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ヒズ・マジェスティズ・ポップ・ライフ~『ポップに生きる』

プリンスさらにRHYMESTER~からの宇多田ヒカルさんや星野源さんなどなど

 プリンスはファンキーだ。異論は認めない。そして、彼は自曲“ポップ・ライフ(Pop Life)”の中で「人生はポップに生きなきゃ、モノホンのファンキーじゃない」【私の意訳:死語使いですいません】と歌っている。つまり、私の人生はプリンスが居ないとポップでファンキーじゃなかったということだ。少なからず怪しいロジックなのは自覚している。
 
 今年の3月の後半、大好きなRHYMESTERの宇多丸師匠のTBSラジオの番組『アフター6ジャンクション』の期間限定開始前枠だった『ラジオ、できるかな?』で、私と娘と息子でチャレンジした「口だけで演奏を再現してイントロクイズにする」というネタが採用され、2週に渡って放送された。元々プリンスの“ビートに抱かれて(When Doves Cry)”のドラムパターンを私が声帯を使った息の吐き吸いで再現して、というのは10年以上前からやっていたが、コロナ騒動で家に居ることも多くなり、ちょっとそれぞれ担当パートを決めてラジオ投稿してみよう!とトライしたのだ(全4曲採用)。しばし間を空けて、ゴールデン・ウィーク中にももう2曲採用してもらえた。

 RHYMESTERのアルバムにも『POP LIFE』という作品がある。タイトル曲“POP LIFE”では、DJ WATARAIプロデュースのゆったりとしたビートに乗せて、以下のようなフックが歌われる。

>雲一つないSunny days
>続いたかと思えばまたRainy days
>キミの気分のようなEveryday
>繰り返すオレたちの弾ける人生
>雲一つないSunny days
>気が滅入るような灰色のRainy days
>どっちでもないこのEverydayこそ素晴らしい
>弾ける人生(Pop Life!)
【アルバムブックレットより】

 このアルバムが発売された当時(2011年)、私はそのタイトルにも興奮して、タワーレコードが発行するフリーマガジン『bounce』誌のLETTERSのコーナーにプリンスの曲とも絡めて熱を込めた投稿をして採用してもらい、サイン入りのプレゼント品をゲットすることが出来たので、その想いもひとしおだ。
 
 今年発売後すぐに購入して読んでとても面白かった本に、田中宗一郎さんと宇野維正さんの共著書『2010s』がある。特に音楽について語っている第1~3章は夢中で読んだ。そして、三原勇希さんと田中さんがSpotify上で行っている「POP LIFE:The Podcast」も聴き始めた。その#003では田中さんが「POP LIFE」という番組名の由来を語っていたのだが、やっぱり期待していた通り引用元はプリンスの曲だった(嬉!)。因みに、前述の宇野さんはJ-WAVEでのプリンスの追悼特番の際に“ポップ・ライフ”のFresh Dance Mixをかけていたようだ。

 また、日本で初めてのプリンス本『プリンス論』を執筆した西寺郷太さんも、同書の中で“ポップ・ライフ”を「プリンスのシングルの中で僕が屈指の傑作だと信じる」と述べている。

 そして、コロナがなければ今春来日予定だったプリンスのバンド、ザ・レヴォリューション(The Revolution)のツイッターを観に行ったらアルバム『アラウンド・ザ・ワールド・イン・ア・デイ(Around The World In A Day)』(1985年)の発売日と近かったことから本人達が「アルバムの中で好きな曲は?」と問いかけをしていた。そこで各ファン達が挙げていた曲をカウントしてみたら、その中で一番人気だったのがやはり“ポップ・ライフ”だった。因みに、2位は“ペイズリー・パーク(Paisley Park)”だ。この2曲の長いヴァージョンとリミックスが、世界初CD化された日本独自企画盤『ヒズ・マジェスティズ・ポップ・ライフ~ザ・パープル・ミックス・クラブ(His Majesty's Pop Life/The Purple Mix Club)』(7月8日発売)は必聴・必携だ。
 
 プリンスが言うところの「ポップ・ライフ」とはどんなものだろうか。一番言葉数の多い“ポップ・ライフ[エクステンディッド・ヴァージョン](Pop Life[Extended Version]) 以下「EXTENDED」”を参照してみよう。また、アルバム・ヴァージョン(以下「ALBUM」)、更には既に何度かの輸入盤12インチ・シングル再発売や2枚組ベスト盤『プリンス:アルティメイト・ベスト(ULTIMATE Prince)』収録で知られる同曲の[Fresh Dance Mix]Remixed by シーラ・E.以下「FRESH」)と併せて、プリンスの提唱する「ポップ・ライフ」を紐解いてみたい。

 4分弱の「ALBUM」と、9分越えの「EXTENDED」のイントロ部分は実は全く同じである。長い時はイントロでもったいつける、という常套手段が用いられていない。流石プリンス。一方で、「FRESH」では「ALBUM」=「EXTENDED」のイントロのシンセ音の上昇が切れたくらい音の「続きから」曲が始まる。似たイントロと見せかけて、注意深く聴くと実は違うのだ。流石プリンス。

 イントロ以降は、各ミックスで同じ歌詞が続く。ここで歌われているのは、日常と結びついている貧困であり、穏やかな男女差別や人種あるいは個人の違いである。その辺の詳細は歌詞をチェックして欲しいが、その後に彼はこうしめている。

>人生はポップに生きない限り
>楽しいものにはなりっこないよ
>判るかい
【アルバム日本盤の歌詞カードより】

 そうそう、何度か登場する「判るかい(Dig it)」のところが、「FRESH」では1回だけ反復されるのがとても効いている。流石プリン、、、鬱陶しいので以下略。以下、私が誉めた後は各自心の中で「流石プリンス」と付け加えてお読みください。
 サウンド面では「FRESH」には他にも遊びが幾つか入っている。思わずにんまりしてしまうのは、

>火が燃え盛る頃にはもう水はどこにもないんだぜ

の「水」の歌詞の後に、ちゃんと水の音を重ねて来るところだ。

 また、元々はフランスの民謡で日本でも“かねがなる”や“グーチョキパーでなにつくろう”その他の手遊び歌として知られる“アー・ユー・スリーピング(ARE YOU SLEEPING)(フレールジャック)”のメロディーをコーラスでシーラ・E.が歌っているのも「FRESH」だけだ。

 因みにその箇所の少し前に出て来るのは、ドラッグに関する言及だ。アルバム『アラウンド・ザ・ワールド・イン・ア・デイ』のジャケット内側にはカラフルな歌詞が印刷されているが、統一感・規則性のある各曲の歌詞文字色の中で唯一↓

>What u putting in your nose
>Is that where all your money
>goes
【アルバム・ジャケット掲載の歌詞より】

>鼻の中に何を突っ込んでいるんだい
>そいつにすべての金を注ぎ込んでいるのかい
【アルバム日本盤の歌詞カードより】

 の部分だけルールを破って白字で書かれていて、それが白い粉を指しているということが明白だ。

 さて、「EXTENDED」のみに入っている歌詞だとどんなものがあるだろうか。

>Pop life - Everybody needs satisfaction
>Pop life - Want a CHEMICAL REACTION
>Pop life - Everybody wants 2 get high
>But U don't see no one standing in line 2 say Bye-Bye
>That's pop life

>ポップに生きる、みんなが満足を必要としている
>ポップに生きる、「化学反応」を求めているんだ
>ポップに生きる、みんながハイになりたがる
>でも、君が今際の際に立つ時に、君に「さよなら」を告げるために並んでいる人なんて居ないだよ
>それがポップに生きるということ
【「EXTENDED」からの抜粋歌詞と4行目は私の「かなりの」意訳】

 2020年の今生きている自分にしてみると、この部分の歌詞は例えば宇多田ヒカルさんやKOHHさんが共演曲“忘却”で歌っている死生観だとか、やはり宇多田ヒカルさんが『初恋』の特設サイトで公開していた小袋成彬さん、酒井一途さんとの座談会中の以下の言葉を想い出したりする。

<宇多田さん>
>音楽やる上では、リアクションしかない。
>だからパッて出したものに対して、リアクションする。
>その繰り返しで、完成できる。

 長い座談会の中から恣意的に引用した箇所だが、「個の作業」を知り尽くしたであろう彼女が凄腕ミュージシャンと行ったレコーディングを振り返った時の言葉だからこそ、やはり「個の作業」を知り尽くしたであろうプリンスが幾多のバンドと物凄い時間のリハーサルやジャムやライブをやりまくったり、かと思うとまた「個の作業」に戻ったり、特に晩年「若い世代」とのコラボレーションを行ったりしていたことを想って妄想は広がる。

 プリンスが言うところの「化学反応」については、「EXTENDED」の更に後の方でもう一度出て来て、そこでは「FRESH」と同じ展開で「“僕は”化学反応が欲しいんだ」と明言している(アルバムには出てこない)。曲が7分を超えたところでは、曲の最初の方と全く同じ歌詞を、全然違う歌い方をして終盤に向かっていく。

 「ALBUM」では、曲の終わりにクラウドノイズが出て来てから再度さびが出て来て、最後にもう一度クラウドノイズを繰り返して終わる。 「FRESH」と「EXTENDED」では最後に歌詞冒頭の「So what's the matter with your life?(君の人生に何が起こったの?)」という歌詞に戻ってエンディングとなる。「EXTENDED」でこの最後のセリフまで約8分50秒。完全にただの偶然だが、5月にミネアポリスで黒人のジョージ・フロイド氏が白人警官に首を膝で押さえつけら亡くなるに至った8分46秒と大体同じ時間だ。決して短い時間ではない。
ただし、「EXTENDED」ではその後に更にフェイドインしてくるシンセ音がある。それこそ、曲頭で響かせた上昇するシンセ音のイントロの繰り返しではなく、そのイントロのシンセ音の上昇が切れたくらい音の「続きが」最後で披露される。つまり、「FRESH」のイントロが一瞬披露され、そして再度フェイドアウトして曲は終了するのだ。

 これらの繰り返しは一体何を意味するのか?人生は同じことの繰り返しということか?あるいは似たようで居て、実は少しずつ違っているということの暗示か?はたまた輪廻転生を示しているのか?単に私は、プリンス・ノイローゼなのか?
 
 音楽における「ポップ」を日本で最も意識的に使っている人の一人が、『POP VIRUS』という曲をアルバム・タイトルにも掲げ、一つ前のアルバム『YELLOW DANCER』のライナー・ノーツ & 曲解説やラジオ等でプリンスの“I Wanna Be Your Lover”について触れ、シングル『Family Song』の3曲目にそれこそス抜きの“プリン”なんて曲をカップリングにサラッと入れて付属のDVDには凄く楽し気な同曲のレコーディング風景をいれてプリンスにも言及し、Superorganismのオロノさんのラジオに出演した際にも同曲で大いに盛り上がりミネアポリスのライブ・ハウス「ファースト・アヴェニュー(Superorganismも3回くらいライブをやったという映画『パープル・レイン』に登場するライブ会場。私もミネアポリスを訪れた際は勿論行きました)」で一緒に“プリン”をやろう!なんて語っていた星野源さんだろう。“プリン”は、是非プリンスの楽曲“シスター(Sister)”fromアルバム『ダーティー・マインド(DIRTY MIND)』の演奏と聴き比べてみて欲しい。
 星野源さんとSuperorganismは、昨年秋に“Same Thing”で共演をした。共演をしたという前情報は知らず、いきなり作品をYouTubeで観たので相当驚いた。一聴して(字幕も見たと思う)一緒に観ていた娘に言ったのは、安直この上ないが「うわぁ、宇多田っちみたいに達観しちゃったのか?」ということだった。最新アルバム『初恋』収録の“パクチーの唄”の斬新なReworkをSuperorganismに任せた宇多田ヒカルさんは、アルバム『ULTRA BLUE』(2006年)収録の“日曜の朝”でこう歌っている。

>幸せとか不幸だとか
>基本的に間違ったコンセプト
>お祝いだ、お葬式だ
>ゆっくり過ごす日曜の朝だ

 また、彼女自身が編著者を務めた『点-ten-』(2009年)の「宇多田ヒカル語録」中の一つには、2008年5月号のROCKIN’ ON JAPANから「5グラムの『悲しい』と5グラムの『うれしい』は、私には同じものにしか感じられないんですよ。」という言葉を選んでいる。背は低くてもポップの巨人である宇多田ヒカルさんが、今もこの人生観でいるのかは私にはわからない。ただ、「人間活動」を経て、下世話な私には量りかねる歌詞を書いたり、インタビュー等で断言するのはなくなったような気はする。それに、反射的に思っただけで、星野源さんとオロノさんが昨年歌った歌詞と、宇多田さんが数年前に歌った歌詞は、表面的には似ていてもその「熱」の持ち方が根本的に異なるように思える。「5グラムの悲しい」と「5グラムのうれしい」を同じものにしか感じられなかった宇多田ヒカルさんは、言わば±0の状態に自分を保ち続けていた、自分自身を守るために。そして、星野源さんは、「5グラムの悲しい」の絶対値だけをキープして、-を+に変換しようとしているのかもしれない。ポップに生きるために。うああああああぁ(←p丸様。のうさぎさん風)、野暮なことを書いてしまった。

 なお、前述の『アフター6ジャンクション』の前身番組『ウィークエンド・シャッフル』で星野源さんが身分を隠しラジオネーム「スーパースケベタイム」として公募ジングルに応募して大賞を受賞したり投稿が採用されたりしていたのは今となっては有名な話だ。そして、私の完全なる妄想の世界だが、「Super Sukebe Time」という名前はプリンスが2005年の巨大ハリケーン「カトリーナ」被災者のためのチャリティ・シングル曲として緊急発表した“S.S.T.”からが来ているのではないかと思っている。根拠は全くない。人は自分の心が見せることだけを見るんだ、みたいなことをプリンスも歌っていたっけ(“The Same December”の歌詞より)。
 
 『ヒズ・マジェスティズ・ポップ・ライフ』のジャケットは、シングルとしてカットされた“ポップ・ライフ”と同じものを使用している。シングル盤のレコード・ジャケットを裏返してみると、米国盤であれば、ジャケットは一人の女性の立ち姿をそのまま折った形でアートワークにしており、結果的に裏ジャケットは下から上に足が伸びている。一方、英国盤は裏返すと普通に上から下に足が伸びているのだ。果たして日本盤は、後者と同じだ。当時のプリンスの日本担当にして本企画の発起人、佐藤淳氏(aka サトジュン)は「FRESH」(米国盤)と「EXTENDED」(英国盤)の入れ替わり現象を単なるミスのようにおっしゃっていたようだが、この世界から感謝されることとなった事実は『運命』としか言いようがない。

 “ポップ・ライフ”のジャケットについては、興味深いインタビューがある。プリンスの元で1982年から1991年に渡りバックボーカルを務め、1987年にはプリンス全面プロデュースのセルフ・タイトル・アルバムも出したジル・ジョーンズ(坂本龍一氏のアルバム/シングルへの参加や、ナイル・ロジャースのシックのボーカリストとしての来日もある)のGQマガジン誌の2016年12月8日付のウェブサイト記事によると、ある時プリンスはアルバム『アラウンド・ザ・ワールド・イン・ア・デイ』の見開きジャケット表面に登場する人々が夫々誰を指しているかを説明し、この女性(=ポップ・ライフのジャケットに登場する女性)は君だよ、と言ったそうだ。ジルは、私は(映画)『パープル・レイン』で泣き、映画『グラフィティ・ブリッジ』(編集前)でも泣き、ここでも年老いた「メイド」として泣いている、何で私はいっつも泣いているのか?とか思ったそうだが、プリンスはこう言ったそうだ「本当の最後には、君がここ(=『アラウンド・ザ・ワールド・イン・ア・デイ』の中ジャケットの風景)に居るだろうことを僕はわかっている」と。そして、ジルが「なぜあなたはこの絵の中に居ないの?」と尋ねると、こう答えたそうだ「僕は、梯子(THE LADDER=収録曲であり、ジャケットの中心にも雲の上まで伸びている梯子が描かれている)の上の方に居る。逝ってしまったんだよ。」と。それって、まさしく今の状況じゃないか。

 さて、“ポップ・ライフ”を紐解くつもりが、結局訳の分からないままズラズラと来てしまった。でも、冒頭に書いた様に、プリンスが居なかったら私の人生は今ほどポップでファンキーじゃなかっただろう。妻との出会い、子供達の誕生、独りで、そして一緒に聴いた数々の音楽に、体験した数々のコンサート。
 
 プリンスや関連アーティストのレコードやCDや洋邦掲載雑誌を漁りに都内にCD屋詣でに行くことで、聴くアーティストの幅も増えたし楽しみも増えた。冒頭に登場したRHYMESTERのインストア・イベントに行った時の自分も大写しになった現場写真が音楽サイトに掲載されているのを数年後に気付いて子供達に大騒ぎで報告したり、たまたま通りかかったタワレコ渋谷の地上出入口スペースで大物がシークレットで来るらしいとのことで待っていたらマッシュルームカットでニッコニコのキヨシローさん(忌野清志郎氏)が登場して度肝を抜かれたり、平日だしまぁ無理だなと諦めていたが定時で帰れた日に偶然タワレコで当選したレコード券が届いてこれは啓示に違いないと渋谷に買いに行ったのんちゃん(Formerly Known As 能年玲奈さん)のCDで更に入場クジに当たって最前列でイベント観覧&質問者にも選ばれてサイン入りポスターゲットしたり、やはりタワレコ渋谷で偶然DJやついいちろう氏が来店してSSTV収録しているのに遭遇したエピソードを書いてフリーペーパーのプレゼントに応募したらサイン入りMix CDが当選したり、そのCDを曲目見ずに聴いていて当時我が家でミュージックビデオを観まくっていた“やべ~勢いですげー盛り上がるfeat. stillichimiya” by田我流に盛り上がっていたら続いてかかった“Sabotage”のでんぱ組inc. (このビースティ・ボーイズのカバー誰?と我が家騒然)に娘がドはまりしてその後当日券で初めてカオスフェスに行った際に丁度始まったでんぱ組inc.の1曲目で娘がポロポロ涙を流してて息子とビビったり、でんぱ組inc.のツアーでライヴ終了後にリアルタイム検索をしていたら「東京事変とPerfumeのバッグ持っていた人たちがロビーに居て思わず話かけたくなったけど、やめといた」というどう考えても私と娘を指しているツイートを見掛けて「えっ!遠慮なく話しかけてくれれば良かったのに。ただし、あの幾何学模様のバックはレニー・クラヴィッツのグッズだけどな」と突っ込みつつ私も娘も夫々Perfumeファンクラブに入っていたこともあるくらいなので全く問題無しだったり、子供達とPerfumeと星野源さんのフェスを大阪城ホールに観に行って妻の実家に宿泊して旧店舗の場所に戻った京都四条烏丸のJEUGIA(旧十字屋)で「ここが、パパがプリンスのリトル・レッド・コルヴェットのダンス・ミックス(『ヒズ・マジェスティズ・ポップ・ライフ』にも堂々収録→封入ブックレットがオリジナルのレコード・レーベル面と同様何故か(Album Version)の記載になっているのはご愛敬)」が入ったドイツ盤の12インチ・シングルを見つけて大喜びで買って店を出た直後にママとばったり遭遇した運命のお店だ」と何度目かの確認をし→関西から飛行機で戻って家に寄らずに武道館でのジャミロクワイの仕切り直し公演に皆で梯子し「あのJKが初来日の時には川崎クラブチッタで、最前列のママにエヴィアンのボトルを渡したんだぞ」とまた何度目かの確認をし、とまぁ枚挙にいとまがない。JK以外の洋楽編は割愛するし、邦楽編だってまだまだポップ・ミュージックの至福に浸れた時間は、たっくさんある。
 
 ここで、プリンスのライヴから、彼の『ポップ』に関する言及を引用してこの長文の締めに向かわせてもらう。前述の『アップ・オール・ナイト・ウィズ・プリンス』に収録されているライヴDVD『ライヴ・イン・ラス・ヴェガス』(Live At The Aladdin Las Vegas)中に出て来るプリンスの言葉だ。

>We gon’ find a real meaning of behind the POP.
>MILES DAVIS used 2 B POP.
>Look out U’all.
>How many O’ U wanna get deep 2nite?
>How many O’ U wanna stay on the shore, tho.
>Face up 2 it.
【ライヴ中のプリンスの言葉/聞き取り間違いあったらご容赦ください】

>「僕らは『ポップ』の背後にある本当の意味を見つけ出すだろう」
>「マイルス・デイヴィスだって、以前はポップだったんだ」
>「みんな、気を付けて」
>「君たちのうち何人が今夜、より深く潜り込みたいのかな?」
>「そして、君たちのうち何人が、岸部に残っていたいのかな?」
>「ちゃんと向き合ってくれ」
【私の意訳】

 当初は5月末の予定だった『ヒズ・マジェスティズ・ポップ・ライフ』のCD発売に向けて私がこれを書いているうちに、世界中はコロナ禍に飲まれ発売は延期となり、ミネアポリスではジョージ・フロイド氏が亡くなり、『アップ・オール・ナイト・ウィズ・プリンス』も(再)発売され、来たる9月にはあのプリンスの歴史的名盤『サイン・オブ・ザ・タイムズ(SIGN 'O' THE TIMES)』がリマスターされ、スーパー・デラックス・エディションは92曲入りのCD(8枚組)やLPレコード(13枚組←予約済)に、未発表ライヴ映像のDVDを付けて発売されるという。
 確かに私は、一番最初に書いた4年前の音楽文『PRINCE 1958 – 2016 –』の最後に、こう書いた。

>ライブ演奏も、発表曲&未発表曲数も、そして同じ曲をあの手この手でアレンジする様相も、
>アーティストとしての生き方も、闘い方も、何から何まで過剰な人だった。あの過剰さが、
>私の残りの人生も照らしてくれますように。

 でもプリンス、照らし過ぎだよ。

 未発表ライヴ映像は、1987年の大晦日にプリンスのお膝元、ミネアポリスはチャンハッセンのペイズリー・パーク・スタジオで行われた伝説のショウで、最終曲では、前述のマイルス・デイヴィスとの夢の競演が観られるという。

 『ポップ』の背後にある本当の意味を見つけ出すためにも、必見だ。

おしまい
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