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砂漠の中で、オアシスとであった

GFB'21で、渇きを満たす瞬間

30代を目前にした私にとって、新しい音楽と出会う事の感動を味わえるのもあとわずかだという感覚を度々感じる事がある。
10代や20代前半の頃感じた初期衝動のようなあの体を貫く新鮮な感覚は、よもや忘れてしまったのかもしれないと。
30歳を過ぎると新しい音楽を聴かなくなる、そんな迷信まがいな噂があるがこうも自分の身に起きている事と考えると、それを信じずにはいられなくもなる。

そんな音楽への複雑な感情を抱きつつも久々にロックフェス、GFB'21(つくばロックフェス)に足を運んだ。
昨年はコロナの影響でフェスは一つも参加できておらず、今年もフェスこれが最初で最後かなあ、などとぼんやり思っていた。
思えば、ここ数年フェスへの参加意欲も徐々に減退してきている気がする。フェスというものが生きがいであった学生時代は「このアーティストいるじゃん!」と思っていたところが、今では「今年も相変わらずのメンツが揃っているなあ。」という感想が先に来る。なんとも悲しいかな。
とはいえ幸いにも、今回は初めて参加するフェスであるし、自分がみた事あるバンドも少なかったため久々に新鮮な気持ちを抱きつつ参加した。


友人と酒を酌み交わし、久々の梅雨明けの晴天のもと、音楽を浴びる。
素晴らしい。こんな日々がいつまでも続けばいいのに。
できる事なら、マスクなんか取っ払って大きく息を吸い込みたい。そんな思いに包まれつつ、初見のNo Busesを眺めていた。

その後、フェス飯を堪能し友人が推める羊文学を見る。
正直、羊文学については事前の知識があまりなかった。名前だけ自分の中で一人歩きしており女性ボーカルのバンドであるという事以外はあまり知らなかった。

リハを横目で眺めていたが、予想以上にギターの音が骨太。またベースも技術の高さがうかがえるし、ドラムの方は性別不詳だが正確なドラミング。
少し自分の予想していたイメージ(当初はチャットモンチーを完全に重ね合わせていた)と異なっていて、その技巧派を思わせる音と雰囲気に一気に興味をそそらされた。


そして、開演。
横目で見るよりも、真正面でとらえたときの塩塚モエカはその華奢な身体とは対照的に、明らかに大きなオーラを纏い迫力のある眼力でぼくを睨みつけていた。そして、その口から発せられる声、その手と身体全体で奏でられる「mother」はぼくの度肝を抜かせるのに十分な楽曲だった。

「ハイウェイ」では、ベースのゆりかの技術が光る。そのテクニックは完全にこのバンドのシンプルな中にも小難しさを感じさせる音には、なくてはならないものだと感じざるを得ない。また、とにかく彼女は楽しそうなのだ。塩塚モエカもとても楽しそうに音を奏でるのだが、彼女はバンドをけん引する存在として、そして楽曲の体現者として様々な表情を見せる。
だがゆりかは、終始穏やかな表情でいとも簡単にベースを操る。とにかく、ベースと戯れる事が幸せで仕方がないかのように。彼女の存在は、このバンドの母性そのものだ。

ドラムのフクダヒロアは、どこまでおっても独特だ。一瞬の隙もなく独特。その風体はもちろんだがドラムのセットも独特だし、そのドラムがなぜあんなシンプルなのに正確無比なのかも不思議で仕方がない。だが、そういう個性があってこそこのバンドをバンドたらしめるのだろう。そしてその個性は「powers」で発揮されていた。独特の変拍子に、彼のその独特でありながらも正確なドラミング技術が光るのだ。ぱっと見はデコボコでありながらも、調和がとれている。まさに羊文学というバンドを体現するような楽曲である。


終盤。「砂漠のきみへ」

「ちょうど砂漠の真ん中
 愚痴ならいくらでも聞く
 涙だけは命取り、でもあふれた

 それを掬って瓶に集めて
 いつか花にあげる日までとっておくよ」
(羊文学「砂漠のきみへ」)

その歌詞はまるで小説のようだ。だけども、その歌詞は確実に今に生きる人々の様々な感情を呼び起こさせる。そしてぼく自身の感情も。

ぼくは、砂漠の中でずっともがいていたのだ。
自分の渇きを満たしてくれる水を探していた。
かつてのように、自分の音楽への思いや情熱を注げるような音楽を探し求めていた。

彼女たちなのかもしれない。そのオアシスは。
ぼくの涙を掬い、それをキレイな花に昇華させてくれる。
そして、砂漠の中でもきっと渇きを満たしてくれる。
この曲を聴いた瞬間、そんなことを感じた。

ラスト、「あいまいでいいよ」。
楽しそうに弾んで音を奏でる彼女たちをみて、ぼくも跳ねた。

こんなに心躍るような気分で音楽を聴くのは、何年ぶりだろうか。
楽曲ももちろん良いが、演者が楽しそうなのが一番幸福感を感じる事を思い出したのは、いつぶりだろう。
最後の最後まで、オーディエンスへの感謝を忘れず手を振って去っていった彼女たちを見て、心地よい余韻と満足感を感じる事ができたのは、いつぶりだろう。


音楽を深く深く掘り下げて、広く広く荒野を駆けまわった結果、ここに辿り着いた。そしてこここそがオアシスなんだろうと、ぼくは確信した。
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