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心には花のつぼみがある

エイドリアン・レンカーの歌の力

胸に差した一輪の花は風にさらわれ吹かれて消えた。それがどんなにも綺麗で、生きる力を捧げたものであったとして。

アメリカのアーティスト、エイドリアン・レンカー(Adrianne Lenker)の2020年に発表したアルバム「songs and instrumentals」をレコードで聴いている。2枚組のレコードで、1枚の「ソングス」にはエイドリアン・レンカーの弾き語りの曲が収められ、もう1枚の「インストゥルメンタルズ」にはその通り、歌声のない演奏が収められている。共に基調とするのはアコースティックギターの音と響き。この2つで1つの作品は、連続して聴き比べると、やはり歌のある方が鮮やかに感じられる。人の声の力とは美しく、歌の力はこと更にいのちを揺さぶるものだと実感する。

エイドリアン・レンカーの「songs and instrumentals」の音楽を知ったのは、インターネットで調べた記事がはじめのきっかけだった。去年の冬に手にしていたrockin'onの2021年1月号を読みかえすと、アルバムレビューのページに小さく載っていた事にあらためて気づいた。見落としは多いが、今思うのは、情報の進む速さについていくのは大変なものだということ。たとえ素晴らしい作品であったとしても、それは次の新しい情報に呑み込まれて、たぶん忘れられて見えなくなっていく。エイドリアン・レンカーの名前を聞いて、最初の記憶を思い返すと、何処か別のところだがフィービー・ブリジャーズのインタビュー記事のなかでその名前を見たのだったと思い出した。

エイドリアン・レンカーはビッグ・シーフ(BIG THIEF)というバンドの歌い手、メインソングライターとしても活動している。2020年から始まるパンデミック、このコロナ渦で、ライブ活動が休止になった事を機に、バンドと離れて、ソロ作品「songs and instrumentals」が作られたのだという。山と森と自然のなかで生活して、そのスタイルを反映させたようにシンプルな作風が生み出された。
アルバムのジャケットには花の水彩画が用いられているが、それは彼女の祖母が描いたものだという。濃い緑とダークな背景色に、強い生命力で開くかのような花々の色は、生々しい現実のようでもあるが、それはいつかの夢に出てきた花にも似ている気がした。その印象は音楽自体にも言い表せられるかもしれない。

彼女の声は可憐、そして真実へと届く線描の鋭さも持っている。切実というには幻想的だが、けっしてぼやけてはいない。フォークミュージックを基調とした弾き語りの音楽に、今までこのように震わされたことがあっただろうかと自分に問うている。
歌が言葉によって伝えられるなら、耳で聴いて理解できない言葉の歌は、その意味が伝わらないのだろうか。英語詞の翻訳が記されていれば共感もできるのだろうが、しかし歌の音楽というものは、言葉が示す内容、それだけが本当の意味だと言いきれないところが美しいのだと思う。声を通して伝わってゆくもの。声を歌にのせたことではじめて伝わりゆくものがある。そういう意味でいえば、ここでのエイドリアン・レンカーの声の力は、けっして緩慢をゆるすことなく、表わそうとする意志そのものをまっすぐに届けてくれる、歌のひかりを指し示している。


ぼくらは今、声の力を奪われているのではないか。大きな声を出すことのみならず、集まって話すことも、楽しく笑うことも、騒ぐこと、叫ぶこと、そして歌を唄うこと。それに対して声を合わせること、精一杯の声で伝えたい言葉を伝える事を。
マスクをしないのなら話し手にも聞き手にも仕切りが付き、マスクをしたなら顔が見えない。表情を読み取れない社会で、誰と誰が分かりにくい世界で、何を分かち合えるか。不満を抱こうと、自らの命が脅かされるかもしれない事を防がなければならないのはもちろんだが、このままずっとかと思うと不安が増していく。

音楽の聴き手は、ライブ活動への参加を心待ちにしている。音楽の担い手にとっては、ライブが彼らのこれからの活動への生命線となる。しかし、これまで通りこのまま今のまま、不満を抱くだけの繰り返しをしていてよいのだろうかと時に思う。たとえば、エイドリアン・レンカーは自らのビッグ・シーフのバンド活動が出来ない事を、別の形で音楽へと表現したのだ。「songs and instrumentals」の音楽において、彼女の歌には不安がない。不穏がない。思うままに唄う自由さのなかで、確かな手応えを感じつつ、それをそのまま必要以上に作り込むこともなく、見事に表現した。彼女は自由に歌を唄った。ぼくらはエイドリアン・レンカーの姿を間近に見ることを叶えられないけれども、彼女はすぐそばでギターを弾き、唄ってくれているように聞こえる。感じられる。それが音楽の力だと思う。彼女が精一杯叫んだ声がここに届いた訳ではない。何処に居ても伝わるのだ。ぼくらはもう一度、音楽の祈りを信じよう。音楽の力を信じよう。

十年幾月に稀に咲く花のように、一期一会の美しさと光を放っているこの作品に触れ、聴いてすぐに感じた。音楽を愛する心には花があると。誰にも咲くべきつぼみが、その心に大切に仕舞われているのだと。そしてエイドリアン・レンカーの声と歌は、あなたの、きっと美しい花々を見事に開かせてくれるだろう。
悲しみを流す潤い。古傷を覆い、あたたかな緑の匂いで包み込むように、あなたの過ごした時間を逡巡からたすける。彼女のギターの音色が、時をさかのぼることなく進める舟を岸辺に出してくれるのなら、あなたは川を渡ってゆくことをおそれてはいけない。

澄んだ青空の反転。黒色よりも無の闇を、その光る黄色で射した彼女の音楽は、潤う緑から揺らめく赤を映し出す。平和でなければならない。心を苦しめてはいけない。悲しみはたぶん癒えることはない。それでも痛みを消すかのように、一刻であれこの瞬きを潤うのなら、音楽は、生きるための日常になる。おそいかかる時間のなかで、ぼくらは自分を見失わないように、腰掛け、ただ真っ直ぐに音楽を受け入れよう。


胸に差した一輪の花。それよりも鮮やかに枯れることのない花を、ぼくらは今ここに、この胸のなかに持っているのだ。
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