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一緒にいた証、そこから続く今日

BUMP OF CHICKENの『You were here』によせて

2014年8月1日午前0時。大切な曲と出会えたこの夜を、私はいつまでも覚えておきたい。


日付が変わったその瞬間、私は病院にいた。仮眠をとる母を横目に、一定のリズムを刻む機械音と、おそろしく間隔の空いた父の息遣いを黙然と聞いていた。父の呼吸音をひとつ確認しては安堵し、「大丈夫、まだ生きてる」と、心のなかでおまじないのように繰り返し唱えていた。

この世にたったひとりの大好きな父が、遠くへいこうとしていた。

看護学生だった私は、覚えたての知識と目に映る現実を冷静に、というよりも、本当に心が冷たく静かになってしまったのではないかと感じるくらい淡々と照らし合わせていた。おそらくそうすることでしか自分の形を保てなかったのだと思う。

暫くして母が目を覚ました。が、それでも私は眠りにつこうとしなかった。なんだか惜しく、怖かったのだ。意地のようなものもあったかもしれない。かといって疲労感が全くなかったわけでもない。固くなった心と体を休めたい気持ちもあった私は、自然とスマートフォンに手を伸ばしていた。簡易ベッドに横たわり、インターネットの海をあてもなく泳いでいた気がする。

そんな時だった。それまで宙を彷徨っていた意識と視界の焦点が、突然ピタッと合わさった。大好きなBUMP OF CHICKENの最新情報を目にしたのだ。心がじんわりと熱を帯び、暖かい色に染まっていくのを感じた。と同時に、自分を俯瞰するような、思わず後退りしてしまうような、なんとも言えない不思議な感覚に襲われた。


遡ること数時間。2014年7月31日。この日は前年から続くツアー『WILLPOLIS』の集大成となる『WILLPOLIS 2014 FINAL』が、バンド初となる東京ドームで開催されていた。

私が目にした情報というのは、そこで初披露された楽曲についてのものだった。ツアー中に書き上げられた同曲が、ライブ直後の興奮冷めやらぬ空気の中、日付が変わったタイミングでデジタル配信されたらしい。

当時の私にとってライブというものは、テレビや雑誌やインターネットといった媒体の向こう側にある想像上の世界で、漠然とした憧れはあったもののまだまだ非現実的なものだった。そのため、きっと多くのリスナーにとってこれ以上ない贈り物となった最新曲のニュースも、この時の私はまだどこか他人事のように捉えていた。

新曲を聴ける喜びは確かにあった。あったが、自分が置かれた状況を思うと忽ち圧迫感のようなものが流れ込んでくるのだ。新曲リリースに伴う幸せな空間に心踊らせながら飛び込んでいけるほど、私は器用な人間ではなかった。結果として大好きな人たちからのとっておきのプレゼントを前に、ひとり勝手に気後れしてしまっていた。


スマートフォンの画面から伝わってくる熱がただただ眩しかった。何かを望むたび、「こんな時に」という言葉がちらついた。こんな時に曲を聴いてよいのだろうか、聴けるのだろうか、こんな時に、こんな時に......。

だけど――

今聴かなければ、いつか絶対後悔する。

ふとよぎったこの想いに強く引っ張られた。都合の良い考えかもしれない。しかし何かにすがらなければ、押し寄せる不安と恐怖に飲み込まれてしまいそうだった。気を紛らせたかったのかもしれない。音楽に助けを求めたのかも。いや、どれもきっと言い訳に過ぎなくて、本音はもっとシンプルで、大好きな人たちの音楽を聴きたいという欲に抗えなかったのだと思う。

そっとイヤホンを装着し、呼吸を整える。『You were here』というタイトルが意味するものとは何なのか。どんな音が響いてくるのか。この時ばかりはいちファンとして気持ちがはやった。

再生。

優しくて、温かくて、切なくて、愛しい音の粒が、鼓膜を通じて全身に溶けていく。落ち着きのある低い声と、硝子細工のように繊細な裏声のコントラストが胸を締め付ける。そしてなにより、切実な想いをそのまま取り出したかのような歌詞が、私の心を大きく揺さぶった。


<車輪が回って遠ざけていく>

<君の声が聴こえた事/まぶたの裏に光の記憶>

<伝えたかった事 伝わったのかな/伝えたかった事ってなんなのかな>

<また会いたい 会いたいよ/もう会いたい 会いたいよ/君がいるのにいないよ>

(BUMP OF CHICKEN『You were here』より)


驚いた。本当にビックリした。このタイミングで世に出すのだ、多少なりともツアーで感じた想いが込められているのだろうと心の片隅で思っていた。遠い存在なのだと。でもそうじゃなかった。いや実際にはそうなのかもしれないけれど、私にとってはそうじゃなかった。

今まで閉じ込めていたものが、堰を切ったように溢れ出てきた。考え始めるともう止まらない。黒く光る専用車両のタイヤ。今目の前に確かに存在している父の、おそらくもうここにはない意識。幼い頃の楽しい記憶。昔からよく泣いていた私を、何も言わずに抱き締めてくれた腕のぬくもり、力強さ。ちょっとやそっとでは動じない頼もしい背中。以前罹患した脳梗塞の影響もあって晩年は発語がままならなくなっていた彼の、伝えたかったことの半分も受け取ることができなかった悔しさや切なさ。悲しそうな笑顔。やり場のなさを共有した時間。次第に忘れつつあった、優しくも背筋が伸びるような深い声。

どんな姿であれ、愛しくて大切な存在であることに変わりはない。それは間違いない。だけどどうしても考えてしまう。あの頃の父にもう一度会いたい。もう一度父と話したい。声を聞きたい。目を開けてほしい。

込み上げてくるものがあまりに多すぎた。

現状を歌詞に重ねたのは他でもない私自身だが、その衝撃にすっかり放心してしまった私に、もう一度再生ボタンを押す余裕は残っていなかった。それほどまでに凄まじい曲だった。しかしだからといって「聴かなければよかった」などという考えは微塵も抱かなかった。むしろこの曲との出会いをずっと待っていたような気さえした。


<出会えば必ずさよなら/そこから伸びた時間の上>

<もう消えない 消えないよ/そこから伸びた時間の上を歩くよ/全て越えて会いにいくよ>

(BUMP OF CHICKEN『You were here』より)


余韻のように頭に残ったこの歌詞。状況が状況なだけあって正直かなり応えるものだったが、一方で揺るぎない事実を教えてくれた部分でもあった。私たちは確かに一緒にいたし、その時間は決してなくならない。続いていく。たとえあなたと別れても、私はあなたとの記憶を連れて生きていく。『You were here』――あなたはここにいた。ちゃんと一緒にいた。今この瞬間も、同じ時を過ごしている。ここにいる。一緒にいる。だからきっと、大丈夫。


同日朝方、父は息を引き取った。全てから解放されたような、とても澄んだ顔をしていた。


これはつい最近知ったことだが、Vo/Gの藤原基央氏は『WILLPOLIS 2014 FINAL』翌日、つまり『You were here』がリリースされた8月1日のインタビューにて次のように話している。

“ツアーの最後で、あんなタイミングでやったら『WILLPOLIS』の印象っていうのがどうしても強くなっちゃうかもしれないけど、そういうわけでもなくて。(中略)聴いてくれたお客さんとその曲の間で、きっとまだいっぱい生まれてくると思うし、あの曲と一緒に僕たちはまた歩みたいと思ってる”
(ROCKIN'ON JAPAN 2014年10月号より)

今なら分かる。そう、そうなのだ。藤原基央という人は、BUMP OF CHICKENというバンドは、聴く人それぞれの曲になる、鏡のような音楽を届けてくれる人たちだ。この『You were here』も、私にとっては、父に捧げる鎮魂歌のような、父からの手紙のような、私たち父娘を繋ぐお守りのような、そんなかけがえのない大切なものになっている。烏滸がましいかもしれないが、この曲をきっかけに「私のために歌ってくれている」という感覚を知っていったようにも思う。変に引け目を感じる必要はなかった。大切に届けてくれた以上、誇りを持って受け取ってよかったのだ。


同インタビューで藤原氏は、『You were here』の販売形態が配信限定になった経緯についても語ってくれている。

“こういうテーマの曲を僕は書きたいので、スタジオ入るぞ!っていうのはまったくなかったです。でも曲ができたら『うわっ、これはもう早く聴いてほしい』っていう気持ちがすごく強くなって、(中略)そしたらスタッフのほうから『配信限定っていうのはどうかな』って、確かその日のうちにアイディアを出してくれて。(中略)この曲に最適なお客さんとの出会い方っていうのは、もうこのタイミングを逃したらないだろうっていうふうにみんなが思って”
(ROCKIN'ON JAPAN 2014年10月号より)

父の命日と『You were here』のリリース日が重なったのは完全なる偶然だ。それは自分でも分かっている。出会い方が違っていれば全く異なる感情を抱いていたかもしれないし、こんなに心が震えることもなかったかもしれない。しかし私が必要としていた曲に、私が必要としていたタイミングで出会えたのも、紛れもない事実なのだ。これを逃せばもうないと、必死に曲を届けてくれたのも。そこに何かの縁を感じたいと思うのは、独り善がりの我が儘だろうか。

あの日あの場所あの状況でこの曲に出会えて良かった。私は今でも心からそう思っている。


私にとっていろんな意味で特別な日となった8月1日。毎年この日は『You were here』を聴きながら、父との記憶をゆっくり辿っている。

父が亡くなって間もない頃は、息をしようとすると、少しでも考えを巡らせると、一瞬で涙が溢れて止まらない......。そんな日々が続いていて、音楽を聴くにもある程度の覚悟が必要だった。特に思い入れが強かった『You were here』は、初めて聴いた時の衝撃を全身が覚えていて、大切な曲とはいえなかなか積極的には聴けなかった。

しかし時間の経過とともに段々と「無がある」ことを理解していき、音楽とも心地よい距離感で触れ合えるようになってきた。念願のライブにも参加できるようになったし、『You were here』も今では穏やかに深呼吸しながら懐かしい気持ちで聴くことができている。それでもたまにどうしようもなく寂しくなってしまうことがあるけれど、その時はこの曲と気持ちを分け合うことで、再び起き上がる力をもらっている。

当時の記憶を言葉に直し始めたのは、父が亡くなってから5年ほど経った頃だった。大切な曲との出会いや想いを、目に見える形でどこかに残しておきたいと思ったのだ。それを最終的に、前々からいつか投稿してみたいと密かに思っていた「音楽文」として、今の私なりに真っ直ぐ表現することができて良かった。


“絶対の証拠になるような1曲”
(ROCKIN'ON JAPAN 2014年10月号より)

これは先述したインタビュー内で、藤原氏が『You were here』という曲の意味を問われた際に残した言葉だ。大切な人と一緒にいた時間や記憶、その確かな証をこの曲に感じながら、そこから続く今日を私はまた歩いていく。





<>内の歌詞はBUMP OF CHICKEN『You were here』より、“ ”内の文章は『ROCKIN'ON JAPAN 2014年10月号』よりそれぞれ引用
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