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『音楽』と言う名のMAGICを纏え。

sumikaの放つ優しさと強さは、きっとずっと揺るがない

バンドと呼ばれるジャンルには何となく苦手意識を持っていた。
物心ついた頃には家にピアノがあった。その流れでピアノを習っていたし、高校は吹奏楽部。ジャパニーズR&Bと呼ばれる音楽が出てきたのもその頃で、わたしもラジオで聴いて好きになった。ずっとそういった音楽に接していたからかもしれないが、いわゆるロックバンドはほとんど聴かなかったし、そもそも興味がなかった。聴いても音に馴染めなかったから、バンドサウンドは縁遠く、ハードルが高いものと感じながら過ごして来た。
昨年2/28、北海道で最初に緊急事態宣言が出されてから1年8ヶ月。
あの宣言が無ければおそらくCDを手にすることもなかった、sumikaというわたしにとって大事なバンドのことを書いておきたいと思う。
「バンドは苦手」というそれまでの思い込みを振り払って、知らなかった音楽の世界を広げてくれたバンド。
そして今思い返せば、あの日に感じた不安や喪失感、無力感と向き合うためにも間違いなく必要だった音楽だ。
今確信していることはひとつ。
あの年の冬、ラジオで『MAGIC』を耳にしたのは偶然ではない。必然だった。



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2016年12月、いつも聴いているFM局のパワープレイだったのがsumikaの『MAGIC』。
タイミングは年末の超繁忙期。当時は新人のOJTも抱えていて、目の前の仕事に追われていたことくらいしか覚えていない。ラジオを聴く余裕はともかく、自分のココロの余裕も無かった。流れていても、あぁパワープレイなんだ、くらいの感じで聴いていたのだと思う。
3年経った2019年12月。別動画のリンク先にあった『願い』のMVで再びsumikaの名前を目にしたのだが、最初は全く初見のバンドだと思っていた。気付いたのは年明けてさらにしばらく後、サブスクで見つけたプレイリストを自宅でBGMに掛けていた時。
「この曲、前に何かで聴いてる……」
打ち上げ花火みたいに華やかなホーンセクションと歌い出し、その後に続くピアノの音。つい手を叩きたくなる感じの、ハッピーな音とリズム。
それが、3年前に耳にした『MAGIC』だった。

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最初に『願い』のMVを観た時の印象は「音がキレイ」。優しく柔らかい、素敵な音。
バリバリの重低音やギターの音が苦手だったから、自分にとって身近なピアノの音が聴こえたことに初めは少しびっくりしたし、同時に「音が(わたしの思っている)バンドっぽくない」とも思った。そこで「他はどんなの??」と、仕組みもよく分からないままサブスクを検索したのが最初。見つけたプレイリストを聴く途中で「あれ?」とふと気付いたのが、『MAGIC』のあの華やかなイントロだった(と言っても、ここに辿り着くまでに2ヶ月程かかっている)。
うろ覚えのイントロの曲に3年以上経ってから気付くとは思ってもいなかった。それくらい『MAGIC』のイントロは好きな音満載、わたしにはインパクト抜群だったのだろう。
ただこの時は、CDを買うことはしなかった。その後しばらくサブスクで聴きながら、バンドのプロフィールや経緯を知り、他の曲のMVも観て、近寄りやすいバンドだということはわかった。3月初めのEPリリースもこの時に知った。
「この音、好きかもしれない…」
北海道で最初に緊急事態宣言が出されたのは、そう思い始めた矢先のこと。
接客業務の制限、勤務時間の短縮…今まであったものが一度に無くなって、時計が止まったような感覚が襲ってきた。
その喪失感を埋めたいと手にしたCDが『願い / ハイヤーグラウンド』の初回生産限定盤と『Harmonize e.p』だった。


この時のインタビューで片岡さんが『(EPは)4曲全部リード曲』と話していたと思う。
確かにイントロだけ聴いたら全て違うバンドの曲じゃないかとわたしは感じたほどだ。振り幅が広すぎる。実際、違う声のボーカルが聴こえて「いきなり買うCD間違った??」と慌てたし(ライブ音源の『enn』だった)、『Vital Apartment.』までの過去作を聴いた時には「本当に同じ人達???」とクレジットを2度見もした。
それでも聴いていて違和感は感じなかった。想像していた以上に優しく、柔らかい音。音が沢山重なっていても、ひとつひとつがはっきり聴こえる。ブラバンの「せーの」で音を合わせる感じに何か似ている。曲の振り幅が広いのに、棘がない。初めに感じた「音がキレイ」は本物だった。
そして聴こえてくる全ての音が優しい。優しすぎるくらい。音ひとつひとつにも言葉が乗っているように、すうっとココロに入ってくる。聴いた後に嫌な気持ちにならないというのも、わたしには心地良かった。バントに対するハードルが下がったし、それまでほとんど観なかった映像ものも観るようになった。単純に生の音を聴きたいと思ったし、本編そっちのけの副音声にケラケラ笑ったり。思うように過ごせなくなった毎日の中で、少しでもやってみたいことが増え、笑えることが出来たのはわたしにとって相当の救いになった。



同タイミングでの他のインタビューや音楽番組も合わせて読んで観たのだが、その時感じたのが「言葉の選び方がものすごく素敵」ということ。
彼らが発するものに対して何だか忙しいくらいにいちいち、心が動くのだ。



『歩みを止めず、思考を止めず
 いつでもステージに立てるように
 武器は常に研いでおきます』
(2020.3.18.小川さんTwitterより)
5月末、止められていた店頭出勤再開の直前に何気なく読み返して、うわああぁぁぁと慌てて仕事の資料を引っ張り出したり、


『この一歩が次に繋がるように、また会って一緒に笑って音楽が出来る様に、大切なものをちゃんと大切にしていきましょうね!!』
(2021.8.13.黒田さんTwitterより)
こんな事直接言われたら絶対うれしいし、



『会場に100人いても1000人いても1万人いても、1対1×◯(会場のキャパ数)っていう考え方じゃないと、嘘っぽいなって』
(2020.3.8.日本テレビ『バズリズム02』出演時片岡さんインタビューより部分抜粋。間違い等ありましたらすみません)
周りの人達にわたしはそういう気持ちで接している?とつい反省したり…


揺さ振られると言うより、トントンとつっつかれて「ん?」と気付くような感じだと思う。読み返すごとに毎回その意味をつい考え込むし、時間を置いてから読み返した時に初めてハッとする事だってある。普段から自分の周りをよく見てないと分からない事に気付いて、それを言葉にするための考え方や価値観を4人それぞれがちゃんと持っているからこそ、出てくる言葉なのだろう。ましてやこのご時世、相手の本心どころか、表情だってわからない。だからせめて、自分たちの意思表示はちゃんとしておきたい、そんなふうに感じるのだ。
特に、片岡さんの言っていた「1対1」。あぁそうか、と思った。
確かに「1対1」で言われた事ならほかのどんな事より絶対に耳に残るし、覚えてる。その内容がどんなに痛いことでも、直接言われて分かる相手の優しさだってきっと感じられる。そこに含まれるポジティブさや誠実さ、安心感、そして強さも…そういったものの伝わり方の速度が他より速く感じるのは、そこにちゃんとリアリティと温度感があるからなのかもしれない。sumikaが放つのは、目の前にいる「あなた」に「1対1」で真っ直ぐに「伝えたい」という彼らの意思表示。その揺るがない思いが乗った音と言葉はリスナーに真っ直ぐ、熱すぎず冷た過ぎずのちょうどいいベストな温度で伝わってくる。新曲やインタビューに限らず、昨年のDress farm、Little Crownもそうだ。そして伝わったものを受け取ったら、こちらも何か返したい。さあどう返す? 毎回そう思わせてくれる。


そのことをきちんと理解して、確信できたのが、Dress farm 2020のインタビュー。


『弱ってる時って優しい歌に癒されることもあると思うんですけど、僕は自分を奮い立たせるための音が聴きたいなと思うことがあるんです。(中略)最終的に自分が奮い立たないと何もできない部分も同じくらいたくさんあるよなと思ってて。それこそ綺麗なものだけじゃ救えない時もあるかもしれないし、優しいだけじゃ力になれない時もある』
(MUSICA 2020.7月号 sumika『Dress farm 2020』荒井さんインタビューより)


昨年夏前にこのインタビューを読んでハッとした。
そうだ、彼らだってひとりの人間、いちリスナー。わたしたちと同じように、或いはわたしたち以上に痛みや葛藤、迷い、もどかしさ、悲しさ、いっぱい抱えていたんだ。
わたし自身も、4月初めから2ヶ月近く在宅勤務だった。接客という仕事をしていて、勤務店に行けない、接客出来ないなんて考えた事も想像した事も無かった。それを音楽を生業にしている人の立場から見れば、ライブが出来ないということになる。落ち込まないわけがない。
とてつもなく落ち込んだ所から動きたくて、周りに頼っても動けなかったら、わたしは何に頼ってきただろう?
思い当たるのは音楽しかなかった。実際、胆振東部地震の後にメンタル不調を起こした時がそうだった(当時は違うアーティストの曲だったが)。その時ほどではないとしても、自宅に引きこもった2ヶ月間は実際暗かったし、落ち込みすぎて1日泣いていたこともあった。
sumikaの音楽にリアリティを感じるのは、先に進めないと感じた時に、自分でその先を決めるためのヒントがあるからだと感じる。あくまでも彼らが提示するのは選択肢。どうするかを決めるのは自分自身。決められなくても、ひとまず自分が落ち着くきっかけになる。あの2ヶ月間、わたしは落ち着くきっかけが欲しかった。思い返せばその時に自宅でいちばん多くかけていたのがsumikaだ。時にはレポート作成のBGMに、時には泣く自分を落ち着かせるために。仕事に行く時も、落ち着くために通勤の地下鉄で、コンコースの通路で、何かに頼るように聴いている。ちゃんと自分を奮い立たせるための音になっていたし、今もなっているじゃないか。
音楽に救われるなんて、ずっとどこか半信半疑だった。救われたことはあったはずだが、その実感がなかったから。
感じられなくなったリアリティと温度感を、わたしは無意識のうちに何かに求めるようになっていたのだろう。人との関わりでも、自分の進む方向や考え方においても。
欲しかったリアリティと温度感がsumikaの音楽にはあって、ちゃんと感じ取れる。そう確信できたのがこの時だった。



おそらくこの前後からだと思うが、聴く楽曲の歌詞が突然ストンと耳に入ってくることが増えた。
それも、かなりピンポイントに。


──今から僕が歌うこの歌は
  世界を救うようなスケールではなくて
  現在目の前で戦うあなたの
  幸せを只願う歌だ
──『明日晴れるさ』


sumikaの曲を聴いて初めて泣いたのがこの曲だった。GW明け、自粛期間中でおそらくいちばん落ち込んでいた時。もともと泣くこと自体好きじゃないし、泣くほどの感情もその時は持っていなかった。それなのに、この時はどこかに閉じ込めていた自分の感情が全部引っ張り出された。つらかったら泣いていいし、その後に前に進めばいいんだよって言われたように感じたし、自宅にひとりでいるのはやっぱり怖かったんだと自覚できたのもこの時だった。
他にも、


──満身創痍勇者はそれでも
  光差す方 手のなる方へ
  心のままに自分騙さずに
  信じる道へ高鳴る方へ
──『ふっかつのじゅもん』

──妄想だっていいからさ
本気の話をしよう
理想だらけでいいからさ
覚悟の話をしよう
──『祝祭』


数年前のわたしならおそらく聴き流しているようなことがすうっと耳に入ってくるのは、この状況下のこのタイミングだったからなのかもと感じる。自粛期間中からずっと、何も出来ないわけじゃないのに動けずにいた。モヤモヤもしたし、また地震の後のように落ち込むんじゃないかとビクビクしてもいた。それなら何かに頼ったっていいじゃないか? 大人気ないけど、好きになったバンドとその音に手を引いてもらったっていいじゃないか?
自分ひとりで何とかしようとするにも限りがある。かと言って他の人に頼るのも勇気が要る。
だけど音楽なら、自分が必要な時に手を伸ばして、ちょっとだけ手を引いてもらうもよし、1人になりたい時にどっぷり埋もれてもよし。怖いものから自分を守るためのストールのように纏ってもよし。
コロナ禍になってから1年半以上、わたしはそれまでにない位のレベルで音楽に頼っている。それ以前の自分のつらい時もたぶんそうだった。それを教えてくれたのがsumikaだ。今もその音に頼っているし、必要な時に彼らの言葉はちゃんとココロに入ってくるし、足がすくみそうになる時にはそれを思い返すことができる。
未来の輪郭がはっきりしないまま時だけが過ぎた感はあるし、コロナ禍以前の状態に戻るだろうかという不安も相変わらずだ。これからまた、その不安が積もり積もっていくかもしれない。時間も待ってくれない。
だからちょっとずつでも進みたいし、迷ってもきっと大丈夫。sumikaはそんな風に思わせてくれるMAGICを持っている、そう信じてる。



北海道も先日、3度目(実質4度目)の緊急事態宣言が出された。
極力仕事と買い出し以外では出掛けないようにしてはいるが、わたしの勤務店は札幌の街中。何かしらリスクはあるし、気を付けていても何か起きるんじゃないかとビクビクしている。
そんな中でもツアーの日程を組んで、居場所を作ってくれるsumikaにわたしは心から感謝しているし、こんな混沌としたタイミングで彼らに出会えたことも、ものすごく幸せだと感じている。
6月初め、9月の札幌公演の日程が出た時は、Daily’s Lampが中止になった事もあって思わずうわっと声を出し、最初に観るのはワンマンと決めていたので、8月のROCK CIRCUITも行かなかった。
ただ現状、行くかどうかはギリギリまで迷うだろう。
もちろんsumikaとスタッフチームのライブをやるという覚悟は承知している。音楽をやめない、止めない、続けていくんだという思いも。
ならば観に行くこちらにだって、それ相応の覚悟は間違いなく必要だ。
…わたしにその覚悟が出来るだろうか?
中途半端な気持ちで観に行っても、それはそれで失礼なんじゃないかと思うのだ。
分かっていることはある。
わたしにとって音楽は不要不急ではなく、必要至急のもの。そして、それなりに年齢を重ねた大人のココロをこんなにも揺さぶってくるバンドには、そうそう出逢えない。
だからやっぱり、sumikaの生の音に、ライブに触れてみたいし、今出来ることを続けていきたいとも思うのだ。
だからこの場で、自信を持って言っておく。
sumikaはわたしの推しバンド。
おそらく、きっとずっと揺るがない。
彼らの放つ優しく強いMAGICを纏ったら、そこには見たことのない景色が待っている。きっと大丈夫。


この文自体は、1年ほど前から書き進めていた。途中何度か全削除したり、最初から書き直したりして、投稿締め切りに何とか間に合った。書き切れてよかった。
そんなわけでこの音楽文は、わたしのささやかな意思表示でもある。


sumikaズの皆様へ。
出逢ってくれて、ありがとうございます。
これからもどうぞ、よろしくお願い致します。
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