4042 件掲載中 月間賞毎月10日発表
この数字はTwitterやFacebookでのリツイート・いいねなどの反応数を合算して算出しています。

音楽なんて所詮

ヨルシカと傘村トータを聴いて

音楽の勉強をしている。しかし時折思うことがある。音楽なんて、誰の何に役立つのだろうと。
例えば昨今流行しているウイルスの感染拡大を防ぐことはできない。医療崩壊を止めることも、新薬を生み出すこともできない。
例えば大事な人が不当に責められても、守ることはできない。世の中の犯罪や自殺を止めることもできない。
音楽で評価を得て、稼いで食べていける者は、ほんの一握りだ。

そもそも音楽があろうがなかろうが世界は動く。人は人を愛したり憎んだり、笑ったり泣いたり、傷つけたり傷ついたりして生きていく。生まれる者もいれば、亡くなる者もいる。
 
ヨルシカの『だから僕は音楽を辞めた』。
「僕」は、音楽との生き方に葛藤する。何度考えたって分からない。手に入れたくても手に入らない。どこか満たされず、幸せそうな人を憎んでしまう。責任転嫁したり、現実から目を背けたりしながら、「防衛本能」のままに自分を正当化して模索している。

 「考えたってわからないし 生きてるだけでも苦しいし 音楽とか儲からないし 歌詞とか適当でもいいよ どうでもいいんだ」
(ヨルシカ『だから僕は音楽を辞めた』)

この歌詞には現実が詰め込まれていると思う。やるべきことや役に立つことと、好きなことややりたいことには溝がある。それを知って自暴自棄になってしまう。
「本当も愛も世界も苦しさも人生もどうでもいいよ」と言えるほど、全てを犠牲にしてまでも音楽を続ける理由は、「劣等感」の中に閉じ込められる。

 「僕だって信念があった 今じゃ塵みたいな想いだ 何度でも君を書いた 売れることこそがどうでもよかったんだ」
(ヨルシカ『だから僕は音楽を辞めた』)

 音楽の目的が「売れること」になっていたことに気づいた「僕」は自分が汚れてしまったように見えたのではないか。音楽を愛していたからこそ、利益を求めて続ける自分が許せなかったのかもしれない。好きなことを仕事にするのは難しい、とよく言うが、まさにそれを表しているとも感じられる。そして「僕」は音楽を辞める。
 
傘村トータさんの『大切な人たちへ』。
この曲との出会いは、SNS上で偶然サビを耳にしたことだった。ボーカロイドの特徴的な声と、繊細なピアノと歌詞が強く印象に残り、すぐに検索した。

 「音楽と出会ってよかったと思う 音楽に救われたことがあるから でも肝心なときに役に立たない 目の前の人ですら 助けられない」
(傘村トータ『大切な人たちへ』)

最初のこの歌詞に一瞬にして心が奪われた。音楽は素晴らしい、いいものだ、癒しだ情操教育だと、そんなことばかり聞いてきた。
でも事実、人の命も救えなければ、痛みを癒すこともできない。そう思っていたのは私だけではなかった。
音楽の中で音楽の無力感を歌う、皮肉ではあるが、傘村さんも悩んだことがあるのではないかと思う。2番のAメロでも「音楽に支えられた」経験に反して、「目の前の人ですら守れない」無力さを著している。

 「不幸にならないでくれ 僕の大切な人たちへ あなたがただ生きていてくれる それが僕は ただ ただ うれしい」
(傘村トータ『大切な人たちへ』)

サビの後半部では、そう祈りのような想いが綴られる。音楽では、助けられないから。音楽では、救えないから。自分に出来ることは、そう多くないから。ただ、大切なあなたが生きていてくれることを祈る。きっと、傘村さんの大切な人たちには、この音楽を通して、その想いが伝わっているのではないか。
 
音楽で生計を立てることは簡単じゃない。好きであれば、利益を求めることが間違いに見える。音楽で人は助けられないし守れない。でも音楽で想いを届けることは、ひょっとしたらできるのかもしれない。

音楽なんて所詮、何の役にも立たないと思う。あるのはほんの少しの可能性だけ。

だけど、私は音楽を続ける。
  • 投稿作品の情報を、当該著作者の同意なくして転載する行為は著作権侵害にあたります。著作権侵害は犯罪です。
  • 利用規約を必ずご確認ください。
  • ハートの数字はTwitterやFacebookでのリツイート・いいねなどの反応数を合算して算出しています。
音楽について書きたい、読みたい