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ブラインド・フェイス 虚無を塗り替える鮮やかなロック

至上なる唯一の音楽 ついに生きるべき道をみつけた

英国ロックの名ギタリスト、エリック・クラプトンのいたバンドとして知られるブラインド・フェイス(BLIND FAITH)は、1969年にただ1作のアルバムを残して終わった。その当時ブラインド・フェイスはスーパーグループといわれていたらしい。アルバムのタイトル原題は「BLIND FAITH」だが、日本では「スーパー・ジャイアンツ」という名前がつけられていた。彼らにはそれだけのインパクトがあったのだろう。もしもこの作品が、岩石界の超巨人軍団というタイトルだったらもっとかっこよかっただろうか。しかし大仰な名前よりも、彼らブラインド・フェイスは未だ忘れられない美しい音像の、信頼できる音楽を遺した。この作品をやみくもに"時代の産物"だといってロックの名盤コーナーの片隅に燻らせていてはいけないのだと思う。これは過激なロックギタリストとしての全盛期エリック・クラプトンが、ギターロックの可能性を意識し、その時代を読んでいた一面を最後に残したものといってもいい。そして聴きどころはそこだけではない。

ロックの時代を革新したともいえるエリック・クラプトン在籍のバンド、クリーム(CREAM)はよく知られている。1960年代から70年代にかけるブリティッシュロック、ハードロックの礎を築いたのも、クリームだといわれる。クリームが解散したのが1968年。ブラインド・フェイスはその後の新たな展開を期待されたバンドといっていいかもしれない。

英国ロック界でクリームと同じく活動を休止したグループ、トラフィック(TRAFFIC)がいる。彼らも強い影響力をもっていたバンドだ。トラフィックに於けるリズム&ブルースの名将スティーヴ・ウィンウッドは、スペンサー・デイヴィス・グループから続くこのバンドの名うての歌い手だった。
大まかに言えばブラインド・フェイスは、同じ時に意気投合したエリック・クラプトンとスティーヴ・ウィンウッドの共演ともいえるが、クリームの同じくメンバーだったジンジャー・ベイカーを加えて結成されたのが、つまりこの期待のスーパーグループというわけだ。そうしてもう一度、クラプトンとジンジャー・ベイカーが組むとなれば聴き手の期待も膨らむだろう。もう一人の"スーパー・ジャイアンツ"は、リック・グレッチというベース奏者で、彼は英国の個性派バンド、ファミリー(FAMILY)から脱退してまで参加したのだという。彼らが新しく結成したバンドで何をどうやりたかったのかは音楽を聴いていくしかない。しかしエリック・クラプトンはクリームと同じようにはしたくなかったという。

クリームの音楽といえば、たとえばライブでの演奏家同士(エリック・クラプトン、ジャック・ブルース、ジンジャー・ベイカー)3人のエゴのぶつかり合い、過剰な競争心の軋轢がこのバンドの特色のように伝えられてきている。しかしスタジオ録音に於けるクリームの世界は、その語られてきたイメージよりも、より英国的であり格調高い雰囲気がある。ブルースとジャズをサイケデリックに解体し組み立て直すことによって生まれるこの時代ならではのロックは、破天荒なギターと暴れまわるリズムを得てさらに自由にロックンロールの世界から抜け出ていた。ジャズに影響を受けていた演奏家ジンジャー・ベイカーと、同じくジャズ出身のジャック・ブルースの作曲と詩人であるピート・ブラウンの作詞によるイメージの創出は個性的な3人の世界観をまったく奇妙な形相で引き出した。

クリームの主役とはいったい誰なのだろう。エリック・クラプトンの音楽、という説明はたぶん正しくないが、やはり音の成り立ちの上で重要な部分はギターに依るところが大きい。エリック・クラプトンにはルーツミュージックとしてのブルースがある。それでもクリームは純粋なブルースロックだけには括れないバンドサウンドで音楽を表現した。クリームの音楽に於いて重要なのは実は詩なのかもしれない。ピート・ブラウンによる意味深な言葉遣いをロックの語法とビートにのせて唄い過激な演奏に仕立て上げることが、この音楽の面白いところなのだと思って聞けば今まで聴いてきたイメージも変わる。わかりやすいブルース形式を激しく解釈したものを聞くのならまだしも、詩や言葉の意味を通り過ごして音だけで聴くクリームの音楽はとても奇妙だと思う。クリームの音楽性にはダダイズムの影響があるともいわれている。

エリック・クラプトンはクリームのバンドでもいくつか唄っていたが、主に唄っていたのはベーシストのジャック・ブルースだ。この点がエリック・クラプトンのファンとしてのクリームへの微妙な好みの違いを生むのだと思う。クラプトンを好むロックファンやそれらのギタリスト志望の人たちは多いのに、クリームの後のジャック・ブルースの活動を追っている人はあまりいないように思える。クリームのバンドでの主役をギタリストのエリック・クラプトンと捉えるか、主な作曲者で歌い手のジャック・ブルースを主役と捉えるかで、この音楽への向き合い方は変わるのだろう。

今まで僕はクリームをギターロックとして聴き続けてきたけれど、気づけばドラムの音に聞き耳を立てていることも多い。聴くほど徐々に次はジャック・ブルースの唄がいいと思うようになった。一方でこの時代のクラプトンの唄い方と発声はとても良い。その後ソロになって、唄はブルース風に上手くなっていくけれど、本来の声質に宿るロマンティックな味わいはクリームのこの時期ならではと感じる。そしてクラプトンの活動を追えば、彼のロックギタリストの鋭さが年々に丸くなっていくことにがっかりしたというのが聴き手としての正直な気持ちだった。ロックにはギターが必要で、そこにまとわるロックミュージックの鋭さについて、どこまでも囚われつづけることも命題なのだ。
ロックへの探究。その面ではクリームこそ、クラプトンのロックの時代の冴えた感覚をみることができるバンドなのだろう。そしてその後に残されたブラインド・フェイスは、クラプトンのそれ以前の形式とその後への志向が混在し、旨くミックスされたところの演奏が聴けるのだと思う。いわばこれは過渡期の音楽だが、目標への模索と探究が生む瞬間の鮮度はみずみずしい。
そうしてブラインド・フェイスが演奏するものは彼らのそれまでの音楽とは違っているのも本当だった。

このアルバムでもっともインパクトがあるのは始まりの1曲目"Had To Cry Today"だろう。執拗に繰り返されるギターリフと併せてヘヴィーなドラムの畳みかける展開はうねうねと進むようで行ったり来たり、圧力と緩和のコード展開は不穏だが同時に意外な心地よさもある。ロックのダイナミズムでもある疾走感よりも、延々と叩きつける無常のガレージロック感覚に、ロック創成期の、彼らの演奏家としての凄味を感じる。いわばクリームでやっていたことを進展させたのがこういう曲想なのか。それよりも強く想わせられるのはジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンスのぶっ飛んだ実験的ロックサウンドだと思う。ブラインド・フェイスのアルバムで特徴的な音はまさにエクスペリエンスのような乾いたドラムサウンドともいえるだろう。ブラインド・フェイスが意識していたのはまちがいなくジミ・ヘンドリックスのサウンドと感じる。

ひとつ興味深い事がある。ジミ・ヘンドリックスの1967年作品「Axis: Bold As Love」とブラインド・フェイスの、同じく関わりがあるエンジニアGeorge Chkiantzの存在だ。彼は後にローリング・ストーンズにレッド・ツェッペリン、キング・クリムゾンの70年代のアルバムにエンジニアやミックスで参加しているらしい。さらにリック・グレッチがいたファミリーのアルバムではエンジニア以上にプロデュースでも活躍している。George Chkiantzがイギリスのオリンピックスタジオのエンジニアだったということを考えても、1960年代から70年代にかけてのロックの名作で、このスタジオで録音した作品は多いから、彼も度々そこに立ち会う機会があったとみる。ブラインド・フェイスのアルバムでのメインエンジニアは、数々のロック名作の録音で有名なアンディ・ジョンズらしいが、George Chkiantzはアシスタントでそこを手伝ったのか、正式なクレジットは残されていないという事も多いようだ。同じように正式な記名はないにせよ、George Chkiantzが関わっているらしいソフト・マシーンの69年作品「Volume Ⅱ」の音響はジミ・ヘンドリックスの当時のサウンドと何処かで通じている。そしてジミ・ヘンドリックスとソフト・マシーンはこの時代、アメリカツアーを共にしたのだという。そのツアー中に録音されたソフト・マシーンの68年作品「Soft Machine」のプロデュースはジミ・ヘンドリックスと同じくアニマルズの元メンバーとして知られるチャス・チャンドラーだった。そして「Volume Ⅱ」のExecutive Producer(製作責任者)はアニマルズからジミ・ヘンドリックスに続く彼らのマネージャー、マイケル・ジェフリーだという。そうなるとアニマルズとジミ・ヘンドリックス、ソフト・マシーンの関係性も繋がってくるかもしれない。またエリック・バードン&ジ・アニマルズの68年作品「Love Is」のギタリスト、アンディー・サマーズは一時期ソフト・マシーンのライブツアーにメンバーで参加していたという。

僕はずっと、クリームとソフト・マシーンは似ているかもしれないと思っていた。次第にジミ・ヘンドリックスとソフト・マシーンの音の成りが響き合うのだと気づいた。ある日、アニマルズとソフト・マシーンには関わりがあると知って、これらが結び付く"交差点"を探りたくなった。
クリームの音楽に影響があるというダダイズム。そしてソフト・マシーンの音楽にもダダは重要な一面だろう。ここにジミ・ヘンドリックスを結ぶとしたら、67年のアルバム「Are You Experienced ?」の一曲"I Don't Live Today"の音楽は歌詞の面からいっても、もしかするとダダかもしれないと思う。そしてさらにアニマルズを結ぶとしたら、彼らの68年アルバム「Love Is」の最終曲"Gemini"から続く"The Madman"にダダと共通するものがあるといえるかもしれない。
"ダダイズム"が何かについて語るほどの深い知識はないので申し訳ないが、簡単にいえば、"ダダ"は既成概念に対する否定や反抗、芸術思想に於ける秩序への破壊を意味するという。60年代半ば、クリームやジミ・ヘンドリックス、ソフト・マシーンが音楽で現していたものも実は、それと通じているのは判るだろう。そしてここに空気として重く淀んでいるものは虚無だろうか。その虚無でさえも破壊していく彼らのエネルギーは時代観を超えて今現代にまで強く感じられる。そこには、ねじれたユーモア感覚もあるのだろう。彼らの関係を繋げていけば、それらを個々で聴くよりも音楽の時代への理解が深められると思う。


一方「BLIND FAITH」のアルバム2曲目の"Can't Find My Way Home"の曲想は、かわってアコースティックな響きのフォーク風味が強い。未発表バージョンとして残されている元曲はエレクトリックなアレンジだったということも判っているが、これが実にトラフィックを感じさせる唄だということは、新たな語法としてのブラインド・フェイスではそうしないという最終的な、彼らの選択ではあったのだと思う。このアコースティックな"Can't Find My Way Home"の曲を今聴くと、2020年代の新しいフォーク世代が発表した音楽だといっても何ら不思議でないような新鮮さに溢れている。

そうしてアルバムの3曲目"Well All Right"は"ロックンロール"の時代のスター、バディ・ホリーのカバー曲という。ここで響く太めのグルーヴ感は、軽めのイメージのバディ・ホリーとは大きく違って暑さと圧力に任せてそれでも愉しげに転がってゆく。ジンジャー・ベイカーのドラムの決め決めの連続に迫力があって素晴らしい。またエリック・クラプトンのギター音にレズリースピーカーを通した音色が多用されるところからみても、またもやジミ・ヘンドリックスのサウンドへの意識は強いのだと思う。

ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンスの1968年作品「Electric Ladyland」にはスティーヴ・ウィンウッドやトラフィックのメンバーが参加していたが、もっとも強烈な印象を残す演奏である"Voodoo Chile"は、15分に及ぶジャムセッションのブルースだ。そこでのスティーヴ・ウィンウッドのオルガンといったらジミヘンをまるごとちゃぶ台返しするかのように過激だった。長尺のブルースジャムはライブ録音のようにも聞こえるが、音作りにはしっかりとした計画性があったという。この時代にあったライブでの、いわゆる即興的なジャムセッションは自由な表現によって延々と続いていったものも多いようだ。クラプトンのクリームのライブもそうだろう。そしてウィンウッドのトラフィックもそういったライブのジャムセッションは得意としていただろう。トラフィックの一時的活動休止による最終アルバム69年の「Last Exit」には、同じ時代に彼らが志向した長尺のライブ演奏が一部収められている("Feelin'Good"と"Blind Man")。これは当時のロックの熱気を感じさせるものであり、やはり時代感はある。トラフィックのライブは響きとしてかなり激しいもので、ヘヴィーな音楽が好みなら刺激的だ。スティーヴ・ウィンウッドは新しい時代を切り開くブルーズ表現の天才的閃きを放っている。

そういったライブでのジャムセッションの自由な拡張を感じると、ブラインド・フェイスのアルバムでもそれと同じ試みが為されている曲がある。ジンジャー・ベイカーによる作品"Do What You Like"は15分にもなる長尺の演奏だ。ここではジャズの音楽のように最初にテーマの提示があり、続いて各々のソロプレイが順次に現れて、最後にまたテーマに戻ってくるといった構成になっている。ロック音楽に於けるこういった方法はサイケデリックなジャムセッションなど、当時の時代の産物として捉えられがちだが、モダンジャズではよく用いられている基本だろう。しかし流し聞きをせず何度も繰り返し聴いていると、これがジャムセッションの瞬間を切り取ったものでないことが次第に感じられる。先述したジミ・ヘンドリックスの"Voodoo Chile"でのジャムセッション風の演奏が実は計画性のもと表現を突き詰めたのと同じように、ブラインド・フェイスの"Do What You Like"もそのような同じ方法が採られているのだと思う。そうでなければこの緊張感は容易に持続するものではない。ブラインド・フェイスのアルバムのデラックス版のCDが出ているが、そこにはリハーサル録音と完成までの間のラフなジャムセッションが多く残されている。それらを聴き比べると如何に"Do What You Like"が入念な構成で成り立っているのかが判るだろう。

いわばブラインド・フェイスのジャム風とも思われがちな"Do What You Like"の演奏は、ロックの時代の熱気をライブ感によって表現するというよりは、たとえばロックの影響を受けたジャズ界のマイルス・デイヴィスがやり始めたいわゆる"エレクトリック・マイルス"の世界観と通じているのではないかと感じる。そうであれば、ジャズを標榜していたジンジャー・ベイカーがジャズの先端にいたマイルス・デイヴィスに感化されていたとしてもおかしくはない。
そして"Do What You Like"に於ける聴きどころ、最初のソロ演奏はスティーヴ・ウィンウッドによるオルガンプレイだが、これがいつものウィンウッドとは響きが違うのがまず判る。彼がソロ演奏で使用する鍵盤はLowrey Organの音色だ。当時これを扱っていたロックミュージシャンはザ・バンドのガース・ハドソンとソフト・マシーンのマイク・ラトリッジではないか。スティーヴ・ウィンウッドのプレイは、響きとしてソフト・マシーンに近い音だと思う。アメリカではおじいちゃんの趣味ともいわれるロウリーオルガンに、ファズを掛けて狂い弾くマイク・ラトリッジは過激だが、彼らソフト・マシーンもマイルス・デイヴィスの"エレクトリック・マイルス"のような新たな音楽を標榜していたグループだった。
それから"Do What You Like"の2番目に出てくるソロ演奏はエリック・クラプトンによるギタープレイだ。これもまた今までの彼らしくないフレーズで攻めていく。この感触はロックというよりジャズだろうか。当時イギリスでエリック・クラプトンと同じくらいの影響力をもっていたギタリストはジョン・マクラフリンとよくいわれているけれども、ここでのクラプトンはジョン・マクラフリンのような感覚ではあるのかもしれない。だとするとまたもやマイルス・デイヴィスがよぎる。ジョン・マクラフリンがマイルスのグループに参加したのは69年の事だという。マイルス・デイヴィスの「Bitches Brew」や「Jack Johnson」の音楽にある不穏な空気と緊張感。然すれば、ジンジャー・ベイカーが自身のこの作品で意図したことは"ロック"ではなく「ロックの時代」の"ジャズ"だった。そして本来ジャズグループといわれてもおかしくない、かつてのクリームが"ロック"と呼ばれてきた事、彼らの表現が単なる演奏家同士のエゴの衝突ともいわれた事に対するジンジャー・ベイカーの怒りだったとすれば、その反骨心を表すかのように、この次なるブラインド・フェイスに於ける彼の意思表明は、自身の本当の実力、音楽力の明確な提示ということなのかもしれない。ブラインド・フェイスのバンドとしての聞きどころは、まさしくジンジャー・ベイカーのドラムだといってもいい。かつてクリームでの彼のドラムソロの演奏に退屈さをおぼえた人も多いかと思う。けれども"Do What You Like"のソロプレイでの彼の愉しげで、かつ聴き手にも響くリズムの楽しさの伝達力は素晴らしい。そこからテーマに戻る時のスティーヴ・ウィンウッドが、オルガンで鮮やかに斬り込む瞬間は清々しく美しい。そしてこの長尺曲の緊張感は最期に散り散りと破片のようにドシャメシャに砕けてゆく。英国のユーモアという以上にこれもダダの表現ではないかと感じる。

また"Do What You Like"を聴いていて気になる点は、ブラインド・フェイスがそういう即興的演奏のなかで展開したジャズからアフロ・ロックへとつなげる音楽の原初への回帰と飛躍的な可能性である。ブラインド・フェイスの後、この方向で進んだのは、ジンジャー・ベイカーであり、トラフィックをもう一度再開するスティーヴ・ウィンウッドなのだろう。ブラインド・フェイスの解散後に続いて繋がっていくグループ、ジンジャー・ベイカーズ・エア・フォースは、ジャムセッションから見いだした原初的な演奏によって、つながるアフロ・ロックの感触を探究しているといえるかもしれない。このグループにはブラインド・フェイスからのリック・グレッチとスティーヴ・ウィンウッドに加え、ジンジャー・ベイカーのかつての人脈からグレアム・ボンドやフィル・シーメンといった人達が参加し、ライブアルバムが残っている。「Ginger Baker's Air Force」の1曲目のタイトルは、"Da Da Man"だった。これも、もしかするとダダなのかと気づいた。
このライブアルバムではブラインド・フェイスの"Do What You Like"が演奏されている。ライブではより自由な解釈で拡張されてゆくのも聞きどころだが、やはりブラインド・フェイスのスタジオ録音版がきっちりと構成されていたのがここでよく解ると思う。

ジンジャー・ベイカーズ・エア・フォースのこの傾向から思い出す音楽は、たとえば70年代再編トラフィックの同じくライブアルバム71年の「Welcome To The Canteen」だろうか。
そうしてまた繋がり合うものとして思い浮かべてみると、アニマルズが60年代末にいよいよと終了した後の歌い手エリック・バードンが、アメリカのファンクバンド、ウォーと組んだラテンとジャズとアフロ・ロック路線のアルバム70年の「Eric Burdon Declare "WAR"」や「The Black-Man's Burdon」といった音楽も想像力を刺激する。そしてここには、ロンドンの60年代のリズム&ブルースとジャズの時代にジンジャー・ベイカーが活動していたグレアム・ボンドのグループと同じように、ジョージー・フェイムの影響力もあると思う。ちょうど同じ時70年に「Shorty Featuring Georgie Fame」というライブアルバムが共鳴するのではないかと思う。これはブラインド・フェイスからかなり脱線するが。

わかりやすいところでいうと、エリック・バードンがアニマルズ時代から度々取り上げてきたローリング・ストーンズの名曲"Paint It,Black(黒くぬれ!)"をウォーとのアルバムでも演奏しているけれども、ストーンズのオリジナルが当初印象付けていたラーガ・ロック(シタールを使ったインド風)のアレンジよりも、ウォーとエリック・バードンはラテン、アフロの展開によってこの曲の本質面を原初的に蘇らせているとはいえないか。
そこで、たとえばローリング・ストーンズによるアフロ・ロックの路線といえば、1968年の"Sympathy for the Devil(悪魔を憐れむ歌)"だろう。これを1曲目に配するアルバム「Beggars Banquet」のプロデュースはジミー・ミラーだ。彼はトラフィックのプロデューサーとしても知られるけれど、ブラインド・フェイスのアルバムもジミー・ミラーによるものだった。

ローリング・ストーンズがスウィンギングロンドンの大衆的なロックスターから、本来のバンドの原初を取り戻したかのような1968年は、世界情勢として革命の時代でもあり、音楽ではさらに新しい時代を印象付ける時ではあったのだと思う。68年にアメリカから現れたザ・バンドの「Music From Big Pink」の音楽の、ロックへの衝撃。ビートルズがサイケデリックポップを終わらせてロックとアコースティックの来たる時代を見せた「ホワイト・アルバム」の存在感もある。しかし同時に68年はクリームの解散があり、アニマルズが同じく解散した年でもある。そしてその一年後の69年は、早くも時代の終わりを感じさせる年になる。69年は、ストーンズのブライアン・ジョーンズの死。ビートルズの終焉。そういった69年に、新たな出発を夢見たブラインド・フェイスの音楽は、新しい時代を描くように、エリック・クラプトンが衝撃を受けたザ・バンドのように歌心を強く印象付ける音楽を志向した。一方で革新的なジミ・ヘンドリックスの実験性を念頭に置いていた事もよく判るが、同じ69年の画期的なロックアルバム「LED ZEPPELIN」を彼らはどこかで意識していただろうか。またヘンドリックスと同じくクラプトンの交流という面から考えると、69年に登場したアメリカのオールマン・ブラザーズ・バンドによるダイナミックなサウンドの共鳴も時代として見逃せないだろう(「The Allman Brothers Band」の1曲目はスペンサー・デイヴィス・グループのカバーだった)。

ジンジャー・ベイカーが照準を合わせていたのはジャズだが、その個性を出し過ぎているとは決していえないと思う。スティーヴ・ウィンウッドやエリック・クラプトンが志向した歌への推進力を盛り立てて躍動たらしめているのは彼のドラムだろう。
そして鮮やかな彼のリズムこそが虚無を乗り越えるのだ。
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