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今、カートの声を聞いてみた

『伝説のカリスマ』カート・コバーンが、案外フツーの兄ちゃんだった件

十四歳だった。
特に衝撃を受けたり、一発で虜になったりだとか、そんなことは起こらなかった。
ただ、ワケが分からなかった。
赤い髪の小男が、妙にしゃがれた声で単調なフレーズを繰り返し、左の長身なベーシストは不穏な音を鳴らし続け、ドラマーは髪を振り乱してスネアを殴りつけるように叩いていた。

それは、当時のBS2でやっていた「21世紀に残したいロックの名曲100選」といった主旨の番組で、私は物知り顔で「ビートルズが1位に決まってる。『Hey Jude』か『Let It Be』のどちらかだ」と斜に構えて見ていた。

だが、第3位に『Let It Be』が登場したことで私は愕然とする。

——ビートルズより、上がいるのか?

幼い頃からビートルズやクイーンなど、両親の世代のポピュラーなロックを聞いていた私は、第2位に登場した、やたら口がでかくてソバージュの長髪に派手な格好をした男がギャンギャンと叫ぶ曲が流れる間も呆然としていた。ちなみにこれはエアロスミスの「Angel」である。

そして栄光の第1位として発表されたのが、冒頭に書いたバンドの曲、もはや言うまでもないが、ニルヴァーナの「Smells Like Teen Spirit」であった。

しかしとにかくワケが分からなかった。
コードチェンジも少ない曲調、サビで赤い髪の男が発するのはもはや歌ではなく鼓膜に不健康とすら感じる痛々しさを孕んだ叫びだった。
——これは、なんだ?
その「ワケの分からなさ」が、ずっと引っかかっていた。

『ワケが分からない、ワケ分からないからワケ分かりたい』

というもどかしさを抱えていた。
しかし英語もろくに分からない中学生の私は、バンド名も『ニルヴァーナ』ではなく『エルヴァーナ』と見間違えていて、図書館で洋楽のコーナーで探したが見つかるわけもなかった。そうして日に日に興味が高まる中、結局「Nevermind」を入手できたのは、CD屋であの有名なアルバムジャケットを発見したからだった。

そして私は「Nevermind」を聞いた。
そこに分かり易いドラマツルギーは無かった。ヴァース・コーラス・ヴァースの繰り返し。不穏な歌詞。歌詞カードには書かれていないパートもある。
だが私はそこに魅力を見出した。
「これは私が今まで聞いたことのない音楽だ」、と。
特に「Lithium」のこの箇所。

『I like it, I’m not gonna crack
 I miss you, I’m not gonna crack
 I love you, I’m not gonna crack
 I killed you, I’m not gonna crack』

中学二年生でも、『crack』の意味は分からなかったが、動詞の変化くらいは聞き取れた。
そして私はこれを非常にかっこいい言葉遊びだと思って友人知人に語りまくっていた。
もはやすっかりカート・コバーン中毒者である。


その後、ふと立ち寄った本屋で、私はローリング・ストーンズ誌が出していたカート・コバーンのトリビュート本を発見した。中学生にはかなり高額な買い物だったが、私は興味を抑えきれず、結局購入して、全ての文字を瞳に焼き付けるかのような真剣さで読み込んだ。
その中で私は、色々と『勉強』することとなる。

「どうやらロックにも種類があるらしい」
「どうやらロックにも歴史があるらしい」
「どうやらロックシーンなるものがあるらしい」
「どうやらパンクというのがかっこいいらしい」

純真無垢な十四歳であったワタクシは、カートのインタビューや記事からこのように素直に学び、洋楽ロック沼にずぶずぶとハマっていくこととなる。

   ◇

高校に上がる頃にはすっかり洋楽オタクになっていて、US/UK問わず様々なバンドを聞くようになっていた。
まだYouTubeはおろかネット自体がほとんど普及していなかった当時、洋楽アーティストのライブ映像やインタビュー動画を見たければ、ブートレグ・ビデオを買うしかなかった。だが、ビデオのランクにもよるが、これまた中高生にはなかなか大きな額である。
地道に小遣いを貯め、初めて西新宿のブートレグ・ビデオ屋に行った時、私は迷うことなくニルヴァーナのビデオを購入した。
帰宅して再生してみると、カートが動いていた。先述のトリビュート本で写真は数多と目にしていたが、動くカート、喋るカート、歌い叫ぶカートを見た私は落涙レベルで感動した。
しかし、インタビューは当然英語で、当然字幕などない。
かろうじて聞き取れたのは、
『コートニー』
『フランシス・ビーン』
の名前だけだった。

   ◆

その後、私は紆余曲折を経て十八歳で単身渡米する。シアトルではなくニューヨークで、二度と日本には帰らないつもりだった。しかし結局私は一年で帰国の憂き目に遭う。

当然のことだが、帰国後、私の英語力は落ちていく一方だった。
何しろ私が住んでいたのは僻地も僻地、英語を使う機会など皆無。だからといって英会話スクールに通うほど私のスピーキングは悪くなかったし、金銭的にも厳しいものがあった。

その後夫と出会って上京し、スマホを入手し、某アプリでいくらでもネイティブと自由に通話できるようになった。
中でも、シカゴ在住の女性と仲良くなり、「彼女ともっと仲良くなりたい! 彼女の言ってることを理解したい!」という一心で、毎日最低一時間、スカイプでの通話を半年続けたら、当然ながらリスニングとスピーキングが格段に上がっていた。

自分の英語力の全盛期はNYの大学時代、と決めつけていたが、未だに成長できるんだなぁ、などと茫洋と考えながら、たまたま実家に帰って私物の片付けをしていると、懐かしいものが出てきた。

あの時買った、ニルヴァーナのブートレグ・ビデオが。

私は震える手でそのVHSを持ち、ビデオテープ再生可能なリヴィングのテレビに向かった。デッキにテープを突っ込んでみたが、何故だか恐くて仕方がなかった。

——今なら分かるかもしれない。カートが言っていることが。

再生ボタンを押す。
それはMTVのカート・コバーントリビュート番組をダビングしたものだった。
だが司会者の男性が前説を開始した途端、私は思わず停止ボタンを押していた。

——分かる、理解できる。

どうしよう。どうしよう。どうしよう。
何がどうしようなのか分からないまま、私は東京の自宅に戻った。
何をこんなに恐れているのだろう?
先述のローリング・ストーンズ誌のトリビュート本でインタビューは死ぬほど読んだし、貴社のROCKIN’ ONでもニルヴァーナの特集や過去のインタビューは可能な限り目を通してきたのに。

だが、私はカートが話すのを、つまり彼が口を開いて声を出して自ら言葉を選んでセンテンスを紡ぐのを見たことがなかった。

   ◆

私は物書きだが、若い頃は作曲もしていて、一度だけライブ経験もある。
といってもライブハウスではなく、地元のイベントでオリジナル曲を一曲披露しただけである。対バンは三組いて、中でもトリを飾ったバンドはなかなか盛り上げ上手だった。
イベント終了後、喫煙エリアに行くと、ちょうど彼らと鉢合わせた。彼らがあまりにも私のパフォーマンスを褒めてくれるので有頂天になったが、私がふと、

「曲のつなぎの時に『Come As You Are』のリフ弾いてたのってきみ?」

とギタリストに声をかけると、

「え! あの一瞬で分かったんすか?!」

とたいそう驚かれ、そしてヴォーカルの子がこう言った。

「いやぁ、俺ら古いの好きなんで」

一瞬、言葉を失った。

ニルヴァーナは、もう古いのか。いや、当たり前だ。彼らは二十歳程度だ、90年代なんて昔の話だろう。
だが、私はニルヴァーナはリアルタイムではなかったが、その地続きで生きてきたという実感があるし、カート・コバーンはロック史の教科書で『1990年代の代表的なパンクロッカー』などと紹介されているわけではない。
しかし、

『イアンもカートも昔の人よ 中指立てててもしょうがないの』

後に米津玄師が「LOSER」でそう歌ったように、そう、カートは昔の人なのだ。

   ◇

今、私はYouTubeのとある動画をスタンバイしている。
タイトルは、「One of Kurt Cobain's Final Interviews - Incl. Extremely Rare Footage」というものだ。

これからこの動画を見てみようと思う。
全部は見られないかと思うが、恐怖も何も取っ払って、そのインプレッションを書き留めておきたいので、今から再生する。

   ◆

10分程度見て、停止ボタンを押した。
色々な情報に、頭がパンクしてしまったからだ。

はっきり書く。
カートの英語は問題なく理解できた。穏やかに、とても時にはユーモアも交えながらインタビュアーの女性と会話を楽しんでいるように見えた。
何も知らなければ、『なんか金髪でやったら眼の色がきれいな兄ちゃんが水辺で喋っとる動画』にしか見えないだろう。

この優男が、一度ステージに上がれば数千人のクラウドを興奮の渦に叩き込み、髪を振り乱して胃腸を絞って発しているような声で歌う、なんて、にわかには信じがたい。

では逆に、私はカートの言動にどんなものを期待していたんだろう? と自問する。
ステージ上のテンションのままだったらそれはそれで別の意味で恐いし危険だ。
だが、最低でも、もう少し感情豊かに話す人だと思っていた。よくよく見ると、無表情とではいかないが、あまり感情の起伏を顔に出していない。

もちろんそれにはドラッグや双極性障害も関わってくるのだろうが、それでもカートはあまりにも訥々と、その辺にいる27歳の兄ちゃんと変わりなく話すので、『結末』を知っている私からすれば、やはりそれは驚きと恐怖、悲しみでしかなかった。

   ◇

これから少しずつ、カートのインタビュー動画を見てみることにしようか、と、今現在は考えている。
カート・コバーンは私のロック・ミュージックへの『入り口』であって『最初のカリスマ』だ。
そして、もうこの世には存在しない。
だが、記録は残っている。数多と。
いくら古いと言われようと、昔の人だと言われようと、カート・コバーンは偉大なミュージシャンであり、90年代最大のカリスマだ。
翻訳というひとつのプロセスが必要なくなり、カートの言葉がダイレクトに理解できるようになった今、私は90年代から地続きで2021年まで歩いてきた、そしておそらくもう少し先までは歩くだろうから、『昔の人』へのリスペクトを忘れずに、堂々と進んでいきたい。
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