4729 件掲載中
この数字はTwitterやFacebookでのリツイート・いいねなどの反応数を合算して算出しています。

『アムニージアック』を生んだ知性とロックの巨人の肩。

学ぶのを止めぬ限りレディオヘッドは死なない。

今年でレディオヘッド『アムニージアック』が発表されて20年になる。誰でも知っていることだけど、『キッドA』と『アムニージアック』は同時期に録音されたものだ。レディオヘッドはこの二作でキャプテン・ビーフハート『トラウト・マスク・レプリカ』、あるいはPiL『フラワーズ・オブ・ロマンス』と同様の音楽的冒険を行った。ロック・イディオムの解体を行ったのである。2021年現在、『アムニージアック』を最後に、ロックの解体はもう行われていない。

トム・ヨークは「ロックなんてゴミだ」と言ってみせたりした。かれ自身が心底そう信じていたかはわからない。かれはキャプテン・ビーフハートを聴いていたかはわからない。ビーフハートの時代から繰り返し「ロックの解体」は行われていたのだ。PiLでもジョン・ライドンは、ビーフハートの模倣かもしれないが、『フラワーズ・オブ・ロマンス』において、徹底的にロックを壊した。彼らはそれぞれ、ロックのその先を探求しようと、ロックを壊してみた。その行為じたいが、まさしく「ロック」であった。

ビーフハートも、ライドンも、トムも、さらなる高みを目指し、ロックを壊した。既存のイディオムに我慢がならず、誰もやったことがない表現に挑んだ。「その行為こそがロックだ」と指摘することはできる。でもその物言いは、彼らの冒険を矮小化するものでしかない。「ロックを壊そうとする姿勢こそがロックだ」なんてことは、誰でも言える。ビーフハートたちが行っていたのは、ロックを解体しつつ、さらなる可能性を探すことだったと思う。

トム・ヨークの00年代には、テクノ、ハウス、ドリルンベースといった多様な表現に溢れて、それらが商業的にも成功しつつあった時期でもあった。まだ、音楽がタダにはなっていなかった時期のことである。エイフェックス・ツインが沈黙する前後のことだった。その中でも、トムは可能性を探していたのではないか。『キッドA』『アムニージアック』以降のトム・ヨーク及びレディオヘッド作品に、目立った冒険行為はない。『キッドA』は究極の探求行為だったのだと思う。

以降も、レディオヘッドは続いている。これは00年代の探求の「消化試合」ではなく、ロック・イディオムに戻ったうえで、より優れたものを生み出そうと思っていたのだ。キャプテン・ビーフハートも、『トラウト~』のあとは、オーソドックスなロックに戻り、傑作を生みだし続けた。彼らが行った「解体」は、ロックの可能性をさらに広げる契機となった。ジョン・ライドンがかつて「ロックは死んだ」と嘯いてみせたが、ジョン・ライドンの出現によってむしろロックは息を吹き返したのだ。

カート・コバーンは『イン・ユーテロ』を残して死んでしまった。それでロックは死ななかった。ブリットポップの本格的隆盛が、「産業」の匂いはしたものの、さらに盛り上がり、ロックは終わらなかった。ロックは人間の生きるエネルギー原でもあり、「産業」でもあるのだろう。それに逆らったのが00年代のレディオヘッドだった。ニルヴァーナ以降最大の事件だった。それでも、ロックは死んでいない。レディオヘッドの探求は、ロックを蘇らせる行為でもあった。

トム・ヨークは、どこまでもロックでしかないのだ。間違っても、かれはブリット・ポップではない。かれはオアシスのようにはなれない。金太郎飴のように、ポップスの量産はできなかった。ブリットポップの大半が死んでいる現在でも、レディオヘッドは死んでいない。それはレディオヘッドがどこまでもロックでしかないからだ。太古のキャプテン・ビーフハートがどこまでもダミ声でがなるロックでしかないように、トム・ヨークもどこまでもロックでしかない。彼は売れ線には走れない。ブラーやオアシスのようにはなれない。

マイルス・デイヴィスは、ジャズの分野で、死ぬまで冒険をやめなかった。マイケル・ジャクソンをカバーしたり、「タイム・アフター・タイム」をジャズにしてみせたりもした。1970年の『ビッチェズ・ブリュー』、この奇妙な音の塊は、『トラウト・マスク・レプリカ』からボーカルを抜き去り、さらにかっこ良くしたようなアルバムである。オアシスのアルバムに『スタンディング・オン・ザ・ショルダー・オブ・ジャイアンツ』がある。「巨人の肩に乗る」、『ビッチェズ・ブリュー』がなければ『OKコンピューター』も『キッドA』もありえないのだ。あらゆる表現や学問は先人の努力なしにはありえない、ということだ。萩尾望都や大島弓子がいなければ、現在の少女漫画の隆盛はないのだ。

なるほど、誰かの言葉に、「私たちが歴史から学ぶのは、人間は歴史から学ばないということだ」というものがある。それは確かにそうかもしれない。だが、これは私が過去の音楽文で書いたことだが、人は歴史から学ばないかもしれないが、スギやヒノキの花粉は、新たなスギやヒノキを生む。芥川龍之介の言葉には「たとえ玉は砕けても瓦は砕けぬ」というものがある。人は表現を行うときに、無意識に巨人の肩に乗っているのだ。トム・ヨークがビーフハートを聴いていたかはわからないが、『トラウト・マスク・レプリカ』は2000年に『キッドA』『アムニージアック』になった。チャック・ベリーの「ジョニー・B・グッド」はすべての始まりだった。私もまた、この文章を、誰かの肩に乗って書いている。そもそも、ロッキング・オン創設メンバーが70年代初頭に「ロッキング・オン」を作らなければ、私はストーンズもピストルズも聴いていたかどうか、疑わしい。これまでの表現を覆すには、先人の努力なしにはありえない。常に変わり続け、全ての頭の悪いパンクスから目の敵にされていたデヴィッド・ボウイも、先人の音楽の模倣からはじまったのだ。そういうことを知れば知るほど、頭のいい人はしっかり歴史を知っているものだとわかる。「常識を知らないやつに常識は破れない」と言ったのは、故志村けんだった。トムの00年代の活躍は、トム自身の勤勉と知性から生まれたのだ。
  • 投稿作品の情報を、当該著作者の同意なくして転載する行為は著作権侵害にあたります。著作権侵害は犯罪です。
  • 利用規約を必ずご確認ください。
  • ハートの数字はTwitterやFacebookでのリツイート・いいねなどの反応数を合算して算出しています。
音楽について書きたい、読みたい