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受け継がれるトリップ・ホップ魂

マッシヴ・アタック『100th WINDOW』の心地良さ

僕にとって通勤時間は貴重な音楽タイムとなっている。片道わずか30分足らず。その限られた時間に何を選択するかは非常に悩ましい。そんな中、最近よく食指が伸びるのがマッシヴ・アタックなのである。それにしても、こんなにどんよりとくぐもったヘヴィでダークな音楽を、爽やかな1日の始まりにセレクトしまうのは何も心が病んでいるからではなく、単純に心地が良いからだ。

世の中にはあらかじめ何らかの目的のために作られている音楽というものが存在する。僕はそういった意図が読み取れてしまうものには強い拒絶反応を示しがちで、それはどうにもならない生理現象といってもいい。事実はわからないけれど、ビッグデータを元に、まるでAIが作り出しているかのように聞こえる音楽が氾濫する中、僕がマッシヴ・アタックに惹かれる要因は、その音楽性に癒しや心地よさといったものを狙っている感がなく、結果的にそうなっているだけという下心の無さにあるような気がする。

乱暴な言い方かもしれないけれど、音楽で金儲けする行為は別に悪いこととは思わない。公にリリースしている以上それは商品であり、利益を得ることで有能なミュージシャンの存在は守られる。しかしながら、ミュージシャンの意思を顧みず周到に企てられた音楽ほど虚しいものはない。供給側が思っているほどリスナーはくみしやすくはなく、浅はかな下心はたやすく見透かされてしまうものだ。事実、そういったもののほどんどが利益につながっていないのは明らかで、残念ながらそのしわ寄せはミュージシャン当人に重くのしかかる。その結果、多くの尊い才能が日の目を見ずに葬り去られていると想像するのは僕の単なる被害妄想なのだろうか・・・

ということで本題。90年代初頭、イギリスのブリストルから生まれた音楽ジャンルであるトリップ・ホップという名称には、ポスト・ロック同様にほぼ死語となってしまっている雰囲気が漂っている。そんなトリップ・ホップの音楽性を言葉で表すなら、メランコリックなヴォーカルとダークでくぐもった音響に、ヒップホップやドラムン・ベースのようなリズムが融合した重めのサウンド・・・といった感じだろうか。マッシヴ・アタック、ポーティスヘッド、トリッキーあたりがその代表格と言えるが、揃って一般受けするエンターテイメント性は低めに設定されている。

しかし、禁欲的でドライなポスト・ロックに比べ、リズミックでR&B的な要素もうかがえるトリップ・ホップは、最新のメジャー・シーンや新進のミュージシャンにも脈々と受け継がれているように思われる。僕がそれを割と強く感じられたのが、2020年グラミー賞4部門を制覇したビリー・アイリッシュだった。シングル曲の「バッド・ガイ」はノリこそ違えど、ダークで沈み込むような雰囲気は正しくトリップ・ホップ的であるし、「ザニー」や「ユー・シュッド・シー・ミー・イン・ア・クラウン」なんて、もろポーティスヘッドのように聞こえてくる。

要するに、トリップホップという呼び名は忘れ去られても、そのコンセプトや音の響きは最新鋭のサウンドに違和感なく取り入れられ、30年経った今もなお新しい音楽ファンを魅了する刺激に満ちたものであると言える。そんなトリップ・ホップのパイオニア的存在であるマッシヴ・アタックにはオリジナル・アルバムが現時点で5枚あり、その中で代表作と称されているのがファーストの『ブルー・ラインズ』とサードの『メザニーン』だということに関して特に異論はない。しかしながら、最近になってヘヴィ・ローテーション入りを果たしているのが4枚目の『100th WINDOW』なのである。

ソウルフルで洗練されたクラブ系のサウンドを楽しめる『ブルー・ラインズ』、攻撃的でオカルトチックな音響を堪能できる『メザニーン』も必聴であるが、無菌培養されたような細かい音の粒子が耳にまとわりつく『100th WINDOW』の特性は非常に魅力的で、ヘッドフォンで聴くことによってより立体感が際立ち、密室的でありながらも開放感に浸ることのできる奥深い音楽だ。

マッシヴ・アタックはどの作品にも複数のゲスト・ヴォーカルを招いているのだが、『100th WINDOW』に抜擢されているヴォーカル陣は総じて感情の起伏が少なく、クールで無機質なサウンドとの一体感は他のアルバムと比べ突出してこなれている。また、アルバム全体を通して貫かれているコンピュータ・プログラミングのようなサウンドは、ある意味アンビエント的な佇まいを持っており、そういった特性が朝の通勤に適しているのかもしれない。

とはいえ、一般的に認識されているような、いわゆる癒しを目的に作られたアンビエント音楽とは明らかにコンセプトは異なっているように思える。先にも記したようにマッシブ・アタックの音楽は、あらかじめ癒しや心地よさを狙ったものではなく、あくまでも結果としてそう響くだけの潔白さがあり、死ぬほど退屈な予定調和とは全く無縁のように感じられる。

「身はたとえ、浮世の野辺に朽ちぬとも、とどめおかましトリップ・ホップ魂」・・・とマッシヴ・アタックの面々が思っていたかどうかは定かではないけれど、優れたミュージシャンの意思によって創作された音楽は、30年という時代の荒波を乗り越え、志のあるミュージシャンへと受け継がれ、音楽を愛する人々の鼓膜に心地よい刺激を与え続けている。
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