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生まれて初めてひと聴き惚れした時の話

SEKAI NO OWARIと私

初めてSEKAI NO OWARIの楽曲を聴いた時のあの"あぁ、この人達だ"とまるで運命の人に出会った時かの様に、全身に電流が流れた感覚を私は未だにはっきりと覚えている。

今から約9年前、私は音楽好きな父に連れられて月に2回、週末にレンタルCDショップに足を運んでいた。楽しそうな表情を浮かべながらCDを選んでる父を横目になんとなく視線を逸らした先に「世界の終わり」と言うワードが見えた。(当時そのレンタルCDショップでは漢字表記になっていた)"なんて恐ろしいワードなんだ!!"と思いつつ興味本位で寄ってみるとどうやらバンドのグループ名らしい。"一体どんな曲を歌っているんだろう?"と生まれて初めて自分から興味を持ってCDを借りることにした。これが私とSEKAI NO OWARIの始まりである。

私が借りたCDはアルバム「ENTERTAINMENT」だった。
デッキにCDを入れて、何から聞いたらいいか分からずに、とりあえず1曲目から聞いてみようと再生ボタンを押す。流れてきたのは足音と遊園地やサーカスで流れてそうな楽しげな音楽。そして突然大きな音を立ててエントランスの開く音がした。その直後、流れてきたのはキャッチーで幻想的なメロディーだった。

「 Welcome to the “STARLIGHT PARADE”
星が降る眠れない夜に もう一度連れて行ってあの世界へ 」(スターライトパレード)

今まで聴いてきたどの音楽にも感じなかった衝撃と感動が同時に私の心の中で渦巻いた。少年のような声とキラキラしていてワクワクするメロディに私は完全に心を奪われていた。すっと耳に馴染んで入ってくる感覚が心地よかった。


次に私が衝撃を受けたのが4曲目のillusionだ。

「 僕たちが見ている世界は加工、調整、再現、処理された世界 だから貴方が見ているその世界だけがすべてではないと 皆だってそう思わないかい? 」 (illusion)

小学生ながらにこの歌詞を聴いて"あぁ、確かにそうだな"と思った。朝学校に行く前、朝食を食べながら様々なニュースを見て知った「気」になっていたんだと気づいたのだ。そう思うと同時に"こんなことを歌詞にして曲として歌う人達がいるのか!"と思った。とにかく私にとってSEKAI NO OWARIの楽曲は刺激的で新鮮だった。もう完全に私はこの日からSEKAI NO OWARIの虜になったのだ。

時は流れ私は中学生になった。学校に行く前にSEKAI NO OWARIの音楽を聴いて学校に行くのが毎朝のルーティン。部活は内気で内向的な性格を少しでも変えるため、そして運動も出来るようになればいいなと言う思いを込めて運動部に所属することにした。
私は部活内でお世辞にも上手いとは言えなかったし、私の所属していた部活は学校の中でもかなり練習量が多く厳しいと言われていたが、みんなで毎日励まし合いながら練習してた日々は今考えると青春そのものだったように思える。
そんな青春の日々が1年ほど経ち、3年生の先輩が引退して2年生と私達1年生が主体になった。下手くそだった私でも公式試合は無理でも練習試合には出させてもらえるようになった、そんなある日のこと。隣のポジションにいた先輩が練習試合中ぼそっと"なんでお前なの"と呟き、ため息をついた。初めは"もしかして私のことかも"と思っていたが、私とポジションが隣になる時のみ言っているのを聴いてだんだん確信に変わってきた。私の部活では毎日練習終わりに部員同士で試合をすることが多いのでほぼ毎日の様に言われ続けた。私はもともと幼稚園の頃からいじめられっ子だし、この部活を選んだのは内気で内向的な性格を変える為だ。"社会に出ればきっとこれより酷いことを言われ経験は山ほどあるだろう"と思い大丈夫だと思っていた。そんなことを言われるのも慣れている「気」になっていた。

いつものように先輩から呟かれ、いつもと同じように部活の同級生達と帰宅する。その後、家についた時突然"死んだ方が楽かもしれない"と思った。何故急にそんなことを思ったのかは未だに分からない。ただ、その時の私にとってはそれが名案に思えたのだ。とりあえず自分の部屋に行って机の上に置いてあったノートに遺書になるであろうものを書く。確か"生きるのがしんどい"とか"死んだ方がマシ"だとかそんな文章を書いたような気がする。死に方なんて調べたこともないから分からないけど首吊りならもしかしたらできるかもと思った。その時ふと、"好きな音楽を聴きながら死ぬってロマンチックかも"なんてことを思い携帯からSEKAI NO OWARI全曲プレイリストをシャッフルで流す。とにかく、あの毎日のように言われる"なんでお前なの"と言う言葉とため息から逃れたい。その一心だった。
1曲目に流れてきたのが「死の魔法」だった。なんてタイミングで流れるんだと思わず少しだけ笑いそうになりながら準備を進める。どんな曲が流れても、もうBGMにしかならない。はずだった。

「 WOW この世界が本当に僕は好きだもの WOW この世界がずっと続けばいいのに どうして死んでしまうの?この世界が好きなのに どうして死んでしまうの? 」

思わずこの歌詞が耳に入って手が止まりそうになる。でも決めたことだからと、手を止めずに作業を進める。

「 WOW 皆の地球も僕の仲間の人間も WOW 植物達も僕ら以外の動物も 海も森も全てこんなに僕は好きなのに どうして死んでしまうの? 」

「 WOW 僕の中で戦う天使も悪魔も 何か始まる朝も何か終わっていく夜も 愛も憎悪も全てこんなに僕は好きなのに
どうして死んでしまうの? 」

「 WOW 始まったものはいつかは終わっていくんだ
「今」を生きるということはソレを受け入れて生きること
僕は大切な仲間や愛する人がいるのに どうして「今」という時間を大切に出来ないんだろう」(死の魔法)

立て続けに綺麗な透き通るような声で歌われていく歌詞がどんどん耳に入ってくる。だんだんと"やっぱり死にたくない"と言う気持ちに心が支配されていく。まるで幼稚園児のように、泣いた。私には父や母、祖父母、従兄弟。身内だけじゃない、大切な友達だっていないわけじゃないのに。"このまま死ぬのはダメだろう"と思った。
結局その後もその先輩と和解はしなかったものの、他の先輩や同級生達が心配して気にかけて私のことを見守ってくれるようになった。自分に味方がいると、目に見えて分かるのが心強かった。

この出来事を今振り返ると"そんな縄じゃ死ねないだろう"とか、若干詰めが甘い部分があると思う。でもあの時の私は完全に何かが乗り移っていたようだった。もし首吊りで死ねなかったら何か別の方法を考えて死んでいたんじゃないか、と思う。そのくらいあの時の私は「死」と言うものに執着していた。
だからこそあの時"死の魔法が流れなかったら‥" とか "そもそも音楽を流そうと思わなかったら‥"とゾッとするのだ。私にとって間違いなくSEKAI NO OWARIは命の恩人だ。


時を経て高校生になり、初めてSEKAI NO OWARIのライブに足を運んだ。ツアータイトルは"The Colors"。
小学生の頃からずっと聴いていた楽曲達が、自分の目の前で演奏されているという事実に鳥肌と興奮が止まらなかった。初めてSEKAI NO OWARIの楽曲を聴いた時からすっと耳に入ってくる心地の良いFukaseの「少年のような歌声」が「青年のような声」に変わっていることにライブ中に気がつき、時の流れの速さを感じた。

私がもうSEKAI NO OWARIの虜になってから9年が経つ。しんどい時、苦しい時にいつも私のそばには4人が創り上げた楽曲がいてくれた。SEKAI NO OWARIは私にとって"頑張れ!"と言わずに"一緒に"頑張ろうと手をすっと差し伸べてくれて、異空間に連れ去ってくれる魔法使いの様な大切で大好きな存在だ。


これからもこの4人の創り上げた異空間の住民であり続けたいし、4人の創り上げた楽曲と共に生きていきたい。
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