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私の幸せはどこにありますか

~エレファントカシマシと宮本浩次に思いをよせて

1968年から1973年まで、私はロンドンの郊外に住んでいた。

とは言ってもロンドンシティを東京丸の内に置き換えると赤羽か川口くらいの微妙なエリアだ。
ハリー・ポッターが住んでいたような街並みの、二世帯長屋のような家々が連なる一角に私は住んでいた。

丁度ビートルズが解散、キンクスやスレイドが登場、ストーンズもツェッペリンもアメリカに勝負をしに行った頃。
上流階級が常に自分たちの支配者であり規範であることに疑問を持ち、自ら社会を変えようと若者が立ち上がり、自由を体現して行った頃。
好きな格好をし、好きな職業を目指し、好きな音楽を奏で、アメリカのバンドとも交わり、声を上げ、行動し、満たされていた頃。
フォークとロックとサイケとブルースとソウルとラテンとカントリーとクラシックまでが混ぜこぜになって華やいでいた時代。

私は中学、高校時代をそこで過ごした。

学校の朝礼ではジョージ・ハリスンのマイ・スゥィート・ロードやクリフ・リチャードのコングラチュレーションズがかかり、
地元のバンド少年たちはフリーやフーの真似をし、
女子たちはシースルーの服やミニスカートを穿いて大人たちの顰蹙を買った。
ぬかるんだサッカーグラウンドに建つ汚いクラブハウスは、週末の夜になるとクリームやディープ・パープルが大音量でかかる刺激的なパーティー会場になった。

それが日常だった。

同じパブなのに上流階級と労働階級で出入口が違い、部屋も酒も同じなのに座る椅子や出されるグラスに差があったころのことだ。
因みに、中に入った私たちは階級を越えて普通に仲良く会話をした記憶しかない。

変革の最中だった。

山高帽をかぶった紳士が石畳を歩き、女王陛下並みの気取った英語でしゃべる。
ハンチングをかぶった庭師は、下町育ちが染みついた訛で別の言語のような英語を話す。
話し方で育ちという人の全てが伝わり、差別、区別が当たり前の社会だった。
当時のミュージシャンの歌にも言葉にもファッションにもそれらが反映されていた。

今は理解できる事実。

さて、当初英語もさほど話せない多感でシャイな私は、当然流行りの音楽に逃げ場を求めた。

日本でタイガースや森山良子を聞いていた私が初めて買ったLPはフリートウッド・マックとオーティス・レディング。この選曲、今思い出しても泣きそうになる。
推しはロッド・スチュワート、なんとセクシーな声。
そしてマーク・ボランとデヴィッド・ボウイの切り抜きを集める。

こうして私は形成された。

帰国後も当然どっぷりと洋楽に浸かっていた。

そして50年を経た今、私はエレファントカシマシと宮本浩次に心地よく浸かっている。
コロナ渦において彼らを全力で応援をすることで生きるエネルギーを貰ったのだ。

自分のことを初老だと言う宮本さんも、私からすれば一周り年下。
エレカシもまた、中学、高校時代に、私が浸っていた英国ロックを中心に聞いて育ったバンドで、それ故か、彼らの楽曲は私の細胞を刺激する。
ロンドン北部の川沿いの工業都市から生まれた労働者階級のバイブスを感じる。
ラジオで私と同年齢のユーミンがエレカシについて同じようなことを言っていて豪く共感した。

それは彼らが育った環境なのか、世代なのか。

10代の頃から私の身体の奥にある、体制に立ち向かうパワー、何者かになろうとするエネルギー、生きるエネルギーのようなもの。
それをいつまでも、いくつになっても感じさせてくれる宮本浩次というフロントマン。

フレーズやリフの中に昔のイギリス的な音を見つけて楽しむマニアックな聞き方をしたこともある。
しかし今は理由も解釈も不要になった。バンドも私も大人になったのだろう。
ルーツはあくまでもルーツに過ぎず。
今は自然に只々楽曲が、演奏が、存在が心を揺さぶる。楽しく、幸せだ。

宮本さんの日本語訛の英語も、その堂々としてセクシーな歌い方はあの庭師の如く、全くマイナス要素にはならない。
日本人なのだ。それでいい。

アメリカには数々のレジェンドバンドやレジェンドミュージシャンが存在する。
ドラッグの時代を経たロッカーたちの中には、若くして惜しまれながら亡くなった人も多い。
しかし、生き延びた彼らは今も心に響くロックを奏でている。


そして、日本にはエレカシと宮本浩次がいる。

きっと今後20年先まで歌を作り、バンドとしてツアーをやり続けてくれるに違いない。
私の希望であり、喜びであり、幸せの源だ。

日本のロックスターも長く頑張ってきたご褒美として、人生の最終章では立派な家に住み、趣味満載の自分の基地を作り、様々なミュージシャン達と楽しくセッションでもして、充実した音楽人生を全うして欲しい。
そして最後はその幸せのおすそ分けを、時折ライブハウスや映像で届けてくれたら、
自らの楽曲を越えてお気に入りの昔の音楽で遊ぶ姿を配信してくれたら、
どれだけ嬉しいことだろう。
私はそんな将来を切望している。

見守っていきたい。応援していきたい。

20年後の私の幸せは、そんなところにある。
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