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「つまんねえな」を思い出し、何者かになれた夜

水野ギイ生誕祭「贔屓語り」池袋Adm編

人は、良いことにも悪いことにも慣れてしまう。
ライブハウスに行くこと、そこに行けば大好きな格好いいバンドの音が鳴っていること。
決して当たり前とは思っていないが、この世の中から、一時的にとはいえ一斉にその音が鳴りやんでしまう日がくるなんて、にわかに信じられなかった。

私が今年の上半期に行く予定だった20数本のライブやイベントは、すべて中止・延期になった。
それでも、24時間は過ぎてゆくし、日々はどんどん過ぎてゆく。
そんな毎日に対する素直な気持ちは「つまんねえな」だった。さらに「つまんねえな」を口に出すことすら不謹慎と言われそうな空気に、何度も訪れたライブハウスの閉鎖のニュースに、ライブの中止を余儀なくされたバンドに対して何かできるだろうかという無力感に、
とうとう「つまんねえな」とすら思えなくなってしまった。

つまらないことに慣れはじめてしまったのだ。

しかし、そんなことに慣れてはいけないと思い出させてくれたボーカリストがいた。
 
7月25日、池袋のライブハウス「Adm」で、ビレッジマンズストアのボーカリスト・水野ギイの弾き語りライブが行われた。

約半年ぶりのライブハウスへ向かう最中、心臓はずっとバクバクしていた。
これは本当に現実なのか実感が持てず、近付いたらライブハウスが遠ざかってしまうのでは……という非現実的な恐怖におそわれるザマだった。
しかし、ライブハウスは逃げることなくちゃんとあり、今まで通り自分を迎えてくれた。

受付前で問診票を記入し、検温・消毒をして会場に入る。
ライブハウスの定員よりもかなり少なく設定されたであろう数の椅子が並べられている。
ステージ上には、アクリル板の仕切りがある。今日はこのアクリル板越しに水野ギイが見えるのだろう。
全員マスク着用で、私語もほとんどない開演前の会場。だけど、心の中に抱えている想いは、きっと皆同じなのだろうと感じた。

やがて、いつものライブSEが流れ、青いスーツに身を包んだ水野ギイが、アコースティックギターを持って登場する。
ボディーに大きく「新品」と手書きされた紙(小さく値段も書いてある……)を貼ったまま、ビレッジマンズストアの『WENDY』を弾き語り始めた。

ついに、この瞬間がやってきた。スイッチが入ったように涙が出てくる。
今この空間で響いているのは、早送りも巻き戻しもできない、今この一瞬一瞬でしか聴くことのできない声と、ギターの音だった。

じんわりと聴き入っていた私の感情が大きく動いたのは、三曲目だった。
ビレッジマンズストアのライブでも、毎回物凄い熱量を生み出す『PINK』。一段と力強くなった歌声を聴いて、今この空間で響いているのは、早送りも巻き戻しもできない、今この一瞬一瞬でしか聴くことのできないものだ、と思った。
水野ギイの歌声は、あっという間に私の中の「つまんねえな」を叩き起こし、かっさらっていった。「そんな感情、自分の中にしまっておく必要ある?ここに置きにきたんじゃないの?」と言われているようだった。
目の前で歌われる『PINK』を聴きながら、色々なことを思い出した。真っ赤な5人の男達が暴れているステージ、汗と涙で訳が分からなくなっているぎゅぎゅうのフロア、アウトロで両手を広げながら人の波に美しく倒れてゆくボーカリストの姿。

やはり、私はつまらないことに慣れてなんかいなかった。
生きる理由なんて変えなくていいのだ。
曲が終わると、歓声の代わりに、客は拍手を送る。拍手だけ、というと寂しく感じるかもしれないが、拍手でしか表せない想いもあるのかもしれない、と思った。
そして、目の前にいるその人は、拍手に込めた想いをきっと汲み取ってくれるだろうと思った。

ライブは、ビレッジマンズストアの楽曲に加え、バラエティに富んだカバー曲を演奏しながら進んでいった。
時折、マイクを通さずに響く歌声に、どうしようもなく胸をつかまれる。
いつもなら、フロアの客が歌う箇所も、水野ギイひとりが歌い、少し切なくなったりもする。
ビレッジマンズストアの坂野充、バックドロップシンデレラの豊島“ペリー来航”渉とのセッションもあり、声が重なる、音が重なる度にゾクゾクした。

ライブも終盤に差し掛かり、水野ギイはライブハウスへの感謝を述べた。この日、不安を抱えながら来てくれた人へも。街を歩いていて、何者でもない自分が小さく、恥ずかしいと思ったこと。しかし、この場に立ち、見てくれる人の存在を再確認し自信につながったことを語る。
そして、同じように自分が何者でもないと不安な人へ、こう語りかける。
「俺の目の前にいられるのは君しかいない」
「何者でもないなんてことは、ここにいる限りない」

この日、一番の熱量で歌い上げられたかもしれない『正しい夜明け』、そして本編ラストの『変身』を聴きながら、水野ギイの言葉をずっと反芻していた。

半年振りのライブという空間で、私は「つまんねえな」に慣れないことを思い出し、それを置いてくる場所を取り戻し、自分は必ず何者かになれるのだと気付かせてもらったのだ。

アンコールでは、再び坂野充が登場、水野ギイと二人で『眠れぬ夜は自分のせい』を演奏した。
不安やモヤモヤを全て吹き飛ばし、次のライブまでの道のりに、ひとつずつ明かりを灯してゆくような、希望に満ちた演奏でライブは幕を閉じた。

次への道のりは、とても長くて困難かもしれないけれど、日々の「つまんねえな」を持ち寄り、汗と涙でぐちゃぐちゃになりながら、最高の音楽を聴ける日がくることを心から願っている。
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