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愛すべきロックンロールがここに在る

climbgrowがぶち鳴らす激しさの根底を追究する

私は音楽文に夢を見ていた。

自分の文章を誌面に残したい、という夢。音楽文で月間賞最優秀賞をとった作品は、月刊誌「ROCKIN’ON JAPAN」に掲載される。

だが、音楽文のサービス終了が決定した。投稿は8月分までとなる。これが最後のチャンスとなるのなら、私は、この夢を持たせてくれたclimbgrowについて書きたい。

climbgrowの魅力と、私がこのバンドを好きな理由について、後悔のないように書く。


climbgrowとの出会いは、『極彩色の夜へ』という曲だった。YouTubeで再生した瞬間、すべてを持っていかれた。

ボーカルである杉野泰誠のしゃがれた声と、初めて聴いたのに妙に身体に馴染むメロディ、芯を打つサウンド。そして、苦しくもどこか優しさと強さを感じる、繊細な歌詞。

人生で初めて味わう「出会った」という感覚があった。

彼らを知って間もなく、「COUNTDOWN JAPAN 19/20」にclimbgrowが出演することが決定した。ここで私は彼らの新しい一面を知ることになる。圧巻のステージが終わるとき、ボーカルの杉野がニヤッと笑って「俺らかっこいいっしょ」と言い放ったのだ。若いなと思った。と同時に、肝の据わり方が最高だと思った。私の心を奪ったロックンロールを鳴らしていたのは、自信と闘志に満ちた若い兄ちゃんたちだった。伝説的な遠い存在なのではなく、彼らはこれから駆け上がっていく存在なのだと分かったとき、彼らが成り上がっていく様を見たいと思った。

それから、行けるほとんどのライブに行き、climbgrowの魅力を発見してきた。

彼らの魅力は非常に複雑だ。かっこよさがあれば優しさもあり、渋さがあれば若さもある。自信満々なのかと思いきや、コンプレックスや葛藤を感じさせるときもある。一言では表せない魅力を彼らは持っている。

言葉にできない魅力なのは百も承知だが、私はあえて言葉にする努力をしてみたいと思う。


杉野はMCで、「俺にはこれしかない、バンドしかない。」ということをよく言う。同級生が勉強や部活に勤しむ高校時代を、すべて音楽に費やしてきたような人だ。周りの友達が就職していったときも、「俺にはこれしかない」「俺にはこれさえあればいい」と言い聞かせながら、すべてをバンドに注ぎ込んできたのだろう。

climbgrowの音楽には、杉野の全てが注ぎ込まれる。ライブではその魂が見える。

彼は歌うとき、苦しげな表情をすることが多い。climbgrowの音楽は、ロックンロールのかっこよさに酔いしれ、最高に楽しめる音楽だが、どこか苦しさも纏っている。

杉野の歌い方は、喉にエッジを効かせ、削るようにしてしゃがれた声を出す歌い方だ。眉間にしわを寄せ、鋭い眼光でフロアを睨みながら、しゃがれた声で叫ぶ杉野に、聴き手の心は持っていかれてしまう。目も、耳も、彼の表現から離せなくなる。そして、心をえぐり散らかされ、気が付いたらライブが終わっている。身体と心のすべてを懸けてぶち鳴らされるロックンロールだ。

climbgrowの代表曲の一つである『ラスガノ』の歌詞には、杉野の人間性が色濃く表れている。以下に歌詞を抜粋する。

「不安な未来が嫌いで そして弱い自分が嫌いで 情け無い自分が嫌いで
だから前向いて進んだ ガラスの靴は無いけど 
この履き潰したスニーカーで どんな道も進むと決めたし」

未来への不安や自分に対する嫌悪感が表現されており、作詞した杉野が悩んだり、もがいたりしながら生きていることが伝わってくる。ライブで見る彼は、とても強気だ。自信に満ちた表情が、climbgrowのロックンロールがもつ強さを引き立てる。その迫力は凄まじく、雲の上の存在に思えることもよくある。だが、歌詞を読むと、彼もまた、私と同じ地面に足をつけて歩いている人間なのだと思える。

climbgrowの音楽は、そのかっこよさと激しさゆえ、強い音楽に聴こえる。だが、最初から強いのではない、いつも強いわけでもない。弱いけれど、それでも強くあろうとする音楽なのだと思う。

歌詞では、「自分が嫌い」だという言葉に「だから前向いて進んだ」という言葉が続く。何かが足りなかったり、どうしようもなかったり、そういうマイナスな状態をなんとかプラスに転じようとしてぶち鳴らす音楽だと思う。だからものすごくパワーがいるし、歌う杉野の眼光も鋭く光るのかもしれない。

楽しむ、癒す、音楽にはいろいろな楽しみ方があるが、climbgrowは、苦しみと戦うための音楽という要素が強いのではないだろうか。日常という名の地獄を踏みしめながら歩くための、音楽。

続きの歌詞も抜粋する。

「この先の未来なんて 誰が決める物でもないから
腐ってしまうほど有り余った 絶望や希望を飲み干すんだ
未来を変えるのはお前自身だろ」

climbgrowの音楽は苦しみと戦うための音楽だと思うが、私の苦しみと代わりに戦ってくれるわけではない。私の未来を変えられるのは私だけなのだ。それぞれが自己の苦しみと戦う。私は私の苦しみと戦う。私にとってclimbgrowの音楽は、苦しみと戦うための力を少し分けてくれるような存在だ。

歌詞の最後を抜粋する。

「この足で運んでやるよ 明日へとあんたを
一歩目を踏み出したんだ 此処からが勝負だ」

彼らの音楽を聴くと、立ち止まって前に進めずにいる背中を、思いっきりロックンロールで蹴り飛ばされるような感覚がある。力ずくで私を明日へと運んでくれる。運び方はかなり手荒だが、蹴り飛ばしてもお前ならこけたりしないだろ、そのまま踏ん張って進めるだろ、という信頼ゆえの手荒さだとも思う。彼らの音楽に蹴り飛ばされると、なんでもできるような気がしてくるから不思議だ。

もう一つ、あえて言葉にしたい魅力がある。彼らの音楽には、蹴り飛ばすような乱暴さもあるのに、すべてを受け止めてくれるような安心感もあるのだ。楽曲には、苦しい現状や自分に対する怒りが込められている一方で、聴き手を想う優しさも込められていると思う。そして、この2つの要素がぐちゃぐちゃに混じり合っているかんじがたまらなくかっこいい。

杉野のMCで最も優しいと感じた言葉を紹介する。

「クソみたいな世界でも、暗い世界でも、怖いんだったら俺が手を握っといてやる。」

激しさのなかに優しさを内包しているロックンロールが一番かっこいいと私は思う。

彼らの音楽に出会ったときは、激しくてかっこいいなと思った。それは今も変わらないが、歌詞の一つ一つ、MCの言葉、ライブのときの表情、それらを隅々まで見ながら追いかけたとき、その激しさに内包された優しさを見つけた。

激しさに惹きつけられた私が、climbgrowに優しさを見つけたとき、私はもう一度、彼らの音楽に出会い直したのかもしれない。

このバンドは、深い。かっこいいだけではない、強烈な優しさが根底にある。


激しさの中に内包された優しさと、苦しい状況をプラスに転じる力。私がclimbgrowを好きな理由はこれなのだ。

コロナという未曽有の事態になっている今、これから何が起こるのかは分からない。でも、何があっても大丈夫だと思う。

苦しい状況からひっくり返すのが彼らの音楽なのだから。

勝負はいつだって、此処からだ。


climbgrowは2020年9月に『CULTURE』というアルバムをリリースすると同時に、メジャーデビューをした。しかし、コロナ禍の情勢の中、リリースツアーの開催は叶わなかった。

そして2021年になり、人数制限を設けた上で、リリースツアーのリベンジとなる「BACK TO THE CULTURE」が開催され、全14公演を回り、8月13日をもって完走した。

複数の公演に参加したが、ツアーを回るなかで、彼らのライブは強さを増した。ステージから放たれるエネルギーの強さが異常だ。モッシュやダイブがないのに、ここまで熱気をもったライブをできるバンドはそう多くはないだろう。

そして、優しくなった。ツアー前の彼らは、音楽で聴く者の背中を蹴り飛ばしてくれるようなライブをしていて、それが最高にかっこよかった。しかし、今はそのうえで愛や優しさを伝えられるようになった。

ライブが終わった後、「かっこよかったな」という余韻とともに、心があたたかくなって、優しい気持ちが残る。これは大きな変化だ。バンド活動が停滞しがちなコロナ禍において、さらに輝きを増した彼らには希望しかない。

強くてかっこよくて、愛と優しさを伝えられるロックンロール。

私はclimbgrowが大好きだ。

優しさも弱さも抱えたまま、強く強く光りつづけてほしい。
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