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子供たちは「ドラえもん」で育まれる

星野源と音楽家たちの偉大なる楽曲

音楽を聴いていて、ふと既視感に襲われることがある。
それは聴いた瞬間に感じることもあれば、とんでもない時間をかけて気が付くこともある。
そんなことを思うようになったきっかけは、星野源の「ドラえもん」だった。

星野源自身が「ニューオーリンズと笑点のハイブリッド」と称する、この楽曲。
普通に聴けばコミカルでノリのいい、まさに「少しだけ不思議」な子供向けアニメの主題歌だと思う。
もちろん、そこには原作者である藤子・F・不二雄先生へのリスペクトや、ドラえもんという作品に対する慈しみのようなものがこれでもかと詰め込まれている。

ただ、それだけではない。

「ニューオーリンズ」という言葉、これはたぶん何も知らずに聴いていたら気がつかない部分だ。
(私が音楽史に詳しくないだけ、かも知れないが)
ニューオーリンズ・ジャズと呼ばれる、ジャズの原型とも言われる音楽の形態がある。
この「ドラえもん」にはそのニューオーリンズで使われる独特なリズム「セカンドライン」が用いられているのだ。
それだけ聴いても「そうなんだ」で終わるのだが、この話の根幹には「葬送」がある。
葬儀のパレードが行われる際、ニューオーリンズでは音楽を奏でながら故人を送るのだ。
その音楽は墓地への道こそ重々しいものだが、帰路になると「魂が解放されて天国に行けますように」と祝福を込めた賑やかなものになるらしい。
その葬列には「ファーストライン」と呼ばれる故人の遺族や関係者に続いて、その音楽に魅せられた人々が続く。
そんな音楽を楽しむ人々のことを「セカンドライン」と呼んだのだ。

実は「セカンドライン」と呼ばれるものは、割と身近に潜んでいる。
一番有名なところでは「聖者の行進」という楽曲がまさにセカンドラインで構成されているのだ。
ちなみに私は「聖者の行進」が霊歌だということを知らなかったし、なんだかノリのいい曲で好きだなあと思う程度の認識だった。

そして、更に注目すべきは「笑点」だ。
言うまでもなく日本を代表する演芸バラエティ、大人から子供まで思わず笑顔になってしまう日曜夕方の看板番組だ。
その主題歌「笑点のテーマ」は誰もが知っている面白おかしな楽曲で、あの「パフッ」という音を聴くだけで楽しくなってしまう。
そんな要素が「ドラえもん」に入っているというのだ。

正直、どこらへんがどう入っているのかは全く分からない。
けど「なんだか楽しい」「なんか好き」という、漠然とした面白さだけは理解できる。
そういえば、「笑点のテーマ」ってなんかメチャクチャ恰好いいと思っている私がいるのだ。

なぜだ。
「笑点のテーマ」は、なぜ恰好いいのだろうか。

ふと作曲者を見ていると、中村八大という名前が目に入ってきた。
少し調べてみると中村八大は作曲家でもあり、ジャズマンでもあった。
なんか聞き覚えはあるんだよなあと調べてみると、その作品に「上を向いて歩こう」があった。
他にも名だたる名曲が並んでいて、思わず絶句してしまった。

気がつくと「ジャズ」というキーワードで「ニューオーリンズ」と「笑点」が繋がってしまった。
驚愕だ。

そんな感じで「ドラえもん」を紐解くうちに、そういえば幼い頃に聴いていた音楽がとんでもない要素を持っていたことに気づいたのだ。
例えば最近はすっかり日本でも馴染みになっている「ラップ」だが、私が初めてそれを認識したのは吉幾三の「俺ら東京さ行ぐだ」だ。

いや、笑わないでほしい。本気で言っているのだ。

これって今思えば、とんでもなく画期的だったのだ。
演歌歌手だと思っていた吉幾三が、昭和のど真ん中でラップをはじめたのだ。
もちろん当時は「変な歌だ」とゲラゲラ笑って聴いていたし、特に感動もしていなかったと思う。
けど「歌って音階をなぞるだけじゃないんだ」と教わった気がした。
変だったけど普通だったし、自然と受け入れていた気がする。
そして今、ラップが当たり前のように流れてくる中で、違和感なく受け入れられているのは間違いなく吉幾三のおかげだと思っている。

「ヒゲのテーマ」もそうだ。
日本中が笑い転げる「8時だヨ!全員集合」を毎週生放送、生演奏で続けていた怪物のようなコントグループ、そして音楽バンドでもある「ザ・ドリフターズ」。
どうしてもお笑いの方面に注目されがちだが、私はその楽曲が大好きだった。
今思えばコントともに、毎週生演奏で上質な音楽を聴いていたのだ。
その姿は笑えるんだけど、何故か全身がゾクゾクするような恰好よさがあった。

改めて調べてみると、そのカバー楽曲や替え歌のチョイスがあまりにも秀逸すぎる。
「ヒゲのテーマ」もアメリカのR&B歌手、テディ・ペンダーグラス「Do Me」リフをループしているそうだ。
小学生が知らないうちにR&Bである。
そりゃカルチャーショックにもなるわと言いたくなった。
概してドリフの楽曲は民謡から軍歌まで幅広く、そのうえ志村けんのソウルミュージック推しが重なってとんでもなく恰好よかった。
「ドリフの早口ことば」なんて絶対に踊ってしまう。
シュガーヒル・ギャング「ラッパーズ・ディライト」の印象に、ウィルソン・ピケットの「Don't Knock My Love」のバックトラックをはめ込んだなんて、幼少期には全く知らなかった。
けど「ドリフの早口ことば」は間違いなく腰が動く名曲だ。
それだけは当時から確信していた。

国民的アニメ「サザエさん」もそうだ。
オープニングもそうだが、エンディングの「サザエさん一家」もスイングしたくなる超名曲だと思っている。
1910フルーツガム・カンパニー「Bubblegum World」が元ネタとも言われているが、バブルガムポップを幼少期から聴ける環境ってどういうことなのか。
贅沢すぎて、思わずため息が出てしまう。

考え出したらきりがない。
そう言いたくなるほど、私はたくさんの作品に音楽性を育まれてきたのだ。
音楽の要素は大なり小なり、その人に影響を与えていると思う。
しかもそれはごく自然に、気がつかないうちに耳を豊かにしてくれているのだ。

きっと今まで、たくさんの音楽家たちが様々な作品を遺してくれた。
それを新たな音楽家たちが「面白い」と捉え、新たな音楽を創造していく。
音楽家たちが全力で楽しんでくれるおかげで、それを聴く私たちは知らぬうちに「音楽」という土壌を豊かにしてもらっているのだ。

「ドラえもん」を聴きながら、ふと思う。
これを「面白い」と思って聴いている子どもたちは、いつかニューオーリンズに出会うのだろうかと。
笑点を観ながら、どこか引っかかりを覚えたりするのだろうかと。
それは音楽家・星野源の撒いた種であり、知らぬうちにジャズを刻んでいたのだと。

「ドラえもん」は、その原作がポップな作品だ。
けれども時折、そこには人間の仄暗さや欲深さ、絶望があったりする。
だとしても、それを含めての人間なのだというメッセージにも思えるのだ。
たくさんの不完全を抱えてなお、そこに夢と希望があるのだ。

音楽家・星野源の楽曲も、どこかに絶望がある。
けどそこには絶望を超える楽しさと面白さがあって、どこかに救われる気がする。
稀代の音楽家たちのように、星野源はこれからもたくさんの「音楽の種」を蒔いていくと思うのだ。
その種はいつか芽吹き、たくさんの人たちの音楽性を豊かに彩るに違いない。

世界は突然不穏になり、人と人とが触れ合うことすら難しくなった。
けれども、音楽はいつだってその耳に届く。
もう少し不自由な暮らしが続くのかも知れないけど、それを救ってくれるのは音楽であると信じている。

音楽家の紡ぐ音楽とともに、私たちは生きていく。
いつか笑顔で会える日を信じて。
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