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「なないろ」から始まる朝

BUMP OF CHICKENが歌う新しい朝のうた

 NHKの朝の連続テレビ小説「おかえりモネ」の主題歌、「なないろ」が流れてまもなく2か月。平日の毎朝テレビからBUMPの曲がかかるという現実がとても嬉しい。歌詞も覚えて今では勝手に口ずさんですっかり私の定番曲となった。
 放映日の当日ラジオでフルサイズの「なないろ」を聴いた時、それはそれは本当に朝にふさわしいバージョンだと思った。低音から高音へとスムーズにつながるメロディーと藤原さんの歌声がとても心地よく、吹奏楽器をふんだんにまじえた間奏は、鳥のさえずりや朝の空の景色にぴったりだった。初日に聴いた時には歌詞のフレーズがよく意識できなかったけれど、次の日珍しく、公式LINEから送られた歌詞を読んで、改めて聴けば今までどおりのBUMPだった。彼らの曲は多くの人々に響き、私自身の隣にもちゃんと居てくれた。

 私は2番のフレーズで、心を見透かされている事に驚き、自分の弱さを知った。

「思い出すと寂しいけど 思い出せないと寂しい事
忘れない事しか出来ない 夜を越えて 続く僕の旅」

 子どもの頃の、いろんな体験や周りの人達とのつながり。社会人の頃の仕事の中身、家族を持ち、息子たちと過ごした子育て中の思い出。思い返せばすべて貴重な出来事で、たくさんの喜怒哀楽があった。生きている楽しさを体感できたはずなのに、当時はそれらを否定してみたり、愚痴ばかりで正面から向き合おうとしない時もあった。歳を重ねてから、それらの出来事を思い出すのもままならず、過ぎた時間の重みを今さら感じる。コロナ禍で人に会いにくい毎日、なんて寂しくてつらい事なのだろう。

「治らない古い傷は 無かったかのように隠す お日様が
昼間の星と同じだね 本当は キラキラ キラキラ この街中に」

過ぎた時間を無かった事、なんかにはできない。それは隠れているだけで、キミは気付いているよね、見て見ぬフリを続けると痛い目にあうってことを。

 私は周りや社会の変化が苦手だ。不器用なせいで臨機応変な対応ができない。だが社会や多くの世界は時間とともに変化する。失敗や不具合は見直され、便利な社会が作られる。便利なシステムや制度の中で私も生きている。それは考えることのできる人間が存在する限り続いていく。

「相変わらずの猫背でもいいよ 僕が僕を笑えるから」

「躓いて転んだ時は 教えるよ 起き方を知っている事」

生き続けるには、意思決定や選択の連続だ。毎日の生活の中で、何かをするたびにいつも迷ったり無駄に悩む優柔不断な自分にとって、選択をする、決めるという判断は苦しい作業だ。
 だがそのような社会は続かない。もちろんそんな未来は楽しくないことも想像できる。それなら周りは気にせずに、今の自分なりに、ワクワクできるような選択の仕方や変化への対応を考えてみようか。ほんの少しでいいから、プラス思考になってみようか。

「高く遠く広すぎる空の下 おはよう 僕は昨日からやってきたよ
 失くせない記憶も傘のように 鞄の中で明日へ向かう」

昨日の続きはもちろん今日、生まれ変わることなんてできないから、今までの自分でやっていくしかない。昨日とは違う自分に少しでも変わりたい、変化をつけたい、と願う気持ちが心の隅にあるのなら、朝日を浴びて散歩でもしてみようか、素直な気持ちで、目の前の景色を見て聞こえる音に耳をすませば、それぞれの命の尊さを感じられるかもしれない、そうすればマスクの下は微笑みに変わるだろう。

 自分自身として、社会の一員として、今を生き続けることを選んだ私に、BUMPがバンドとして継続的に音楽を発信してくれることは、とてつもない安心材料だった。
 歌詞を通して、自分で自分を勇気づけられること、自分の芯が強くなったと感じられたこと。サウンドを通して、客観的に物事を見られるようになったこと。楽天的になれたこと。すべてBUMPの曲を通して気付いたことだ。

 国民的ミュージシャンとなったBUMP OF CHICKENの今後を応援していきたい。4人の奏でる音と歌声をライブ会場で早く見たい。そんな願いが叶う日を心待ちにしている。

・「 」内はBUMP OF CHICKEN、「なないろ」より引用
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