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強さを手にするより 弱さを越えたいんだよ

いきものがかりがくれたプライスレス

2021年8月31日。
三人のいきものがかりが二人体制になって、1ヶ月が経った。

今日こうして、この場所に文章を書くのも最後となる。

音楽は“聴くもの”でありながら、音楽文は私にとって“書く音楽”、“読む音楽”であった。

10年間ファンとして応援しているいきものがかりについて、感謝を込めて文章にしたい。


2012年、8月。
私は一人、武道館の客席で初めて参戦するいきものがかりのライブの開演を待っていた。
オープニングを飾った1曲目は、『風が吹いている』。
「NHK ロンドン2012 放送テーマソング」になった曲でもあり、ファンでなくとも耳にしたことのある人は多いと思う。

いきものがかりが歌い奏でる楽曲は、歌詞というよりも“言の葉”という表現がしっくり来るように感じる。

私がいきものがかりに出会ったのは、2010年の暮れ。
CDショップのポイントカードのスタンプが一杯になりクーポンになったからと、母から数枚もらった。

当時の私は、朝から夜まで働きづめで、休日はめったになかった。
久しぶりの平日休みに軽く足を弾ませながら、店舗へ向かう。

何のCDを買うか決めないまま、店内をうろついた。
何気なく手にしたアルバムが、『いきものばかり~メンバーズBESTセレクション~』。

「いきものがかり…名前は知ってるけど、曲は知らないから聴いてみよう。」と、レジで“商品”から“自分のCD”の仲間入りをした。

幼い頃から家では洋楽が流れていたので、J-POPに馴染みがないまま私は大人になった。

いきものがかりのCDをラジカセにセットして、流れてきたメロディーラインと歌声に、心が洗われた。
この瞬間が、自発的に聴いたJ-POPとの“初めまして”だった。


中高生の頃は、なんとなく周りのクラスメイトに合わせて、アイドルファンの仮面を被っていた。
放課後、仮面を脱いで寄り道していたのは、レンタルCDショップ。
そこでも手にするのは、海外アーティストのロックやR&B、ジャズのCDだった。
あまり英語は分からなかったが、常に洋楽を無意識的に耳へ入れていた。


私の両親は、音楽フリークと音楽には興味なし、で構成されていた。
母が大の洋楽好き、父は山や海を愛する自然好き。
親の影響は、偉大である。


2012年の武道館公演から4年後。
デビュー10周年を迎えたいきものがかりは、地元である海老名と厚木で凱旋ライブをした。
隣の席には、音楽に興味が薄かった父がいた。

父は『風が吹いている』が、大好きである。
いや、寡黙な人ゆえに分かりづらいが、いきものがかりが大好きである。

私が、いきものがかりを勧めたことはない。
おそらくロンドンオリンピックを観て、曲を知ったのだろう。
通勤中にも動画を観たり、スマホに取り込んだ曲を聴いて、「今日も頑張ろう」「今日も頑張った」と思い巡らせながら、いきものがかりから元気をもらっていた話を聞いたのは、ライブの後だった。

普段は会話も、接点さえも少ない父と娘。
開場まで時間があったので、カフェで好きな曲を語り合い、オススメを教えた。

『ありがとう』も、好きだと言う。
家族の間で「ありがとう」という言葉が、直接交わされることは昔から少ない。
照れもあるのだろうか、つい「うん」とか「どうも」で、お互い終わらせてしまう。


【“ありがとう”って伝えたくて あなたを見つめるけど/繋がれた右手は 誰よりも優しく ほら この声を受けとめている】


生真面目で堅物な父が、こんなにも真っ直ぐな言葉を好むとは…。
いきものがかりの曲を通して、父が抱いていた長年の想いを知ることができた。


時間が来たので、ライブ会場へ向かう。
いつも冷静すぎる父の、テンションが上がっている。
開場の高揚感に飲まれているのかもしれないが、初めて見る父の姿にワクワクした戸惑いを覚えた。

グッズは、限定色のマフラータオルを購入していた。
ライブが始まり会場の熱気も最高潮になった頃、『じょいふる』でタオルを回している。
ボーカルの美しさとギターの音色、バンドサウンドに耳を集中させ、ステージを真っ直ぐ見つめている。

会場に車いすエリアがあるのを見つけ、「お母さんも連れてきたかったな。」と、ポツリ。
この日、いつか三人でライブ参戦するという夢ができた。


しかし翌年の2017年、いきものがかりは放牧期間(活動休止)を挟み、2018年に集牧(活動再開)した。

アルバムのリリースと、引っ提げたツアーが企画されたが、世の中はコロナ禍になりツアーは延期・中止となった。
それでも、いきものがかりは音楽を届けることを止めなかった。
SNSや動画投稿で、つないでくれた。


そして今年、2021年。ギター・山下穂尊の脱退。
三人のいきものがかりのファイナルライブは、配信で参戦した。

私の家族も今、三人から二人になろうとしている。
両親と、私。それぞれの自由と自立に向けて、進んでいる。

三人が、二人になること。
自分らしい人生を羽ばたく。



【時代はいま 変わっていく 僕たちには願いがある/この涙も その笑顔も すべてをつないでいく】

働きづめだった、あの頃。私は強さを求めていた。
今はコロナ禍の影響で、フリーランス。弱さを持った人間なのかもしれない。
文章を書くこと、音楽を創ることが、私が持つ未来への【願い】である。

歳を重ねた両親と会場でライブに参戦することは、叶わぬ夢となりつつある。
とくに昨年から、日常が様変わりして藻掻きながら生活する日々。
それでも、配信という形でのライブスタイルが【すべてをつないでいく】。


きっといつか、必ずまた会える。
いきものがかりは、前向きで温かい希望をプレゼントしてくれる『太陽』だ。

二人になった、いきものがかり。
今度はファンが『YELL』を送るバトンを持つ。


『いつだって僕らは』、『笑ってたいんだ』。

これからも、『心の花を咲かせよう』。


【終わりという始まり】は、まだ始まったばかり。
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