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シンスアイヴビーンラヴィング レッド・ツェッペリンを愛し続けて

ペイジさん、演奏するたびに進化するツェッペリンのライブ映像を早くリリースしてください

俺が一番好きなバンドはレッド・ツェッペリンである。
ずっと何を書いていいのかわからなかったのだが、もう最後だから書いてしまう。
40年以上ロックを聴き続けて、一番聴いた曲は、カシミール か アキレス・ラスト・スタンドだろう。断言できる。

最初に要望を書いてしまう。ミスター・ジミー・ペイジ、ライブの膨大な映像と音源を保有しているだろう。もう再結成はないと俺もさすがに諦めたから、全て、世に発売してほしい。全部買います。DVDならこの時代でも世界中で1,000万枚は売れるはず。みんな観たいんです。

ツェッペリンについての俺の気持ちを想いつつくままに素直に書きます。

パクリ疑惑なんてない。ツェッペリンが演奏すればすべてツェッペリンのオリジナル居になってしまうのだ。
ツェッペリンの歌で、古いブルーズを改変して、ペイジ、プラントとクレジットされている曲は多い。その影響か、天国への階段まで、盗作と言われている。
ツェッペリンの曲には、ある曲を演奏していたら、違うオリジナルソングができてしまったというのも多いと確信している。
例えば、移民の歌。これは、あれまで、オープニングに使っていたウィアー・ゴナ・グルーヴをリハしていたら、ペイジが違うギターリフを思いついて、それにあわせて、ボーナムがリフに合わせてドラムを叩いたら、違う曲になって、そこにプラントがケルト神話の歌詞を書いてできた曲に違いない。しかし、何度聴いても、ボーナムとペイジギターのリフのユニゾンは凄まじい。
トランプルド・アンダー・フットは、これいいよねとか言って、ふざけて、スティーヴィー・ワンダーの迷信をジョーンズが弾いていたら、それに合わせて、ボーナムがドラムを叩いて出来ちゃったんだ。しかし、このツェッペリン流ファンクは、似ているとわかってもオリジナルでしかない。

完全な元歌ありなのが、死にかけて だ。俺は英語はわからないから、歌詞の分析まで、出来ないが、ボブ・ディランのバージョンを随分と後に聴いたときはときは驚いた。しかもボブ・ディランのオリジナルでもない。作者不詳のゴスペルソングだから倒錯ではないがクレジットまでするのか。
と書いてきたが、全て、ツェッペリンの完全オリジナル曲と言い切ってしまう。わかりやすいので 死にかけて で理由を説明する。この曲はプロなら誰でも歌えるだろう。しかし、重要なのは、ツェッペリンの 死にかけては、ツェッペリンいがいに演奏できるミュージシャンがいないということだ。
つまりは、ツェッペリンが演奏したときに、セッションを重ねて、アレンジしていくと、これは、唯一無二のツェッペリンサウンドになってしまうのだ。これが、ツェッペリンの凄いところだ、演奏レベルで誰も同じことが出来ないのである。再現が不可能なのだ。あのメンバーと同じ演奏ができるか?まず不可能だろう。
同じ事ならできるかもしれないが、それだけではないのがツェッペリンである。それは後述する。


数々の名曲
カシミールにする。カシミールは、曲の構造としては、それほど難しくはないだろう。リズムもゆっくりであるし、リフも繰り返すだけだ。しかし、あの不思議な感覚。ハードロック、プログレ、はたまたモロッコの民族音楽なのか?クラシックなのか。構造が似ているとしたら、(馬鹿かお前といわれそうだが)ラベルのボレロだろう。同じフレーズの繰り返し。しかし、誰もロックであの構造を実現できなかった。気が付かなった、あのリフを編み出せない。そして一度聴いたら、忘れない。
まさにツェッペリンマジックである


メンバーを入れ替えても成立しないツェッペリン
ボンゾが急逝したとき、ツェッペリンは解散した。世界一とは言え、ドラマーである。リハを繰り返せば、ボンゾと同じドラミングはできるだろう。最近の音楽はどんどん複雑になってきているから、ミュージシャンのテクニックもあがっている。
これは、スポーツも同じで、昔のアスリートが、昔のほうが凄かったということがあるが、どんなスポーツでも昔のほうがすごかったスポーツなんてのは絶対にない。科学的になり、練習の方法も進化している。わかりやすいから、体操にすると(昔がダメと言っているのではない、土台、出発点が最初から違うということ)、ムーンサルトが鉄棒で驚異的な技だったが、今は、床運動でもムーンサルトをする。これは、先駆者がいて、若い選手は、練習のときにその練習方法も学び、そこからスタートし、体の鍛え方、練習方法も科学的になっているから出来るのだ。
音楽も同じで、スタートでジョン・ボーナムのドラミングの習得を目指せば、それはできるようになる。そのドラミングを最初にやったボーナムは誰も演奏したことがないことを編み出したのだからすごいのだ。
2007年に、ツェッペリンがボンゾの息子、ジェイソンを加えて、再結成コンサートをしたとき、見事に、ジェイソンは、ボーナムの代わりを果たした。
その際に再結成ツアーを構想したという
かつての高音の切れがなくなっているプラントより、きれいに高音をシャウトするボーカルもいるだろう。実際、プラントはそれを進めたという、俺の代わりのボーカルを入れろって。

これ渋谷さんがCUT NIGHTで言っていたので、パクリなんだけど、クイーンは、フレディの代わりなんて誰もできないと思っていたが、アダム・ランバートが代わりというか、アダム流クイーンを成立させてしまった。何故かというと、クイーンのナンバーは、ナンバーのパワーがすごいので、成立してしまう。歌舞伎と同じ世界であると。さすが、渋谷さんだ。クイーンのナンバーを古典落語、歌舞伎の古典と考えれば、成立するのである。


では、なぜ、ツェッペリンは成立しないのか?ここは渋谷さんの言っていたことがよく聞き取れなかったので、持論を言いたい(持論だと思っている)

たしかに、再結成で、見事に、ツェッペリンは復活した。しかし、あれ、数回の復活である。

冒頭で、俺が、ペイジが持っているすべての映像を発売してほしいといったのは、ツェッペリンというのは、演奏するたびに、違う演奏になるのだ。進化するのだ。
再結成のライブ映像をみると、特にカシミールなどスローなナンバーが(それしか俺には聴きとれないんだけど)、違うんだな、グルーヴがジェイソンとボンゾじゃ。
ジェイソンは、リハ通りに演奏したはずだ。それは他のジョーンズ、ペイジ、プラントがジェイソンはよくやったと語った通りだ。

しかし、You Tube、ブートレグ、公式盤を含めて、ツェッペリンの演奏を聴くと毎回違うグルーヴがある。カシミールを聴いていると、途中でボンゾが、突然、バスドラで、ドドドンと鳴らす。そうすると、ペイジとジョーンズが呼応して、演奏を微妙にかえる。つまりは、ツアーのはじめ、ノー・クォーターが、8分の演奏だったのが、ツアーの最後には20分になっていたりする。

ボンゾは同じ演奏はできるが、ペイジ、プラント、ジョーンズ、そしてボンゾが演奏すると、毎回違う演奏になる。違う演奏というのは正しい表現ではない。進化し、新しいナンバーになってしまうのだ。

ペイジが再結成を断念したのは、ツェッペリンの4人にしかできない、演奏レベルでケミストリーがおこり、そのナンバーの進化が4人でなければできないと悟ったからだ。

他のメンバーの変化、ひらめきに呼応できない、これは、ボーカルも同じである。演奏するたびに同じ曲が違う曲に生まれ変わる。

これこそツェッペリンマジックだ。

俺は、楽器もできないし、音楽理論もわからないから、ツェッペリンの演奏レベルでの斬新さ、凄さは表現できない。

しかし、この常に変化していくことこそツェッペリンの凄みだと断言できる。

だからツェッペリンの再結成は諦めた。
ミスター・ジミー・ペイジ、ライブの膨大な映像と音源を早く公開してください。
そこには毎回違うツェッペリン進化したツェッペリンがいるのです。特にフィジカル・グラフィティのツアー、一番観たいのはプレゼンスのツアーです。これだけないんですよ。
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