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2020年、共に走り抜いた春。

Sexy Zone『RUN』と共にあった2020年の春について

音楽は季節を記憶する。
春に聴き込んだ曲は何年経とうとその曲を再生した瞬間、春特有の柔らかな陽だまりの匂いや桜の薄桃色の視界がフラッシュバックするものだが、初解禁された3月から今日まで繰り返し聴き込んだはずの『RUN』には季節が無い。この曲が記憶するのは、うんざりするほど嗅ぎ慣れた部屋の匂いと見慣れたうすぼけた天井だ。

2020年が明けるや否や、世界は疑い深く、でも急速に変化していった。3月から始まるはずだったSexy Zoneのツアーは、初日の数日前に延期の知らせが届き、それを皮切りに全ての日程が延期となった。単調な暮らしの中にコンサートというささやかな明かりを灯し、その日を目標に日々を乗り越えていた私にとって、日を追うごとに悪化する状況の中で届く延期という知らせは、世界で一番聡明で優しくて残酷な約束のように見えた。その判断が正しいということは勿論理解していたし、賢明な対応に感謝こそすれ恨むようなことはなかったが、そうやって聞き分けの良い大人としての自分が結論付けたお行儀のいい感情は、遅効性の毒のように毎夜私の童心を蝕んだ。決して何者にも消されまいと手のひらを熱で焼きながらも懸命に守ってきたロウソクの火が目の前で一つずつ吹き消されるような、そんな喪失感と虚脱感だった。

3月の歌番組で初めて披露されたこの曲は、メンバーの中島健人が主演するドラマの主題歌となっており、歌詞もそのドラマの内容を想起させるようなフレーズが多い。一方で、3月の時点で既にほとんど完成していた楽曲であるはずなのに、まるで2020年の春を描いたかのようなフレーズが点在する。
「街は眠る パラパラと 変わって行く信号機 誰もいない 交差点の中 走り出す 明日に向かっているか?」というフレーズは、連日ワイドショーで映される人影の消えた渋谷のスクランブル交差点と重なり、「感じているんだろう? 感じてなきゃダメ 痛みに気づかないふりをするな」というフレーズは、あの日々の確かな痛みを思い起こさせる。そう、痛かったのだ。あの春、どこよりも安全な室内でじっと息を潜めて生きていたはずなのに、心には常にまるで肉体に受けたかのようなハッキリとした痛みがあった。それは、手のひらを熱で焼きながらも懸命に守ってきた小さな火が消えた後の手のひらに残る鈍く長い痛みであり、仕方ないと聞き分けのいい大人のふりをして手放した裏でシクシクと疼く、童心の刺すような痛みだ。気づかない方が生きやすいだろう。忘れた方がラクだろう。でもあの日々をこの曲と共に生きてきた私はこの痛みに気づかないふりをするわけにはいかなかった。そしてこの痛みが再生するのは絶望ではなく、共闘の記憶だ。あの春、私は、私たちは、自分の決めたことが正しいと信じていないととてもじゃないけど立っていられなかった。君は正しいよと後ろから肩を優しく包んでくれる人なんて誰もいなくて、みんながみんな不安なまま、分からないままだったけど、それでも自分自身の決断を信じて前を向くしかなかった。この痛みは「分からないままの僕ら」が「それでも何かを信じ」て戦った、共闘の証だ。

2020年8月5日、待ち焦がれたCDを手にしてようやく春が輪郭を持ち、そして一匙の夏の記憶が塗り重なってゆく。無機質に切り取られた長方形のベランダから覗くまっさらな青空は、『RUN』の青く透明に澄んだ四角いCDジャケットと重なった。1年後だって何年後だってこの曲を聴くたびにきっと私は、あの季節の無い2020年の春を『RUN』と共に走り抜き、この夏へ辿り着いたことを思い出す。
 
(文中「」内は、Sexy Zone『RUN』より引用。)
 
 講評
特別な記憶になってしまった今年の春から夏にかけての情景と心境を鮮やかに描きながら、そこと歌詞の一致を生々しく綴っています。Sexy Zoneのファン以外にも楽曲の魅力を伝えることができる、間口の広い文章です。比喩や語感を多用した美しい表現、簡潔ながら短編小説のように読める構成も見事でした。
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