーだったのかもしれないと節々で感じることができた。

10箇所12公演のツアー。
よくよく開催地を見てみたら、北海道(札幌)、東北(仙台)、関東(結城・中野)、東海(名古屋)、北陸(金沢)、関西(大阪)、中国(広島)、四国(高松)、九州(福岡)とこれまで彼らが全国ツアーでかかわっているイベンターすべてが最低1公演は公演を打つことができるラインナップになっていた。

彼らがこれまで47都道府県ツアーを成し遂げることができたのも、ほぼ毎年20〜30本を超えるツアーができるのも、各地にイベンターが存在しているからこそだ。
イベンターが存在しなければ、スキマスイッチがこれまでの規模感のツアーを回ることはできなくなる(スキマスイッチに限らず、ほぼ全アーティストがそうと言えるはず)。
ライブ会場に音が鳴る日々が徐々に戻り始めていたとしても、蓋を開けてみればそれらは主に東京や大阪の大都市圏がほとんどな状況。
イベントを打つことなしにビジネスを継続することが難しい各地方の企業を助けるには、「イベントを開催する」という術しか存在しない。

ああ、だから動くんだ、スキマスイッチは。
ツアー初日、結城公演に足を運び、会場でたくさんのスタッフの方々が働く姿を見て納得した。

"Smoothie"ツアーは、全編を通してスキマスイッチが「音楽」に向き合う姿勢と大切にしたいこと、「ライブ」というものが生み出す数々の奇跡、そして失いたくないものを伝えている、そんなふうにわたしは受け取った。

ステージの背にあるスクリーンに、ネオンを模したツアーロゴが投影される中、ひとり歩いて登場する常田真太郎さん。
静寂の中、ひとりでピアノの音を奏で始め、演奏の途中でバンドメンバーがステージに合流する。
ステージ上に眩い光が差し込み、ボーカルの大橋卓弥さんが最後に登場、そして"Smoothie"の世界は幕を開けた。

1曲目に演奏されたのは『ボクノート』。

「キレイじゃなくたって 少しずつだっていいんだ
この痛みをただ形にするんだ」

驚くことに幕開けの曲が日替わり曲だったことも、冒頭からスキマスイッチの変わらぬ「らしさ」を感じる瞬間だった。
彼らが幕開けにふさわしいと考え選んだもうひとつの楽曲は、『ハナツ』という楽曲だ。

「僕たちは待っているばかりで 何時(いつ)だって傍観者だ
流星みたく 英雄(ヒーロー)が現れると信じている
でも どこかの誰かじゃなく 自分でありたいと想って
意気込んで 躓いて 転がっても 挑んでいく
靴紐を固く結んで」

どちらもバンドサウンドとスキマスイッチふたりだけの演奏パートのコントラストがはっきりとした楽曲。
この曲により、このステージが「ふたりだけ」で作られているのではないことを、冒頭から痛感させられた。
降り注ぐ音は、ステージ上にいる9人の技術と知恵の結集によるもの。
そして眼前に降り注ぐ光も映像も、これだけの人数が一斉に奏でる音がクリアに耳に入ってくるのも、見えないところにいるプロフェッショナルの力あってこそだ。
まだ歌しか聞いていない状況。言葉で多くを語らずとも、今回のツアーをやる目的や伝えたいことが伝わってきたような気がした。

ライブの前半戦は、ほんの少し挨拶程度のMCを挟みながらも、これまで彼らが作ってきた楽曲を年代問わずピックアップし、畳み掛けるようにひとつのストーリーが展開されていた。

「僕らの証 打ち鳴らしたい 響き渡れ!」と歌う『LとR』。
「あえて言葉にはしない みんなで笑えばそれこそが僕らのエール」という『思い出クロール』の歌詞は、発声ができない今の状況でも客席から伝えられることはあるのかもしれないと思わせてくれた。
『願い言』では、「君がここにいてくれさえすれば ただそれだけでいいんだよ」と歌い、『life×life×life』では「try cry try それくらいが僕らしいんじゃない?」と大橋卓弥さんが柔和な笑顔で語りかける。
そして、「思い出は時に曖昧で 美しくすり替わっていく それでもいい そうだとしても忘れたくない」と『Revival』で歌った上で、『マリンスノウ』の「君のこと 空気みたいだと思っていた 失くしたら息苦しくて」という歌詞が、わたしの心にとどめを刺した。

一聴すると、人の出会いから別れまでを描いているこの流れ。
しかし、この物語はもしかするとスキマスイッチと音楽、スキマスイッチとライブ、そしてスキマスイッチと観客(ファン)のことを歌っているのかもしれない。
一連の流れを終え、「この流れはすごく体力を奪われる」とハイカロリーさに苦笑いするふたりの会話を聞いて、きつさを理解しながらもこの流れで伝えたいメッセージがあるのだろうとわたしは勝手ながら読み取ってしまった。

あくまで「いつも通り」なゆるいMCを挟みながらも、中盤で披露された新曲『吠えろ!』にまたはっとされるフレーズが差し込まれていた。

「「セイ・ハロー」って笑う未来 想像したようには イマイチいかなくても」
「ライフ・イズ・イバラの道、ケモノ道 泣いている暇はねぇぞ 吠えろ!」

ライブツアーは、前述したように多くの人々が力を結集して成立するものだ。
彼らが「やりたい」と言って、すぐにできるものでもない。
きっと彼らだって、明るい未来を想像して歌を届けたくて計画を立てていたはず。
2020年2月に終わるはずだったツアーは中断・延期となり、出るはずだった夏フェスも中止に。夢の海外公演も、度重なる延期の末に中止という苦渋の決断を下すこととなってしまった。
それでも音楽家である以上、自分のフィールドで世の中に貢献できることはないか、周りの人たちを助ける術はないのか、制約ばかりの中でも実現できる形を模索した結果のこのステージなのだろう。
泣いている暇があったら、嘆いている暇があったら、音を鳴らして前に進む。
それがスキマスイッチが出したひとつの答えなのかもしれない。
前半戦で受け取った気がしていた音楽やライブに対する想いを、この曲が裏付けてくれたように感じられた。

そして、このツアーのステージでは1曲1曲から読み取ったメッセージを答え合わせするように、次々と楽曲が演奏されていく。
「あぁ!何でもない日々が最高の幸せ! そんな風に君といつまでも一緒にいられたらなぁ。」と歌う『種を蒔く人』。
10周年の際にこれまでの月日を振り返りながら、支えてきてくれた人へ感謝の気持ちを綴った『Hello Especially』では、「明日もがんばろうぜ 今そこにある未来へ 駆け出してさぁ、行こう!」と周りを(ともすると自分自身をも)鼓舞する。

着席スタイルでのライブながらも盛り上がりを見せる後半戦は、スキマスイッチのライブアレンジの歴史をハイライトのように振り返る展開だった。
2013年の10周年記念ツアー"POPMAN'S WORLD"を踏襲した『アカツキの詩』に始まり、2012年の"musium"ツアーを彷彿とさせる『螺旋』。
『飲みに来ないか』は、2016年に立ち上げられた既存曲をふんだんにアレンジするツアー"POPMAN'S CARNIVAL"で演奏された斬新なアレンジそのものだった。
ステージ上にいるメンバーと多くの時間をかけて作り上げてきた財産に改めて目を向けることで、重ねた日々の重さと尊さを実感する。
そして、毎回のツアーで楽曲に新たなアレンジを加えて観客を驚かせる彼らがあえて過去にスポットライトを当てることで、失ってはいけないものがそこに存在することを声高に伝えに来ているような気持ちになった。

そう、わたしたちはこの空間の楽しさを忘れてはいけない。
これまでの日常を諦めてはいけない。
変化せねばならぬところは適応しながらも、信念を曲げてはいけない。
守りたいものを守るためには、全力でできることをやるしかない。

……でも、わたしみたいなたったひとりのファンにできることはあるのだろうか。
繰り出される楽曲に驚きながら、そして楽しみながらも、頭の片隅にはそんな考えが渦巻いていた。

しかし、まるで人の心の中を読むかのように、浮かんだ疑問符に対する答えをすぐに提示してくれるのがスキマスイッチだった。
2020年12月から2021年1月という2度目の緊急事態宣言が出た最中に行われた本公演。振替公演が行われた2021年4月すら、3度目の緊急事態宣言が発令される前日というセンシティブな日に開催された今回のツアー。
時期によって表現は異なれど、本編最後のMCで大橋卓弥さんはぽつりぽつりと言葉を選びながら、こんなことを話していた。

「今回のツアーは、毎公演これが最後になるかもしれないと思いながらステージに立っていた」
「こんなときに音楽は必要なのか。やらないほうがいいんじゃないか、スタッフたちとも意見を交わしながら1公演ずつ決断を下していた」
「"Smoothie"は、とても難しいツアーだった」

けれども、彼らはステージに立つことで受け取った想いや自分たちの心の中に湧き出た気持ちを、このように語ってくれた。

「僕たちはみんなに会いたい。今まで自分たちにとって日常で当たり前だと思っていたライブという空間が、こんなにもありがたいものだと今回気付かされた」
「自分たちを信じて、スタッフを信じて、お客さんを信じて進んできたツアーだった。そして、みんなのおかげで全公演をやりきることができた」
「今回は『行かない』という決断をした人もいる。その人たちのためにも、僕たちはステージに立ち続けなくてはならない。ずっとやり続けていかなくてはならない」
「声を出すことができなくても、拍手だけでも気持ちは伝わる。今回、ステージからみんなに元気を届けようと思って来たけれど、逆に僕たちがパワーをもらってしまった。だから、またお返しをしないといけない」

忘れてはいけない。彼らにとって「音楽」は生きる術だ。
わたしは、彼らの一字一句を胸に刻んだ。
こうした言葉に加え、「僕たちの今の気持ちを最後のこの歌に込めたいと思います」と続けて歌ったのは、『SF』という楽曲だ。
スキマスイッチが、10年以上キャリアを築いた上で満を持してリリースした、自分たちのユニット名を冠したアルバム『スキマスイッチ』。
同アルバムの最後に収録されたこの楽曲は、彼らが音楽を続ける決意を表したものだった。
当時は力強さと頼もしさを感じ胸打たれた楽曲。しかし、今このタイミングで耳にすると彼らの心の奥底にある切実さが透けて見えるような気さえしてしまった。
端的に言えば、苦しい。
だって、そもそもこんな言葉を言われても「そんなことないよ」と言うことすらできないのだから。

「強い力で君を守れやしない」
「時間を止めるなんて出来やしない
時間を巻き戻すことも出来ない」

この歌詞を口にする大橋卓弥さんの表情と声は、無念の気持ちそのものだった。
しかし、この歌はこの先の間奏からバンドサウンドが加わることで新たな扉が開き、それに触発されるように常田真太郎さんの鍵盤も、大橋卓弥さんのギターも声も感情がむき出しになっていく。
そして放たれるのは、この言葉だ。

「何も出来やしない
不思議なポケットなんてないけど
大切な人の涙を僕が
止められたなら

君がいるから
今日もギターをかき鳴らして
歌う」

最後のフレーズを歌うと同時に、さらに熱量を増す演奏。
眩いばかりの光に包まれたステージを見つめながら、わたしはこんな風に思った。

"Smoothie"というツアーは、今この言葉を歌うためにあったのかもしれない。
きっと、ここでこの決意を歌う必要が彼らにはあったのだ。
守りたいものを守るため、彼らがスキマスイッチとしての歴史をこれからも刻み続けるには、この歌を歌った証をここに残しておくことが必要だったんだ。
そしてこの場にいる「君」も、この光景を映像作品や音源で受け止める「君」も、彼らが音楽を続けるためには欠かせない存在なのだ。
「音楽」や「ライブ」への想いを歌ったかのようなパートも、これまでの歴史と財産を振り返るパートも、全部この楽曲、このラストシーンへの伏線だったんだ。

彼らの音楽は、そこに「君」がいなければ成立しない。
受け止める側だと思い込んでいたリスナーも、楽曲を構成する一員なのだ。
たとえ、顔にマスクをつけ、見えている部分は目だけだったとしても。
表情を100%見せることができないのみならず、声を発することができなくても、感受性豊かな彼らは限られたコミュニケーション手段からこちらの想いを感じ取ってくれるんだ。
今それを理解できたことが、"Smoothie"ツアーの大きな収穫のように感じられた。
そして、この時代にスキマスイッチの音楽に出会えていてよかったと痛感した。

受け取ったものをきちんと言葉や態度で返してくれる。そんな人間味に溢れているのがスキマスイッチなんだ。
だから、辛いときも悲しいときも嬉しいときも楽しいときも、必ずその状況に似つかわしい楽曲が存在しているんだ。

でも、ひとりだったら辛くて逃げ出したくなってしまいそうな状況下でも強く在り続けることができるのは、きっとスキマスイッチがふたり組で、かつ周りを支える多くの人たちが存在するからなのだろう。
人の弱さを理解できるのは、自分の中にも弱さがあるからこそ。
互いの弱さと強さを理解し、補い合って支え合っているからこそ、アンコールで歌った『晴ときどき曇』の「やりきれないと逃げ出すことで救われるくらいなら そんな未来は必要(いら)ない」と言い切れる強さが生まれるのではないだろうか。
物理的、心理的距離感を歌いながらも、絶望だけでなく希望が垣間見られる『奏(かなで)』や『藍』を挟んだ上で、彼らが最後に選んだ曲はライブがこの世から消えた2020年春先に作られた『あけたら』という楽曲だった。

「歌う場所が奪われて、自分の存在意義が否定されてしまったような気持ちになってしまうこともあった」
「音楽はみんなの生活に必要ないものなのかもしれない、そう考えてしまったこともあった」

大橋卓弥さんが"Smoothie"ツアー初日に語ったこのような言葉。
大好きな歌を歌う人、歌でわたしたちの人生に彩りを与えてくれる人、そして心の底から音楽が好きなことが伝わる人の口から、こんな言葉が出る日が来るなんて思ってもいなかった。
わたしは、無意識のうちに強く拳を握りしめて、涙を堪えていた。手のひらに爪の痕が残るほどに。

でも、スキマスイッチがふたりだったから、周りに手を差し伸べてくれる人たちがたくさんいたから、立ち止まらずに活動を続けることができたのだとうかがえる話を同時に聞くこともできた。
「押し潰されそうになって眠れない夜もある」世界にいた大橋卓弥さんを救ったのは、彼にないものを持つ常田真太郎さんや支えるスタッフがいたからこそなのだろう。

「この夜が明けたら
どんな日が景色が待っているかな
いつもの日常 それとも予想以上?
きっと輝く未来」
「あけたら あけたら
必ず君を真っ先に迎えに行こう」

さまざまな角度から支える「君」がいるから、スキマスイッチは「希望の歌」を歌える。
それを裏付けるかのように、"Smoothie"ツアーの最後に彼らは「みんなが届けてくれるメッセージに救われている。元気をもらっています」と伝えてくれた。
ライブという場はもちろん大切で失いたくないものだけど、顔が見えなくても、声を届けることができなくても、そして現地に足を運ぶことができなくても、彼らにエールを送る手段はたくさんあると感じさせてくれる瞬間だった。

「みんな元気でいてください。僕らも元気でいますから」
こんなときも、自分たちより先にこちら側の心配をしてくれるのがスキマスイッチだ。
願わくば、この言葉がその場にいなかったひとりでも多くの人に届きますように。
彼らがこんな時代でもライブツアーを決行した理由が、曲がった意味で広がらず、彼らの真髄として受け止められますように。
そして、今回のツアーをさまざまな想いを抱えながら、それぞれの場所から各々の手段で応援した全員が、また同じ場所に集える日が一刻も早く戻ってきますように。
Wアンコールで披露してくれた『Ah Yeah!』や『全力少年』で投げた(回した)タオルに、わたしはそんな願いを込めた。
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