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コロナ禍を推しと生きる

BUMP OF CHICKEN『Flare』『なないろ』と共に

コロナ禍の中、推しがいなかったら私は何をしていただろう。


世界が新型コロナウィルスとの戦いを始めて早1年と数ヶ月。
旅行や遠征はおろか、友だちと会ったり実家に帰省することすらままならない日々が続いている。
緊急事態宣言中は不要不急の外出を控えるように言われ、自宅での生活を余儀なくされる。
いつまでこの生活が続くのかと暗い気持ちになるのを前に向かせてくれ、自宅での時間を豊かにしてくれるのが推しの存在だ。


私の推しはBUMP OF CHICKENだ。


今からちょうど10年前に私はBUMPと出会い、なくてはならない存在となっている。

いつかまたBUMPのライブに参戦する。
その思いが明日への糧となっている。

私はBUMPに因んだ手芸や工作、絵を描く事を趣味としている。
どれもBUMPに出会い始めた趣味。
自宅でできる趣味があってよかった。


そしてもう1つ。
BUMPと出会って始めたSNSも、このコロナ禍での心の支えとなっている。

昨年の年末、仕事納めの日。
明日から6連休だしのんびりしようと思い帰宅した私の耳に飛び込んできた娘の言葉。

「やばい、私濃厚接触者になった!」

結果として、私以外の家族は皆PCR検査で陽性となり宿泊施設での療養、家族の中で唯一陰性だった私も濃厚接触者として14日間の自宅待機となった。

1月1日の朝、田舎の一軒家に私は1人になった。
心配かけてしまうからと、実家にも知らせなかった。
家から出られず、誰にも会えないお正月。
TVでは「あけましておめでとうございます」とめでたさを強調したような番組ばかり。
世間から取り残されたような気分だった。

BUMPに出会って始めたTwitter。
Twitterをしているおかげで全国各地に友人ができた。
BUMPの事はもちろん、仕事の事や悩み事、晩ご飯の事まで、会わなくても何なら身近な友だちよりも話をしている。

TVの音だけがする家の中。
スマホを手に取りTwitterを覗いてみる。
画面の向こうには、様々な理由で1人でお正月を過ごしている友人の姿が見えた。

1人だけど、1人なのは1人じゃなかった。


BUMP OF CHICKENのVo.G藤原基央(以外藤くん)が書いた『Flare』と『なないろ』。
この2曲は曲調こそ違えど、同じ事を伝えようとしていると藤くんは話している。

《昨夜 全然眠れないまま 耐えた事
かけらも覚えてないような顔で歩く
ショーウィンドウに映る よく知った顔を
一人にしないように 並んで歩く》『Flare』

《治らない古い傷は 無かったかのように隠す お日様が
昼間の星と同じだね 本当は キラキラ キラキラ
この街中に》『なないろ』

平然としているように見えるあの人も、この人も
昨夜は泣いていたのかもしれない。
どんな事があったのか、知り得はしない事。

《一人じゃないと呟いてみても
感じる痛みは一人のもの》『Flare』

1人だ。
家族がいようが友だちがいようが。
人は1人だ。
共有したい、共感したいと願うけれど
全てができる訳はない。
今頭の中で思っている事を伝えたとしても、全てを理解してもらう事はできない。
誰であろうと、みんな平等に、1人だ。

BUMPの音楽を聴いて感じる事。


音楽文が終わる。

突然の知らせだった。

この音楽文。BUMPに関するものがとても多い。
かく言う私も2回掲載して頂いた。

音楽文やSNSで見かけたBUMPとの出会いの中に、偶然ではなく必然の出会いと感じた人が多くいる。
実際私もBUMPに出会う必要があった。
必要とした時にBUMPの音楽が私の元にやってきてくれた。

「もし役に立てる時があるなら、その時までただただあなたの側で勝手に一緒に生きる事をしていける音楽がいい。」
藤くんはそう語る。

いつも側にいて、必要とした時に、いる事を気付かせてくれた。
それが正しいのかもしれない。

《どこにいるんだよ ここにいたんだよ
ちゃんと ずっと》『Flare』

私は気付けた。気付かせてくれた。
ここにちゃんといてくれた事に。
BUMPの音楽は、私の側にいて、沢山のものを与えてくれた。
支えてくれた。
感謝しかない。


コロナ禍の中、BUMPの音楽が私の側にいてくれている事にまだ気づけてなかったとしたら、私はどう過ごしていたのだろう。
仕事に行き、休日は家で過ごし、また仕事に行く。
楽しみは?

ライブもままならず、終わりも抜け道もまだ見い出せていない今の状況。
でも落ち着けば、きっとまたライブがある。

「次のライブで会える日を楽しみにしているね。」

何度となくTwitterの友人と交わした言葉。
いつかは分からない。
でもきっと来る日の事。


仕事は忙しく、何のために働いているのか、何のために明日を迎えるのか分からなくなる時がある。
私がいなくても。
何がある訳じゃなく、ふと思う時がある。

人は1人だ。
でも私の側には、私に聴かれる事を待っている音楽がある。
私がいなくなればその音楽は1人になってしまう。
側にいてくれるBUMPの音楽を1人にしない事を、明日を迎える理由の1つにしてもいいのかもしれない。


一人ひとりの思いを持ち寄って、1人と1人で会うその日を楽しみに、コロナ禍を過ごす。

BUMPに、音楽に、友人に、そしてこうして思いを綴らせてくれる場を与えてくれた音楽文に感謝を込めて。


※本文中の《》内の歌詞はBUMP OF CHICKENの『Flare』と『なないろ』より
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