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“sha・la・la・la”の中の「俺」たち

宮本浩次が描く4分25秒の人生縮図

「ドラマの主題歌ですけど、みんな生きていこうぜ!って歌です。」

2020年5月5日「JAPANJ AM」で宮本さんが歌う前にこう紹介したそうだ。

この日初めて披露した”sha・la・la・la”は先に放送されたNHK FM「今日は一日“​カバーズ”三昧」でフル音源解禁と宮本さんは「フェス参加組」に「留守番組」に粋な計らいをしてくれた。

わたしはその日「留守番組」だったので、ラジオで初めてフルバージョンを聴く。
たくさんの同じwordが組み込まれた”sha・la・la・la”何度か聴いているうちに、ふと思い出した。

《私は、我々が夢を追いかけ続けるということにも通じる、強さとその裏返しの儚さのようなものを思いました。(中略)夢を追いかけ、敗れ、そしてまた立ち上がるという、我々の人生そのもののように。》

「桜の塔」主題歌の情報が解禁されたときの宮本さんのコメントである。

《そして私は夢を追いかけることを大きなテーマに「sha・la・la・la」という曲を作りました。》

人生の垂直線を描き、いくつかの年代の「俺」が夜空を見上げみつめている”sha・la・la・la”コメントで言われている「俺」は宮本さん自身でもあり我々でもあるのだが、いくつかの「俺」たちについて、わたしなりに感じたことを書き記したい。まずは、この方(たち)の「俺」から…。


その1:上條漣(たち)の「俺」

玉木宏さん扮するドラマの主人公・上條漣の「俺」。幼き日のお父さんの不可解な死。大人に成長し、お父さんの死の真相を知るため、警視総監への道を歩んでいくその様をそこまでして上り詰めにゃならないのかい?それでお前は本当に満足なのかい?幼い頃に誓いながら成長した「俺」は、何度も夜空を見上げ確固たる決意を何度も誓う。警視総監目指す「俺」の野心を「♪俺は絶対勝つってよ」物語に沿って書かれているのが見てとれる。が、物語が進んでいくうちにこの“sha・la・la・la”という楽曲は上條漣だけにあらず、巡りゆく出演者たちの最大の場面で前奏が鳴り響く彼らの人生とに沿う「桜の塔」に現われる人達の寄り添う“sha・la・la・la”に宮本さんの人生を重ね合わせも生き続ける“sha・la・la・la”であったであろう。

宮本さんも順風満帆ではなかった自分の人生に一緒に置き換えているはずだ。”ガストロンジャー”で「♪勝ちにいこうぜ」と、”季節はずれの男”「♪「俺は勝つ」まじめな顔で俺は言う「俺は勝つ」俺の口癖さ」”ベイベー明日は俺の夢”「♪勝利の美酒に俺は酔いたい」など、勝負を意識したエレファントカシマシの楽曲は数多い。


その2:宮本浩次の「俺」

そうして、1番が終わりかける頃から軽快でポップな音が聴こえ2番に入り宮本さん自身の「俺」にシフトをしていく。二十歳の頃の「俺」が「♪いかした大人になりたいってよ」と想いを巡らし、また、「♪いつしか時は流れ」白髪混じった「俺」もまた、「♪いかした大人になりたいってよ」と言っている。そしてさらに、「♪時は」「♪流れ流れて」白髪混じりし“宮本浩次の「俺」”は4分25秒の曲のどの中で立ち自分を見つめているのだろう。人生のどの時点に立って見つめているのだろう。いったいいくつなのか?

二十歳の頃に本当に思っていたと語るJAPAN2021年7月号よりふとこの方の歴史を思い浮かべると答えは「いつもと変わらない」にたどり着く。

♪金持ちでぇ~

幾度となく口にする。宮本さんのシンプルかつわかりやすい一言
単なる金持ちかといえば
単なる夢を持つといえば
置き換える言葉から、いくつになっても
きっとこれからも同じことを言われるだろう
満たされるわけでなく
満たすことではなくて

「金持ち」は
宮本さんにも
わたし達にも
どこかしかにあるだろう

それは我々が思う日々から
知らずと導き出すもので

宮本さんから聴きし歌たちから感動し感涙し
熱く想う心根にそっと掛かる小さなかけらのピースを広い集め
形にしていく
宮本さんの人生も
わたしたちの人生も

二十歳のころの「いかした大人に」と変わらない日常を55歳の今も変わらずに生きている宮本さんが

人として誰もが愛おしく思うだろう。


そして、もうひとつ宮本さんは「お前」に聞いている。

当時51歳の宮本さんが「♪神様俺は今人生のどのあたり(”Easy Go”より)」と同じように、時が流れた「俺」に「♪お前は今どのあたりを歩いているんだい?」更に追い打ちをかけるように「♪お前は今どのあたりなのさ?」二度問いかけている。

変わらない宮本さんの中にも確固たる「変わらない」野望は潜んでいるであろう。

確かに、50歳を過ぎて歩んできた人生よりも残りは限られてきている。けれど、50を過ぎても夢もメルヘンをもってもいいと言う(2020年2月22日NHK総合『SONGS』より。)「♪いつか深い皺が顔に刻まれし永遠の少年を 神様俺を どうか見捨てないで(”神様俺を”より)」永遠の少年、ピーターパンだね。

「♪俺は今日も夢追いかける(”shining”より)」「♪明日も夢追いかけ続けるのさ」
宮本さんはやりたいことの引き出しはどこまで開けたのだろう。やりたいことの引き出しから「宮本浩次縦横無尽」でやり直さなければならぬことや、新たに挑戦したいことを導き出しただろう。総称して彼の富士山でいえば今何号目あたり?は、今も宮本さんに問いかけてみたい。けども、答えてもらうには酷かな。いや、頂上は描いていないかも。JAPAN2021年7月号もMUSICA2021年7月号を読んでいても推察できる。それは我々のこころの中で想像してみよう。

人生の垂直線を描き人生を見つめ今日も明日も夢を追いかける。”shining”も”sha・la・la・la”も、それは、55歳宮本浩次の(本当は)人生最大の挑戦なのだろうか。


番外編:26歳宮本浩次の「俺」

ここで、折角なので「ラ」の数でSNS内ちょっぴり話題にのぼったエレファントカシマシの”シャララ”を軽く振り返ってみる。

アルバム「エレファントカシマシ5」(1992年4月8日リリース)に収録、宮本さん26歳の頃の作品である。

何で”シャララ”かと言う質問に「感じが軽い、浮遊感、私の暮らし。重く考える必要はない、楽しく行こうよ。」と笑っている(単行本『風に吹かれて-エレファントカシマシの軌跡』より抜粋。)

「♪ああ この世に生まれて暇と酔狂の繰り返し。」「♪ああ かけぬけにゃならぬ。」けれど、そんな時でも涙ホロホロ「どうしたんだろう。」と自問自答し”sha・la・la・la”のように「♪澄み渡る空に星がキラキラまたたいていた。」と、空を見上げ星を見つめている

5枚目のアルバムである「エレファントカシマシ5」は過去4枚のアルバムからは剥き出しの叫びや沈むような雰囲気より曲調もコンパクトというか楽しい感じに仕上がっていて”シャララ”という曲は、今の楽曲と比べれば音も歌詞も重いが、26歳の宮本浩次なりの「暇つぶし」に軽みを取り入れている。何とかしたいと思いつつの”シャララ”連発かと思いきや、当の本人はあんまり細かくはなかったらしい。インタビューで「ははははは」と笑っている。

55歳にして「ラ」をひとつ増やした”sha・la・la・la”と似ていると思う。脱力感な緩く口ずさんでいる”sha・la・la・la”であるのか、みんな生きていこうと”シャララ”も同じように、暇と酔狂と日々の暮らしの中でかけぬけりゃとまぁ楽しく行こうという部分は通じているような気がする。


その3:(恥ずかしながら)わたしの「俺」

そして、”sha・la・la・la”は恥ずかしながらわたしにも問いかける。

配信当初、仕事中延々脳内再生されることもある、どうしようもないやるせないこころの内が少しでも上向きでいたいという無意識で「♪sha・la・la・la~sha・la・la・la~」を口ずさんでいる自分がいる、ときには目に熱いものがこみ上げてくる。「♪sha・la・la・la~」で自分の中にある邪念をどう受け止め消化していくのかしばらく考えたりもした。

ただ、一番驚いたのは5月5日ラジオで初めて聴いて数日後であった。「♪いつしか時は流れ」2番のBメロが耳に聴こえてきたとき、何度も聴いていたはずなのに、車も行きかう大通りで信号待ちをしにいて青信号で渡ろうとしていたときそれは突然やってきた。

正に「♪茫然 車のあいま立ちつくす。(”定め”より)」だった!


♪いつしかぁ時はぁ流れ 白髪(はぁーくはつ)まあじりしたり顔して街をぉゆく(小休止)俺が 心の中でぇー叫びーぃ続けていた


聴こえてきた通りに文字で表してみた。


歌詞ものフレーズも母音もズルい位入り込んできた。わたし自身も白髪混じりし年齢。軽快でノリノリのリズムなのに、車の音と街の雑踏でリズムがかき消されて、宮本さんの声だけが聴こえてきたからか、この歌詞の場所が信号待ちの今なのか、たまたまそう悟ったのか、宮本さんにこころを抉られたような衝撃を受けた。以来、ずっとこのwordを拾い続けるわたしの耳。

わたしはこころの中で本当に叫んだことがあるのか?

♪俺の咆哮Do it! Do it! Do it! Do it!(”昇る太陽”より)のように。
どっかで我慢していないかい?叫び方がわからないのかい?

目が覚めた


宮本さんが何度も挫折し、そしてまた立ち上がって乗り越えてきたからこそ、偽りのない歌詞と年齢を重ねた声がわたしのこころにガツン!と響いた。だからこそ、大切に受け止めて、たった一度きりのわたしの人生を大切に生きていこうと思い改めさせてくれる。一度きりの人生だから、失敗をしても挫折しても何度も立ち上がり、何度も生まれ変わり、前へ行っても後ろに行っても斜めでも立ち止まっても、宮本さんが歩いてきた人生が歌となり教えてくれる。

そんな衝撃のあとに「♪お前はどこまで夢 追いかけるつもりなんだい?」と、問われた言葉が非常に効いた。「~なんだい?」のwordは計3回あるけれど、ラスト3回目の「~なんだぃ?」に撃たれた。1・2回目の「なんだい?」は「だ」にも「い」にもアクセントを感じるが3回目は「~なんだぃ?」の「だ」はアクセント「い」は遠慮してほんの少し主張してくる絶妙な「い」は反則技なポン!と肩を叩くような宮本さんの「なんだぃ」は引き止めている「い」でなく「♪さあ、行こうぜ」のあとにこっそり表れる母音の「い」なんだと…感じた。


今や宮本さんも好きだと言ってくださったこともあるがそれはたまたまの嬉しさより触れられたことは

実のことを言えば、わたしは宮本さんの曲を聴くと、胸を搔きむしるほど苦しんでしまうことがある。正直”sha・la・la・la”は苦しかった。

かつて”冬の花”で号泣したことがある。「♪涙は“お前”にはにあわない」「♪心が笑いたがっている」「♪ああ わたしが 負けるわけがない」その時はその当時の自分の姿を見つめ涙した。

が、”sha・la・la・la”は幼き日、大人になって、白髪混じっての自分の人生を振り返っていた。実は、イタいことがたくさんある。実は、恥ずかしいこともたくさんある。宮本さんが書くメッセージをあらゆる方向から体当たりで聴いてしまうので多少怪我もする。自分で荒療治だと思うが、敢えて時間をかけて消化していく。歌詞を教科書に自分自身を棚卸していく。そうやって、改めて必死に覚えた曲を歌ってみたりする。

“sha・la・la・la”は不覚にも涙ほろほろ途中歌えなくなった。自分の未熟な部分が宮本さんから何度も「~なんだい?」「~なんだい?」と、問われ問われ続けてまだまだ宮本さんが言う「いかした大人」になり切れていない。まだまだ荒療治が必要なようだ。それで構わない。宮本さんからの「宿題」と受け止めていこう。苦しみから乗り越えてこそ、愛すべき特別な”sha・la・la・la”をわたしの歴史に刻んでいく。

「目が覚めた」今は、宮本さんの「宿題」も進めながら“sha・la・la・la”歌詞の想いを少しは精査できたかな⁇毎日夢を想いながら一歩一歩軽快に歩んでいる。


♪いつか終わりがくるその日まで 僕ら いかした旅人でいよう
♪きみを誘っていこう 胸の中眠ってた夢を追いかけようbaby(”旅に出ようぜbaby”より)

宮本さんがひいてくれた人生の垂直線をこれからもずっとずっと歩いてゆく。

♪今日も歩いてく 明日も歩いてく
♪明日も 明後日も 歩いてゆく
♪いつもの顔して 歩いてゆく(”歩いてゆく”より)

「おじさん宮本浩次」が結構気に入っているという”sha・la・la・la”をいつか終わりがくるその日まで愛し続けよう。そして、ささやかながら50代の「夢」をわたしも日々追いかけよう。
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